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7.魔王復活

こんばんわ。今夜も読んでくれてありがとうございます。

 そのころ、スノーフィールドの北、大陸ほどの大きさのある大雪原の地下深くで、異変が起こり始めていた。


 置時計が午前0時を告げると同時に、エリザはテーブルから立ち上がり、身なりを整えるために、姿見の前に立つ。

 鏡の向こうからは、メイド服を着た、17才くらいの女性が、無表情でじっとエリザを見つめていた。

 今日から魔王のお世話が始まるので、作っておいた新品のメイド服を下ろしたのだ。


 エリザは頭につけたひらひらのカチューシャの位置を手直ししてから、耳にかかる黒髪をそっと払いのけた。

 両耳にはめられた、小さな赤いイヤリングが、鏡のなかできらめいた。

 エリザが7才の時に、両親からもらった誕生日プレゼントだった。


 でも、両親はもうこの世にはいない。


 だって、500年前に、私と一緒に、魔王に殺されたのだから。




 魔王の好物は、生きとし生ける者の、憎しみや悲しみといった負の感情だった。

 500年前、魔王は手あたり次第に村や町を襲い、憎しみを食らいつくすと、まるで食べかすを処分するように、そこに住む住民を皆殺しにした。

 当時まだ7歳だったエリザの両親も、魔王を憎みながら、殺された。

 地面に横たわる両親にすがって泣いていると、無表情でエリザを見下ろしている魔王と目があった。

 恐ろしくなって、喉がこわばって声が出ない。逃げ出したかったけど、恐怖と両親を失った悲しみで、足が動かない。

 魔物に襲われる人の悲鳴。家が燃えて、夜のはずなのに昼間みたいに明るかったのは、よく覚えている。

 不意に背中に熱い感触があったと思ったら、エリザの胸から剣先がせり出してくるのが見えた。

 エリザの口から真っ赤な熱い液体があふれだした。

 何が起こったのか認識する間もなく、エリザは魔王と目を合わせたまま、意識を失った。

 エリザには魔王の目がかすかに見開かれたように見えていた。



 

 それから、どういう経緯をたどったのか記憶があいまいだが、エリザは魔王に命を与えられて、今に至る。

 人間だったエリザだが、魔王の命をもらったことで、年をとらず、また寿命も大幅に伸びていた。

 だから、500年も、魔王の復活を待つことができたのだ。

 7才だったはずが、人間年齢で17才程度に成長させられたのは、魔王が「俺の世話をさせるのに都合がいい」ということらしい。

 たしかに、7才では、体が小さすぎて、高いところに手が届かなかったりという不便が生じるからだろう。


 魔王は500年前に犯した「過去のあやまち」のために、この世界の創造神から、地下深くに封印された。

 封印期間は500年間。

 そして、たった今、その期間を終えたのだ。




 エリザは、ランプの揺らめく灯りに照らし出された、洞窟のような自分の部屋から出ると、まっすぐに魔王が封印されている部屋に向かう。

 石の壁と床に覆われた廊下のところどころには、魔法で灯るランプが配置されていた。 

 いずれも、時間を持て余したエリザが暇つぶしに作ったものだ。

 楽しんで作れたのも、魔王から命を与えられたことにより、人間に比べてはるかに強力な魔力を与えられたおかげだ。



 

 廊下の先にある両開きのドアを開けると、そこにはいつも通り、魔王がいた。

 透明なクリスタルの中で、一糸まとわない姿で、目を閉じていた。

 ここは、魔王が創造神によって封印された部屋。エリザは勝手に「封印の間」ということにしていた。


 500年間、毎日そうしてきたように、エリザは両手を回して、魔王が閉じ込められているクリスタルごと抱きしめる。


 そして、エリザの脳内にある魔王を殺したいという気持ちを増幅させて、魔王にささげるのだった。


 エリザはそうしていると、たしかに自分の脳内から過去の悲しい気持ちが薄れていくように感じた。


 きっと、魔王が食べてくれているのだろうと、信じていた。


 魔王に両親を殺されてから、もう500年も経過している。

 エリザを知っている人達はもう皆死んでしまっているに違いない。


 それに、人間は気持ち悪くて決して口にできない、魔物料理にもすっかり慣れてしまった。

 今では、人間が食べると即死してしまうはずの、バシリスクの鰻が好物の一つになっている。


 エリザはもう、人間だった頃の生活には戻れないのだった。


 リーダーである魔王を失い、魔族は他種族に圧倒されて、いつの間にか姿を消した。


 世界で生き残っている魔族といえば、魔王とエリザの、二人きりだった。


「魔王さま…、もう朝ですよぉ…」


 エリザはそう思い、いとおしい気持ちになり、クリスタルに浮かぶ魔王を見上げる。

 500年間も世話をするうちに、親の仇であるはずの魔王に、恋をしてしまったのかもしれない。

 理性は否定するものの、魔王を見るたびに沸き起こる胸の高鳴りと顔のほてりは否定しようがない。

 エリザはそんな自分にあきれてしまう。そして、いつも、死んだ両親に申し訳なく思ってしまうのだった。




 クリスタルからそっと両手を放して、エリザは魔王の様子を観察する。

 創造神との約束である500年が経過したはずなのに、魔王が目覚める気配はない。

 500年間、毎日欠かさずノートに文字を付けて、日数を数えてきたけれど、どこかで1日、つけ忘れたのかもしれない。

 お楽しみは明日に取っておこうと、エリザは魔王に背を向けた、時だった。


──我が下僕のエリザよ、500年もの間、ごくろうであった。


 部屋がぐらりと揺れるような声が響き渡る。魔王の声は、エリザの心に直接語り掛けてくるようだった。


 クリスタルの中で、魔王は目を見開いて、エリザを見据える。


──カオスエクスプロージョン……!


 魔王がそう唱えるのが、エリザの心に響いていた。

 魔王の闇魔法だ。この部屋から逃げないと、爆発に巻き込まれてしまう。


(つづく)

次回更新予定日は、1月7日(木)を予定しています。

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