55.クレリアの薬屋さん
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セレナが魂を取り戻してから数日後、エリザはスノーフィールドのとある空き店舗にやってきていた。
「もう一度、ここに戻ってこられるなんて、夢みたい……」
スノーフィールドの街はずれの空き店舗で、うっすらと埃をかぶったカウンターの向こう側にすわったクレリアは、涙ながらにそうつぶやいた。
ここは、クレリアがホームレスになる前に営んでいた、「クレリアの薬屋さん」である。
経営が悪化して、借金の支払いのために手放していたが、再度買い戻したのであった。
魔王の「魔族転生」によって天使に転生したクレリアは、今は後ろの羽を引っ込めており、人間と同じ姿をしている。
そして、この世界で、天使というのは、種族の名称であり、天使はすべからく創造神の使い、というわけではない。
「よかったね、クレリアさん」
今回の物件の買い戻しに一役買っていたエリザは、嬉しそうなクレリアの様子を見て、満足していた。
お店を買い戻すには、お金がいる。しかし魔王は「宵越しの銭は持たない」主義なのだという。
だから、仕方なくエリザ自身を担保にして、お金を借りたのであった。
借金の支払いが滞ると、エリザが身売りされてしまうのである。それこそ、セレナやリアナと同じように、オーク達の慰み物にされるかもしれない。
その光景を想像して、青ざめているエリザに、クレリアの優しい言葉が聞こえてきた。
「ありがとう、がんばって薬を売って、早く借金を返さないと、エリザさんが連れていかれちゃうからね」
「そうですよ。魔王様が、もうちょっと貯金をなされていれば、私を担保にしなくてもよかったのに。ねえ、魔王様」
エリザが嫌味ったらしく魔王の袖を引いた。すると、魔王は不思議そうな表情で、エリザを見ろす。
「エリザよ、お前の土魔法で金貨なぞいくらでも生成できるではないか、なぜそれをしないのだ」
「うっ……、だって、私の魔法の効果は持って7日。効果が切れたら、ただの土くれに戻ってしまうのです。人のだますのは、いやなのです。それにバレたらあとで何をされるのか……」
「そんなの、知らぬ存ぜぬで通せばよいではないか。つまみ食いはするくせに、変なところで真面目な奴だ」
魔王にあきれられて、エリザはうつむいた。そもそも、魔王に蓄えがあれば、エリザを担保にすることはなかったのだ。
おかげで、身売りされることになったエリザは少々不満である。魔王の癖に金貨1枚すらないってどいういうこと。
間違っても、オークの慰みものにはなりたくない。いや、人間だって、困るけど。
「だいじょうぶよ、リアナが作ってくれた薬なら、きっと飛ぶように売れるから。あっという間に借金返済まちがいなし!」
「そうですよね、信じています!」
エリザがクレリアに向けてうなずいたとき、ドアが開いて誰かが入ってきた。
「あの……、まだ開店前なんですけど……」
エリザは振り向くと、入ってきた青いドレスの女性に向かって、申し訳なさそうにお辞儀をする。
「クレリアさん……?」
青いドレスを着たリアナは、入口で、クレリアを見つめたまま、呆然と立ち尽くしていた。
魔王の指示で、リアナには、クレリアが転生して生きていたことを、知らせていなかったのである。
「生きていたの……、魔王に食べられたと思ってたのに!」
リアナはエリザを押しのけて、クレリアのもとへ向かう。
エリザは、リアナが閉め忘れた入り口のドアをそっと閉じる。
そして、リアナは、椅子に腰かけているクレリアに飛びついた。
「この魔王様に、転生させてもらって、新しい命をもらったの」
「ええっ……、魔王が?」
リアナは感謝の気持ちを込めた瞳で魔王を見た。すると、魔王はすぐさまくるりと後ろを向いて、なにやら背中を丸めて、気分が悪そうにえずき始める。
「どうしたのですか、魔王様? だいじょうぶですか?」
「ぐっ……、感謝の念を向けられて、気持ち悪いのだ……、おえっ……」
エリザは笑いながらも、魔王の背中をさすってあげる。その手には、自身の心からあふれてくる憎しみを込めて。
「もう、魔王さまったら。ほらほら、エリザの憎しみをどうぞ」
「ああ……、礼を言うぞ」
そんなエリザと魔王のやり取りをみて、リアナはくすりと笑う。
「よくわからないけど、……ありがとう」
涙の再会から、少し落ち着きを取り戻したリアナは、クレリアを抱きしめていた腕をほどき、顔を上げた。クレリアの天使のような優しい笑みが、リアナの視界いっぱいに広がった。
「もう、病気はすっかりいいの?」
「はい……、魔王様は、私がもうすぐ病気で人生を終えることを知って、あえて転生させて、肉体を再生させることで、病気を治したのです」
転生して、新しい肉体を与えられたクレリアの病気は、もうすっかり完治していた。
完治というよりは、病気になった古い体を捨て、再構成した新しい体を魔王から与えられた、ということであろう。
「よかった……」
改めて、リアナはクレリアの豊満な胸に顔をうずめて、涙をぬぐうように、顔をうずめた。
そんなリアナを、クレリアはまるで自分の娘であるかのように、そっと髪を撫でていた。
それはまるで、一つの絵画のように、美しい光景であった。
エリザも、感動の再会を果たして、幸せそうに抱き合う二人をうっとりと見つめながら、幸せのおすそ分けをもらったように、穏やかな気分に浸っていた。
しかし、やはり魔王には、デリカシーというものはないようだ。
「おい……、なにしてる。早く復讐にとりかかれ……」
魔王の冷たい言葉が、リアナとクレリアの感動の再会によりもたらされた穏やかな雰囲気を引き裂いた。
「魔王様っ……、いまいいところなんだから!」
エリザに指摘されても、いまいち魔王はピンとこないようである。
その様子から、俺なにか悪いことしたかなと疑問を抱いている様子が見て取れた。
「ん? なにを怒っているのだ。身売りされたくないから、早く薬を作らせろ、とせかしたのはお前だろうが……」
「そういうの、なんて言いうか知っています? 野暮っていうんですよ!」
エリザは未来世界の時代劇で覚えた言葉で魔王を責めながらも、今回の感動の再会の立役者は、「転生させるという手段でクレリアの病気を治した」魔王なのだから、ありがたくも思っていたのだった。
(つづく)
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