59.薬師の聖女として迎えられるリアナ
それから一週間後の、ある晴れた日のことだった。
いつものように、店先で掃除をしていたエリザの前に、一両の大きな馬車が止まった。
木で作られた客室の側面には、バスラ王国の紋章があしらわれていた。
バスラ王国が建国されてから、500年。その間、ずっと変わらないこの紋章。エリザは、人間だったころの前世で、見たことがあった。
ぽかんとして見つめていると、扉が開き、スキンヘッドの大柄な男性が、背中をかがめながら降りてきた。
その男性は、両隣に護衛の騎士を携えて、まっすぐにエリザに歩み寄ってきた。
エリザは、おもわず、ギュッと箒を握りしめた。
すると、スキンヘッドの男性は、つまらないものを見るかのようにエリザを一瞥すると、かまわず店内に入っていった。
止まっている馬車についていた紋章、そして着ていた服から察するに、バスラ王国の偉い人なのだろう。
でも、いったいこんな辺境の街に、何の用事なのだろう。もしかして……、薬の製法を奪いにきたのだろうか。
男の様子に、なにか嫌なものを感じたエリザは、心配になり、店内についていくことにしたのだった。
店内では、マーガスが、カウンターのクレリアに向けて、王国の公文書を突き付けながら、仏頂面でなにやら要求しているところだった。
「クレリアに命ずる! バスラ王国の民のために、その秘宝である薬の製法を提供されたい。ついては、貴女を薬師の聖女として迎え入れる!」
マーガスの突然の申し出に、クレリアは困ったように首をかしげた。
「あの……、薬の作り方を発見したのは、私ではなくて、リアナさんなのですけど……」
「なら、そのリアナさんを、ここに連れてきてもらえますかな?」
クレリアが呼びに行く間もなく、店の奥で作業をしていたリアナは、様子を見にやってきた。
クレリアの隣に立ち、マーガスの姿を認めたリアナは、自分の作戦が成功したことを確信した。
きっと、セレナ一人の力では限界だとわかり、大量生産するために、薬の製法を奪いにきたのだ、と。
「リアナさん、おめでとう……、やっと、あなたの努力が王国に認められたんだわ……薬師の聖女なんて、夢みたい」
育ちが良くて、お人よしのクレリアは、マーガスの真の意図に気づくこともなく、リアナが薬師の聖女に抜擢されたことを、心から喜んでいた。
でも、リアナはマーガスの真の意図を理解していた。自分から薬の製法をしぼりつくしたら、難癖をつけて、追放するのだと。
そして、薬の製法は王国、あるいはマーガスに独占されて、これまでのように自由に生産できなくなり、また値段は高騰するのだと予想した。
それを防ぐために、そして、王宮にいるであろう姉セレナを、薬師の聖女の座から追放するために、リアナのとるべき行動は決まっていた。
「バスラ王都の方ですね。はじめまして。私はリアナと申します。この「クレリアの薬屋さん」で薬の研究をしています。今回の申し出、誠に光栄に思います。ぜひ、お受けさせていただきます」
リアナは、礼儀正しくマーガス一行にお辞儀をして、それから顔を上げる。
そして、隣のクレリアに向かって、優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ、クレリアさん、ここまでは計画通り。私はこれからバスラ王都へ行ってきます。しばらく、このお店のこと、よろしくね」
「でも、気を付けてね。辛くなったら、いつでも帰ってきていいのよ。ここは、あなたの家なのだから」
「ありがとう、クレリアさん」
リアナはクレリアの胸に飛び込んだ。
クレリアはリアナの勢いに、すこし体をよろめかせながらも、両手でしっかりとリアナを抱きしめていた。
「そろそろ、いいですかな……」
マーガスのせかすような声に、リアナは顔を上げて、マーガスをじろりと見た。
「はい……、でもひとつ条件があります」
「なんですかな」
マーガスの表情からは、めんどくさがっている様子がありありと見て取れた。
王国の命には、四の五のいわず、だまって従えとでも思っているのだろう。
「私の身の回りのお世話をしてもらうために、このエリザを連れて行きたいのです」
リアナの申し出に、マーガスはじろりと問題のエリザを見る。エリザは思わず身を固くする。
そんなエリザを見たマーガスは、吐き捨てるように顔を背けて、ため息をついた。
「王宮には、エリザより、もっとしっかりと教育を受けたメイドが星の数ほどおります。それこそ、あなたは薬師の聖女なのだから、王宮のメイドは選び放題です。なんなら、男性執事をあてがってやってもいい。わざわざ、エリザを連れていくまでもないでしょう」
エリザ呼ばわりされて、エリザは怒りと恥ずかしさがないまぜになって、泣きだしたくなった。
これまで、自分なりに精一杯、リアナに仕えてきたと思ったのに、それを真っ向から否定されたような気がして、悲しくなってきた。
マーガスとしては、できるだけ王宮で、リアナを孤立させたいのだろう。
相談相手はいない方が、マーガスにとって都合がいいからである。孤立無援にして、頼るものは自分だけにさせて、しぼれるだけしぼり、最終的には捨てるのだ。
それは、セレナにしたのと、同じ手口であった。
「なら、この話はなかったことに」
リアナはくるりと背を向けて、奥の部屋に戻ろうとする。マーガスの意図を理解していないクレリアは、そんなリアナとマーガスを交互に見て、あたふたとしていた。
「わかりました……! あなたのために、その条件、受け入れましょう!」
リアナの提案は、大した条件ではない。むしろ自前のメイドを連れていくなんて、リアナ側の負担でしかないはずである。
しかしマーガスは、できるだけもったいつけて、リアナの背中にそう告げた。
「ふふ、よかったわ。エリザが作ってくれる料理じゃないと、食べられなくって!」
輝くような笑顔をリアナに向けられて、エリザは愛しさのあまり、胸がトクンとうずいた。
(つづく)
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