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58.契約破棄を通告されて怒り狂うマーガス

 その日のことは忘れたことはなかった。ふとした瞬間に、自分を怒鳴りつける父親や、見て見ぬふりをする母親、そして、勝ち誇った顔のリアナが頭に思い浮かんで、苦しくなってきた。

 それは、セレナの心に深く突き刺さった氷の刃のような深い傷であり、どんな薬でも決して癒えることはないのだった。


 つい昔のことを思い出してしまい、意識が遠のきかけたセレナだったが、回復薬(エリクサー)では、精神的疲労までは、回復することできない。セレナは重たい頭を抱えつつ、なんとかアレスにお礼を返す。


「ありがとうございます。少し気分がよくなったみたいです……」


 セレナは失礼にならないように、どうにか気力をふりしぼって、アランに笑顔を送る。アランは「無理はしなくていいですよ」と言いたげに、うなずき返していた。

 でも、諦めきれないマーガスは、アランに食い下がった。


「そ、そんな……、突然そんなこといわれましても……何が不満なのでしょうか。値段なら、もう少し下げますから……」


 値段を下げるためには、下がった分の利益を補填するために、薬を増産する必要がある。

 この3か月というもの、リアナの安価な薬に押されて、セレナの薬の売り上げは、大幅に低下していた。それは、リアナの狙いどおりである。

 その低下した売り上げを補填するために、増産につぐ増産を重ねており、”薬師”の能力を使いすぎて、セレナは限界が近づいていた。

 でも、かまわない。もっと、もっと作らせよう。セレナをこきつかって、安く、そして大量に、それが聖女の仕事なのだから、とマーガスは考えをめぐらせていた。


「しかし、これ以上値段を下げたとしても、そこにいらっしゃる聖女さまは、もう限界の様子ですが……」


 アランは心配そうに、うつむいてうとうとしているセレナに目線を向ける。最近は、増産に次ぐ増産で、毎日のように徹夜を強いられていたセレナは、居眠りしそうになっていた。

 そんなセレナを無視して、マーガスは代わりに、やる気満々といった様子で答える。自分は何もせずに、酒を食らっているだけなのに。


「いえ、大丈夫です。まだまだやれます! やればできるんです!」


 自分は昼も夜もぐっすり寝ているマーガスは、セレナに向かってそう言い放つ。

 そして、テーブルに両手をついてすがりつくが、アランに取り付く島もない様子で、払いのけられた。


「それに……、値段の問題ではないのです。自己調達できるのに、わざわざ気に入らない相手に、お金をはらって頭を下げてまで購入する必要がありますかっていう話です。それでも、気持ちよく取引できる相手なら、付き合いでこれからも末永く購入してもよかったのですが、……マーガスさん、よもや私にしたことを忘れたとは言わせませんよ……」


 アランが細い眼鏡の奥の、鋭い瞳でマーガスを見据える。

 

 それは、10年前のこと。

 バスラ王都の下っ端職員だったアランを、マーガスはぞんざいに扱い、こき使った上で無能のレッテルを張り、追放していた。

 色白のもやしっ子だったアランは、冒険者としての出世の見込みはない。しかし、事務作業に突出した才能を感じたマーガスは、それを妬ましく感じ、いろいろな難癖をつけたり、冷たくあしらったりして、アランの心を折ることで、王宮から追い出した。


 バスラ王都職員を解雇されたアランは、路頭に迷っていたところを、不憫に思った冒険者に拾われたことが縁となり、超大手ギルドの「アルカディア」の事務員として下働きを始めることになった。 

 そして、その卓越した事務処理能力でめきめきと頭角を現し、あれよあれよという間に、超大手ギルドの物品調達責任者という幹部にまで上り詰めた。

 冒険者たちに必要な装備や道具を的確に提供するアランの支援のおかげで、ギルドの冒険者は、有利にそして、安心してクエストに取り組めるのである。冒険者から寄せられる信頼は厚かった。その信頼はそのまま、アランの権力となっていた。

 

 もし、ここまで出世することがわかっていたなら、マーガスはアランにおべっかをつかって取り入っていたであろう。しかし、今更もう遅いのだった。


 アランは、マーガスの肩越しに、少し離れて控えていたアリシアの胸元を見る。そこには、銀の名札が輝いていた。


「そして、先ほどのメイドさん……、アリシアさん、そしてセレナさまに対するあなたの態度を見て、ああ、やはりあなたは何も変わっていないとわかりました。つまり、これからも取引する価値のない相手だということです。それでは、ごきげんよう」


「まてっ! 王国への無礼、ただで済むとは思うまいな! それは、アラン個人の発言か、それとも「アルカディア」としてバスラ王国にケンカをうったということでいいのだな?! おいセレナ、貴様も頭を下げろ! どうか私の薬を買ってくださいと!」


 後がなくなったマーガスは、いよいよ本性をむき出しにして、顔を赤くしてアランに迫る。

 すると、乱暴にドアが開き、いかにも荒くれものの冒険者二人が、アランを守るように隣に控えて、マーガスに剣を向けた。


 アランは青筋を立てて怒鳴るマーガスを、臭いものを見るようにな表情で目をしかめた。


「そういうのが古いんですよ。個人とか組織とか、そういう話じゃなくて、あなた自身の問題なのですよ、マーガスさん。でも、私の対応に不満があれば、いつでも来てください。屈強な冒険者とクレバーな魔術師が、あなたをお待ちしておりますので、ふふふ」


 そして、アランは「契約破棄通告書」をマーガスの顔面にたたきつけて、冒険者二人を引き連れて、さっそうと部屋を後にした。

 テーブルにひらりと着地した「契約破棄通告書」をセレナは、どこはホッとした様子で見つめていた。少なくとも、今夜はぐっすり眠れそうね……。

 

 そして、セレナは、来るべき時が来たのだと、思っていた。




──私は、リアナに負けたんだわ……。




 テーブルに突っ伏したまま、マーガスは動かない。

 マーガスの頭はフル回転し、この損失の責任を誰に擦り付けようか、全力で考えていた。

 自分は悪くない、俺は優秀だ。周りの人間が無能なのが悪いのだ。どうして俺の足を引っ張るのだ。

 マーガスは見当違いのことを考えて、心がさざめき立つ。


 しばらくして、マーガスは顔を上げた。口角を吊り上げて、邪悪な笑みを浮かべたその顔は、なにかよからぬことを思いついたのときの顔だと、マーガスと長い付き合いだったアリシアには、わかっていた。


(つづく)

誤字報告ありがとうございました。感謝しています。

次回更新は未定ですが、1週間以内には更新します。よろしくお願いいたします。

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