63.処刑されるセレナ
翌日、王宮へとまっすぐ伸びているメインストリートの沿道は、たくさんの人たちで埋め尽くられていた。
リアナは豪華に装飾された馬車にから身を乗り出して、純白のドレスをひらめかせ、宝石が乗ったティアラを頭にのせて、沿道の国民に手を振っていた。
「あの人見たことある! ずいぶん前に、はだしでドレスを着て、泣いていた人だよ!」
「そんなわけないでしょう。あの人は、バスラ王国、いえ世界に革命的な薬の製法をもたらした、薬師の聖女リアナさまなんだから!」
「そうかなぁ……」
セレナのように、薬をばらまくことはしない。だって、リアナの開発した製法のおかげで、だれでも、安価で薬を購入できるようになったのだから。
王宮の門をくぐると、そこの中庭でも、たくさんの人々が、拍手と歓声をもって、新しい薬の聖女であるリアナを迎え入れた。
リアナは馬車から、男性従者に手を引かれて降りる。そして、赤いじゅうたんの上を、その先に待っているバスラ王に向かって、あゆみを進めていく。
「リアナよ、貴女は、バスラ王国に革命的な薬の製法をもたらし、国民の暮らしに安寧をもたらした。その功績により、薬師の聖女として新たに任命する」
バスラ王から差し出された任命書を、リアナは両手で受け取り、その胸で抱いた。
「ありがとうございます……」
リアナの薬師の聖女就任式典がひと段落したあと、マーガスが、セレナを引き連れて現れた。
セレナは、みすぼらしい布の服を着せられ、首輪をかけられており、足には鉄球のついた足かせがはめられていた。
まるで罪人のような扱いである。
集まっていた観衆は、セレナの登場に、一斉に罵声を浴びせかけ、石を放り投げた。
マーガスによる世論操作で、セレナはバスラ王国の財産をくいつぶす寄生虫。そして、不当に薬の値段を吊り上げて、私利私欲に走った極悪人。ということにされていた。
実際、その行為を行っていたのは、ほかならぬマーガス本人である。
しかし、政治的駆け引きや上に取り入る方法は、マーガスが上手である。
薬師の能力だけしかないセレナでは、到底、世論を覆えすことはできなかった。
あれよあれよという間に、セレナが悪者にされて、今に至るのだった。
セレナはマーガスにより、リアナの面前に引きずりだされた。
壇上から、リアナに見下されて、セレナは思わず顔をうつむかせた。
処刑するなら、早くしてほしい、そんな気持ちだった。
リアナのとなりで、マーガスが両手で紙を広げて、セレナのありもしない罪、贅沢、職務怠慢、浪費、薬の値段を操作することによる不正な蓄財、メイドへのセクハラ……、を並べ立てる。
それらはすべてマーガスの罪であるが、一般大衆は知る由もないし、落ちぶれるセレナを見て、日ごろのストレスを解消しているようである。
たいくつな真実よりも、自分たちにとって気持ちのいい嘘を、大衆は選択するものなのだ。
──やっぱり、人間って、クズだわ……。もうこんな国とはおさらばしたいわ……。
「リアナ、早く私を処刑しなさい!」
マーガスの言葉を遮り、セレナはリアナに向かって、金切り声で叫ぶ。
その様子に、また大衆はわめき始める。
「薬師の聖女であらせられる、リアナ様になんてことを」
「この女本性あらわしやがった!」
「こんなのを聖女とあがめていたなんて、吐き気がする!」
セレナは自分勝手なことをわめき続ける大衆に向かって、叫んだ。
「このくそったれ! 全員死んじまえっ!」
一瞬にしてあたりは静まりかえったが、すぐに前よりも激しい非難と石つぶてがセレナに襲い掛かった。
「やめろ、やめないか」
一応職員の責務といった様子で、マーガスが止めようとするが、本気ではないのは、明らかであった。
「リアナ様、早く、判決を……」
マーガスに促され、リアナはセレナに歩み寄り、そしてそっと顔を近づけて、ささやきかけた。
「……セレナ、ちゃんとあの薬は飲んできたの?」
「あの薬? 一体なんのことかしら?」
