57.過去を思い出してしまい、悲しみに沈むセレナ
それから3か月経過し、季節は冬から春へと移り変わり始めていた頃のことだった。
セレナが目を覚ましたおかげで、なんとか大手冒険者ギルトとの納入契約を果たしたマーガスだったが、新たな問題に頭を悩ませていた。
バスラ王国の各地にある、直轄の薬局における薬の売り上げが著しく低下しているのである。
最初の1か月は、責任者の営業努力がたりないと怒鳴りつけていたマーガスであったが、全部の薬屋の売り上げが致命的に低下しているとなると、その原因をさぐらないわけにはいかなくなった。
調査員を派遣して、原因を調べてみると、民衆の間で、セレナしか作れなかったはずの、回復薬と治療薬の製法が出回っているというのだ。
そして、その出どころは、スノーフィールドという辺境の街にある、「クレリアの薬屋さん」という聞いたこともない店。
その店は、回復薬と治療薬の製法を他店におしげもなく教えているのだという。
お金にがめついマーガスには、それが、きちがいの所業に思えて、思わず机をたたく。
そして、仕事中にも関わらず、待機していたメイドのアリシアにワインをねだる。
「あの……、お客さまがいらしております。お通ししてもよろしいですか……?」
アリシアがおそるおそる伝えると、マーガスはチッと舌打ちをして、つれてこい、と促す。
ドアが開いて姿を現したのは、バスラ王都、いや世界でも五本の指に入る冒険者ギルド「アルカディア」の物品管理責任者のアランであった。
お得意様の姿を見たマーガスは、アリシアや部下に向けていた不機嫌な表情から一転、そそくさと立ち上がると、部屋の隅にある応接スペースへと促す。
「おい! メイド、ぼさっとするな、コーヒーだ!」
マーガスは、革張りのソファーに片手を載せて、横柄にアリシアに命令する。
「ワインではなかったのですか……」
ワインボトルとグラスを2つお盆に載せて、アリシアがやってきていた。そんなアリシアをマーガスはぎろりとにらむ。
自分の表情が、アランには見られていないと確認の上で。
「仕事中だぞ? 何考えてるんだ。それと、聖女様を呼んで来い……」
バスラ王国の薬の最高責任者は、セレナである。
こちらに都合の悪い展開になったら、セレナに矢面に立ってもらおうとマーガスは企んでいた。
「いやぁ~、まったく、気が効かないやつでして、新しいメイドと入れ替えようと……」
マーガスがご機嫌をとろうとメイドを貶めるが、アランは、取るに足らないといった様子で、アリシアに微笑みかけた。
ほどなくして、額に汗して、すこし疲れた様子のセレナがやってきた。
セレナの回復薬の値下がりに伴い、マーガスの求めに応じて、大量生産を強いられていたセレナは、”薬師”の能力を使いすぎて、いささか疲労がたまっていたのだった。
セレナは、アランとあいさつを交わしたあと、マーガスの隣に腰を下ろして、会議がはじまった。
「端的に申し上げます。我が冒険者ギルド「アルカディア」は、バスラ王国との薬の定期購入契約を解除します」
テーブルの上には、コーヒーカップから湯気が立ち上っていた。
マーガスの機嫌が悪くなりそうな出来事が起こっているのだと理解したアリシアは、そっと距離を置く。
そして、傍らのセレナは、膝の上で両手をギュッと握りしめていた。来るべきときが来たのだと、悟った。
事情を呑み込めないマーガスだけが、アランの言葉にかみついた。
「なんですと……」
さすがのマーガスも本性を隠せないのか、唖然として、アランを凝視する。
アルカディアとの定期納入契約は、薬の売り上げの中でもかなりの部分を占める。定期的に決まった量を購入してくれるので、収入の見込みも立てやすい。
それを一度に失うことになれば、王国の予算にぽっかりと穴が開くことになる。それだけは、なんとしても避けなければならない。
「とある薬屋に、回復薬と治療薬の製法を伝授していただいたので、自己調達のめどがたったのです」
アランは、傍らに置いたカバンから、回復薬の入った小瓶を取り出した。それには、「クレリアの薬屋」であることを示すシールが貼ってある。そして、セレナは裏でリアナが関わっていることも知っていた。
「薬の聖女セレナさん、だいぶお疲れのようですね。どうですか、せっかくですから、これはあなたに差し上げましょう」
アランはにこりとして、テーブルに置かれた、クレリア印の回復薬をセレナに勧める。
自分自身を苦しめている、リアナの薬なんかを飲みたくはないが、ひどく疲れていたのと、相手の薬について知っておきたいという興味から、セレナは小瓶をとり、そっと口をつけた。
ちなみに、セレナが自分自身で生成する回復薬は、マーガスに一つ残らず持っていかれて、自分で消費することは、決して許されていなかった。
回復薬が体にしみるように広がっていくと、セレナの肉体的な疲労が、うそのように消えた。
そして、セレナは、今飲んだ回復薬は、自分がつくるそれと、効能が同じであることが身に染みてわかった。
その上、リアナと契約を結べば、誰でも作れるのである。
セレナ一人がいくらがんばろうとも、全国の生産者には到底かなうはずはない。今になってやっと、リアナの狙いを理解したセレナは、自身の敗北を悟っていた。
セレナ対全国民、リアナの狙いは、この構図を作ることだったんだ。そして、見事に成功させた。おかげで、遠からず、──もうなっているかしれないが、セレナの”薬師”の能力は無力化されて、聖女の座を追われ、バスラ王宮から追放されるかもしれない。
──そう、我が家から追放された、17歳の誕生日の時と同じように……。
(つづく)
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