62.罪人セレナと聖女のリアナ
行く当てなんてない。でも、セレナには、”薬師”の能力は残っている。大量生産はできないにしろ、田舎でほそぼそとやっていくには、十分すぎる能力に違いない。
前に実家を追放されたときだって、身一つで薬師の聖女までになれたんだ。田舎で目立たないように、ひっそりと薬屋をやるのは簡単なことに思えた。
それに、もとより優しいセレナは、身近な困った人たちを救うことが、なによりの夢だったのだから。
でも、無事に脱出させてくれるだろうか、セレナは不安を抱いていた。
「お願い、セレナさま、私と一緒に、暮らしましょう……」
アリシアの必死のお願いに、セレナはうつろな表情でうなずいていた。
深夜、王都の職員が寝静まった頃、ドアからかすかにノックの音がするのを聞いて、セレナはベッドから身を起こす。
昨夜は外出用の服を着て布団に入っていたので、着替える必要はない。荷物も、バックパックにまとめてあった。
ゆっくりとドアを開けると、いつものメイド服ではく、目立たない男性用の外出用の服にズボンを着たアリシアが顔をのぞかせていた。
その胸元は、二つの丘が窮屈そうに盛り上がりズボンもパツパツに張っていた。男性用なのでいたしかたない。
「男性用の服を着るなんて、なんだかとっても恥ずかしいですね。でも、目立たない服といえば、もうこれしか残っていなかったので。お見苦しいでしょうが、お許しください」
セレナはアリシアに手をひかれるようにして、薄暗い階段を上る。
真夜中の王宮はひっそりと静まり返っていた。
窓からは、満月の光が差し込んでいる。
王宮の居住地区を抜けて、外の広間に出る。
青白い満月の光が、すべてを白く染め上げていた。
お城の門が近づくにつれて、アリシアもセレナも流行る気持ちを抑えきれなくなり、つい駆け足になる。
そして、門の傍らにある、通用口のドアを開けたときだった。
そこには、忘れもしない、セレナの妹、リアナが、寝静まって真っ暗な王都の街並みを背景に、仁王立ちしていた。
「セレナお姉ちゃん、やっと会えたわね……。ずっと、この瞬間を待っていたわ」
薬師の聖女となったリアナは、罪人であるセレナとの面会することはできなかった。
リアナの表情は、暗くてよくわからなかった。
「あの……、その……」
リアナにせまられて、言葉に詰まってしまう。
ここ最近の、囚人のように抑圧された生活は、セレナを以前の、気弱だったころに舞い戻らせていた。
「お願いです。見逃してください。あなたのお姉さんなのでしょう!」
代わりにアリシアが言ってくれた。
でも、リアナの返事は冷たいものだった。
「明日は私の、薬師の聖女のお披露目式。その公開の場で、お姉ちゃんを処刑しなければならないの。そしたら、私の復讐は完成するの」
セレナはうつむいて黙っていた。未来で紡いだ、姉妹としての仲睦まじかった自分たちは、やっぱり夢だったのだろうか、と。
そう思うと、悲しみのあまり、涙がこぼれる。どうして泣いているのだろうと、考えた。
自分がかわいそうだから? それとも、未来での生活を懐かしく思っているから?
「お姉ちゃん……、ひとつ約束してほしいの。今夜、超回復薬を飲んでおいてほしいんだ」
うつむき加減につぶやくリアナの提案は、セレナにとって疑問であった。
超回復薬とは、前にセレナが使用して、首を切り落とされたところから、復活を果たした薬である。
体の持つ自己治癒力を極限まで活性化させ、たとえ胴体が切断されたとしても、死ななくなる。
処刑される身でそんなものを使ったら、それこそ、薬の効果が切れるまで、何度も切り刻まれることになる。
死んでは生き返り、また首を切り落とされる。何度も、何度も、効果が切れるまでの長い間、ずっと。
そんなことは、想像するだけでおぞましく、とてもでないが耐えられない。耐えたところで、その先にあるのは、死なのである。
「いやよ! 何度も私を苦しめたいっていう魂胆だろうけど、残念ね! さすがのあなたも超回復薬はつくれなかったみたいだもんね!」
「あと1回だけ、がまんしてくれたら、お姉ちゃんを薬師の聖女から解き放って、王宮から脱出させてあげる」
脱出? 解放? リアナの言葉に、セレナは戸惑った。リアナは自分を処刑して、復讐を果たそうしているはずじゃなかったのか。
「それは、どういう意味かしら」
戸惑いながらも、セレナはリアナの真意を探ろうとした。
するとリアナはあたりを見回している。誰もいないことを確認しているように見えた。
そして、歩み寄ってくると、そっとセレナの耳元で、ささやいた。
それは、リアナによるセレナの脱出作戦そのものであった。
「お姉ちゃん、明日あなたは一度死んで、そして棺桶は山奥に運ばれるの……。
そこで、超回復薬の力をつかって、お姉ちゃんは、生き返る。
その後は、人前に出ることもできずに、そこでひとりぼっちで、寂しい人生を送るのよ! 私が、風通しのよすぎるあばら家を用意しておいてあげたから。そこで、寒さに震えながら、泥水をすすって、獣を食べてくらすの。ついでに、あの薬で狂った両親も一緒にね。私はときどき、それを見て、愉しみたいのよ……うふふ」
リアナの真意を理解したセレナは、涙ながらにうなずいた。
「あんたのこと、誤解してた……。ごめんね、疑ったりして……」
「ふふっ……、何言ってるの? お姉ちゃんが死んでしまったら、そこで何もかも終わりじゃない。私は、あなたが生きながら苦しむ姿を見て、楽しみたいの」
「悪趣味ね、私と一緒」
「そうね、だって、姉妹なんだもの……」
どちらからともなく、姉妹はお互いを抱き寄せた。月明かりの下で、これまでいがみあってきた姉妹が、殺したいほどお互いを憎んできた姉妹が、涙を流して抱き合っていた。
その光景に、思わずアリシアももらい泣きしてしまい、そっとハンカチを目に添えた。
「私は、なにもかも、リアナに、負けたんだね……」
ぽつりとつぶやくセレナの声が、シンと静まり返った王宮内に広場に、聞こえていた。
(つづく)
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次回は2月25日に更新します。
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