セレナはとぼけて見せるが、言葉とはうらはらに、リアナしかわからないように、かすかにうなずいた。
「なら、さっそく処刑を……」
リアナが指示を出そうと、手を上げたとき、傍らのマーガスが割り込んできた。
「リアナさま、こやつは超回復薬を飲んでいるに違いありません。ならば、処刑の前に、まずリアナ様が作られた、解除薬を飲ませないといけませんな。でないと後から生き返ってしまいます」
マーガスが差し出してきた、解除薬を見つめながら、リアナは思わず青ざめていた。
金と権力にしか興味のないこの男が、そこまで気が回るなんて、リアナの想定外だったのだ。
もしかして、誰かの助言を受けたのかもしれない。
「そ、そこまでしなくても、だいじょうぶでしょう……」
解除薬をセレナに飲ませてしまうと、セレナの肉体を復活させる超回復薬の効果が失われ、セレナを死んだと見せかけて棺桶に入れ、王国を脱出させて、遠く離れた山奥のあばら屋で暮らしてもらうという、リアナの復讐計画が狂ってしまう。
ただ、セレナを逃がすだけでは、王国の指名手配から一生逃れることはできない。
だからこそ、セレナには痛いだろうが、一度公開の場で死んでもらい、そして、生まれ変わって、新しい人生を歩んでもらう。
それは、人里離れた山奥のあばら家で、泥水をすすり、獣の血肉を食べる、野蛮人のような生活を送らせる。自分はときどき、その様子を見て、楽しむ。
そこまでが、リアナの復讐計画であった。
「いえ、念には念を、です。それとも、何ですか? 飲ませられない理由でもあるんですか? もし飲んでいたら、何度でも生き返るのですよ?」
マーガスは、ためらうリアナにぎろりと疑いの目をむける。セレナとリアナが姉妹ということは、マーガスも知っているはずである。
マーガスの目は、ここにきて、家族愛に芽生えたのですかとも言いたげな様子であった。
「それとも、死んだふりをさせて、逃がすおつもりで?」
マーガスに問い詰められ、リアナは冷や汗をかきながらも、なんとか平静を装って返事を返す。
「そんなことは、ありませんが……」
「ならば、飲ませることに、何の問題もないでしょう、この女はリアナ様をオークの国に売り飛ばした悪魔! 処刑することに、なにをためらうのですか!」
リアナは、ふるえる手で小瓶を受け取った。
そして、リアナは小瓶を太陽に透かして、底に刻まれた、魔法で浮き出る文字を慎重に確認する。
そこには、薬の製造年月日が記載してあるのだった。
──3日前なら、おそらくだいじょうぶだとおもう……。でも、確実じゃない……。もし、効果が残っていれば、超回復薬の効果は解除され、セレナは本当に死んでしまう。
「……そうですね。さすがはマーガス。なんて賢いのかしら!」
リアナはマーガスを大げさにほめたたえて、そして、手渡された解除薬をセレナの口に含ませる。
「痛いけど、これで最後だから、我慢してね……」
セレナの耳元でリアナはそっとつぶやくと、セレナは涙ながらにうなずいた。
そして、衛兵に首輪で引きずられるようにして、広場の中心になる断頭台に立たされる。
セレナは直立して、いまかいまかと自身の処刑を待ちかねている、人たち見つめていた。
この人たちのなかに、自分の薬により命を救われた人はいるのだろうか。
そんな人は、こんな所にはこないだろうな、きっと──。
どうか、お幸せに。
「やれっ!」
マーガスの怒声が、広場に響き渡ると同時に、衛兵から振り下ろされた剣が、セレナの首を切り落とした。
首がごろりと地面に転がると同時に、広場は歓声で包まれた。
リアナは、それを見たくなくて、ただじっと、目を閉じてうつむいていた。
一刻も早く、この悪夢が終わることを願っていた。
(つづく)
おはようございます。読んでくれてありがとうございます。
次回更新は2月26日(金)になります。残り3話です。
どうか、最後までお付き合いくだされば幸いです。




