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61.夜逃げするセレナ

 リアナがバスラ王宮にやってきてから、1か月過ぎたある夜のことだった。


 その頃、セレナは窓もなく、日も差さない、牢屋ともそん色ない、地下の物置のような部屋に押し込めらていた。

 じめじめして、ろうそくの明かりだけが頼りの薄暗い部屋に一日中閉じ込められ、気がめいっていた。

 時折視界を横切る不愉快な害虫のおかげで、夜もゆっくり眠られない。


 リアナによりもたらされた、3種の薬の製法により、回復薬(エリクサー)治療薬(マルチキュア)解除薬(キャンセラー)を、もはやセレナに頼らずに大量生産できる目途が立った。


 マーガスが主導となり、大々的に生産工場をつくり、薬の大量生産が始まっていた。

 大量に作られた薬は、王宮の倉庫に山と積み上げられ、出荷のときを今か今かと待っていた。

 そして、明日は初めての出荷の日。それは、リアナの薬師の聖女のお披露目式の日でもあった。


 セレナに頼らずに薬を作れるようになると、王宮内で、セレナ不要論が高まり始めた。

 この1か月の間、次第にセレナへの風当たりは強くなり、お付きのメイドも次々に姿を消して、最後には、だれもいなくなった。

 

 バスラ王都では、誰が国民をあおっているのか、これまで贅沢にふけっていたセレナを断罪せよとの声が日に日に高まっていた。

 たしかに、薬師の聖女となったセレナは、日々豪華な食事にお酒を飲み、そして両親に愛されなかった子供の頃の渇望を埋め合わせるかのように男も女もとっかえひっかえの、酒池肉林の日々を過ごしていた。。


 でも、それ以上に、薬師として、王都に莫大な利益をもたらしてきたはずである。

 それに、贅沢を批判するのであれば、マーガスの方が、よほどひどい。わいろに不正蓄財、思い当たることは、数知れなかった。


 しかし、マーガスという一事務官よりも、薬師の聖女セレナのスキャンダルの方が、国民には受けがよく、その落ちぶれる様を面白おかしく書きつけた記事は飛ぶように売れたのだった。


 記事には、どこで写真を撮られていたのか、ワインをあおり踏ん反りかえって、女性メイドにキスを迫っているセレナのあられもない痴態(ちたい)が、でかでかと掲載されていた。

 それには、聖女セレナのあばかれた正体! という表題が添えられている。

 そして、記事には、「迫ってくるセレナ様をお断りすることができませんでした、でも、私はそれが、とても嫌でした」、などと本人から聞いたのかは、さだかではないメイドの証言も書いてあった。


「あんただって、あんなに嬉しそうにしてたじゃない!」


 セレナがにがにがしい思いで、自分のスキャンダルが記載された記事を丸めて、部屋の隅の排泄物用の壺に放り投げた。

 しかし、それは壺の淵にあたり、床に転げ落ちる。

 その様子が、なにもかもうまくいかない今の自分を思わせて、セレナはいら立ちを覚えていた。


「セレナさま、食事をお持ちしました」


 朽ち果てた木のドアの向こうから、アリシアの優しい声音が聞こえてきた。

 アリシアはセレナ付けメイドの役職を解かれていたが、暇を見つけては、こうしてこっそりとやってきて、セレナのお世話をしていたのだった。


 アリシアのお盆には、白くて柔らかいパンと、具がたっぷりのシチュー、そして、セレナの好きな銘柄のワインが乗っていた。

 

「きっと、いつもの食事だけでは足りないと思いまして」


 アリシアはニコリと笑いながら、小さな木のテーブルに、お盆を載せた。

 セレナがこの物置小屋に来てからというもの、食事のレベルも下げられて、カビの生えたぱさぱさした、おまけに石のようにカチカチの黒パンに、具がない水のようなシチューが出てくるだけだったのだ。ワインなんて、もってのほかである。


 お腹を空かせていたセレナは、ワインよりも先に、思わず食事にむしゃぶりついた。

 実家から追放され、オークの街を脱出して、しばらく浮浪者として生活していた頃のことが、頭をよぎった。


 アリシアは、夢中で食事をかきこむセレナを見て、セレナがまだ薬の聖女だった頃から、心の中で秘めていたことを打ち明けた。


「セレナさま……、王宮を出て、どこかの田舎街で、ゆっくりと暮らしませんか?」


 アリシアの提案に、セレナは顔を上げた。シチューが口からこぼれていたので、アリシアは自身のハンカチでそっとセレナの口を拭った。


「でも、私は、ここからでられるのかな……、なんだか、私に対する批判も高まっているみたいだし。外に出たりしたら、襲われてしまうかも」


 不安そうなにうつむくセレナを見て、アリシアは気の毒になっていた。

 セレナは多少の贅沢はしていたけれど、それだって、最初の頃はセレナが求めたわけではなくて、アレスだった頃の自分を含め、マーガスを始めとした側近たちが、薬師の聖女であるセレナさまのご機嫌を取ろうと、必要以上に贅沢させたのが原因であったのだ。

 

 決して、セレナが強くねだったわけではない。

 それを今になって、セレナの贅沢として非難されるのは、いささかお門違いだと、アリシアは感じていた。


 そして、アリシアはメイドたちの噂話で、マーガスのたくらみを知っていた。

 

 マーガスは、リアナを手に入れて、お荷物になったセレナを処分しようと考えている。

 処分ついでに、これまでのマーガスが行ってきた浪費を含めて、すべてをセレナになすりつけようと企んでいる。

 それは、追放という形ではなく、あとくされない、処刑。

 なぜなら、セレナにはまた”薬師”の能力が残っている。腐っても、薬師の聖女である。

 追放などしたら、またどこぞの輩がセレナを担ぎ上げて、王国に害をなすに違いない。

 それに、回復薬(エリクサー)を作るのは、王国だけでなければならない。いずれは、薬の材料も王国が独占する計画であった。

 だから、セレナは追放ではなく、ここで処刑すべきである。


 マーガスはそんなたくらみを抱いていることを、アリシアは察知していた。だからこそ、セレナにはここを脱出してほしい。

 

「でも、このままここにいたら、きっとマーガスによって、処刑されてしまうわ……、だから、一緒に逃げましょう……、今夜」


 アリシアはセレナの両手をギュッと握りしめて、そのうつろな瞳を見つめた。


(つづく)

おはようございます。読んでくれてありがとうございます。

66話で終わる予定です。どうか、最後までお付き合いください。

最後話までは完成しており、あとは手直しするだけになっています。

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