56.打倒セレナの作戦を語るリアナ
カウンターの奥にあるリビングルームにあるテーブルを囲んで、眠たそうな顔の魔王も含めた全員がそろって席に着いた。
「これから未来で作り方を開発した、回復薬と、治療薬を大量生産して、薬師の聖女セレナを追い詰めるんだね! 私にできることなら、なんでもするから!」
エリザは目を輝かせて申し出た。でも、リアナは穏やかな笑顔でうふふと笑うだけであった。
「エリザ、私が未来で学んできたのは、薬の製法だけじゃないわ。効率のいい商売のやり方も、見てきたの」
「えっ? 私たちで薬をたくさんつくって、売るんじゃないの? それ以外に方法があるの?」
「私たちが全員総出で頑張ったとしても、バスラ王国中の薬の需要を満たすほどの量は、到底作ることはできないわ。それは、時間をかけて工場を作り、人を雇う時間があるのなら別だけど、それには、最低5年の時間はかかりそうなの。でも、いくら気のなが~い魔王さまでも、さすがに、そんなには待ってくれないですよね?」
「そのとおりだ……、俺は気が短いのでな……、じつはすでに我慢の限界が近い」
魔王の発したその言葉に、すかさずエリザは、トイレのある方を指さして魔王に教えてあげた。
「トイレならあちらに……って、ぐうっ!」
「くだらない冗談を言うのは、この口か? なら望み通りふさいでやろう……」
とぼけるエリザの喉元を片手で握りしめながら、魔王はリアナをぎらついた瞳で見つめる。
魔王のぎらつく瞳とエリザが拷問されている様子を見て、リアナは少したじろいた様子であった。
「……あわてないで、だから、もっといい方法があるの、それはね、他の薬屋さんに、私が開発した製法で、回復薬を作ってもらえばいいの。そうすれば、あっという間に、私の薬は王国中に広まって、高価なセレナの薬を買う人は誰もいなくなるわ」
思わずエリザは立ち上がってリアナをみつめる。
「作ってもらうってことは、せっかく苦労して開発した作り方を、教えちゃうってこと? それって、もったいなくない?」
リアナの隣に座っていたクレリアも、エリザと同じように、不思議そうにリアナを見ていた。きっと、エリザと同じ疑問を抱いたのであろう。
最終目的が、安価な回復薬や治療薬を流行らせて、聖女セレナの価値を0にして、バスラ王宮から追放することである。
お金は二の次であるとはいえ、このお店を購入した分の借金が残っている。それに、薬の材料を調達する費用や手間賃も考えると、ただで秘伝の薬である製法を教えてしまうのは、割に合わない。
借金が払えなければ、エリザがオークに身売りされてしまうのだ。
「その代わりに、作った薬の個数に応じて、私たちにお金を払ってもらうことにすればいいの。相手は薬を売ってもうかるし、私たちは相手の生産設備を使って薬を手早く王国に広めることができて、さらにお金までもらえる。一石二鳥の作戦なの」
それはリアナが、薬の研究の際に、片手間で読んだ、経済学といわれる学問に記載してあった内容であった。
同じく未来にいったエリザは、そんなことを全く知らなかった。
「でも、そんなに素直にお金を払ってくれるかな。本当は1000個作ったのに、10個しか作ってないって、嘘をついたらわからないよ?」
「それについては、いい方法があるの。だから、心配しないで。それよりも、エリザには、私たちの薬の宣伝をしてほしいの。たくさんの薬屋と、この「技術ライセンス生産契約」を結べるかどうかが、この作戦を成功させるカギなんだからね」
するとリアナは、足元から木箱を持ち上げると、テーブルの上に置いた。
そこには、小瓶が行儀よく並んで入れられており、そして、小瓶1つ1つには、手紙が入った封筒が添えられていた。
手紙の内容は、さきほどリアナが説明した契約内容のことに加えて、魔法の契約書も同封されていた。
契約を結んでくれた人には、後ほどすぐに、薬の製法を伝えてあげるのだ。
エリザが中の手紙を読んでいると、少し不安なリアナの声が耳に入り、顔を上げた。
「これを、王国各地、いえ、世界各地の薬屋さんに配ってきてほしいの。少し大変かもしれないけど、だいじょうぶ?」
「わかったわ、まかせて!」
エリザはテーブルに置かれた薬の前で、両手を重ねて胸に当てて、祈りをささげた。
魔法を詠唱するときの、いつもの姿勢だ。
──大気にたゆとう水の精霊、私の願いを聞き届けてください。そして、私の願うものをお与えください。
「水魔法、雪の伝書鳩!」
エリザが念じると、大気中の水分が凝固して、それが雪のように舞い、次第に一つの形を作っていった。
それは、一匹の真っ白いハトであった。
次々に生み出される、雪の伝書鳩たちは、薬の小瓶と手紙を入れた封筒を首に掛けて、窓の外から世界中の薬屋さんへと飛び立っていった。
リアナやクレリア、そしてエリザと魔王の願いをのせて。
(つづく)
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