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54.天使になったリアナ

「セレナさま……、明日でお別れですね」


 祭りのせいで職員や関係者が出払っており、シンと静まり返った王宮内のセレナの部屋で、アリシアは星が降り始めた窓を見つめて、悲し気にため息をついた。

 ベッドでは、あいかわらず、セレナが気持ちよさそうに胸を上下させていた。


 明日の朝までに、セレナを目覚めさせることができなければ、アリシアがその責任を問われて、牢獄へ入れられてしまう。

 そして、自白するまで拷問を受け、形だけの裁判によって、死刑にされるに違いない。


「ああっ……、創造神さま、どうか、どうか……、私たちをお助けください……」


 アリシアは月明かりだけが照らす、青白い部屋の中で、ベッドに向かい、両手を合わせて祈りをささげた。

 頬からは、涙が一筋零れ落ちて、セレナの手におちた。

 

 アリシアは涙でぬれたセレナの手をそっと持ち上げて、キスをした。


「セレナ様……、今日で、最後ですね……」


 アリシアはそうつぶやいて、セレナが寝ているベッドに、自分の体を滑り込ませる。

 そして、自分の体をセレナに乗せて、お互いの真っ白な腕と足を絡めながら、抱きしめる。

 それは、セレナが眠り姫になってからというもの、アリシアにとっては、日課になっていた行いであった。

 セレナが目覚めるきっかけになるかもしれないという理由もあったが、本当のところは、ただアリシアがセレナとひとつになりたかったからである。

 でも、それも今日で最後なのだ。

 

 セレナの体は、まるで生きているかのように、温かい。

 アリシアは体を密着させて、そのぬくもりを感じながら、どうしてこんなにも温かいのに、死んだように眠っているのかしらと、余計に悲しい気持ちが込み上げてきた。


「セレナ様に、せっかく女性にしていただいたのに、何もできなくて、ごめんなさい……」


 アリシアはセレナの陶器のように青白い顔を両手で包み込むと、そっと自分の唇をセレナのそれと重ねた。

 セレナには、アリシアにより、薄化粧が施してあった。

 化粧の仕方は、アリシアが女性に生まれ変わってから、同僚のメイドに教えてもらったものであった。


「セレナさま……、私がアレスだった頃から、ずっとお慕いしておりました……、んっ……」


 キスをしながら、アリシアは、何度もギュッとセレナを抱きしめる。その月明かりで輝くセレナの金髪からは、愛しいセレナの匂いがする。

 そのたびに、胸から、セレナに対する愛しい気持ちと、今日でお別れという切ない気持ちが同時にあふれてきて、アリシアは涙するのであった。





 ひとしきり、人形のように横たわるセレナと戯れたアリシアは、そっと顔を上げて、セレナを見つめた。

 今しがたの行為により、感情が高ぶったアリシアの瞳は潤んでいた。


 アリシアはベッドから出ると、椅子に掛けてあった制服であるメイド服を手に取り、慣れた様子で後ろに手をまわしてエプロンを縛っていった。

 そして、そっとセレナの耳元でささやいた。

 

「セレナさま、さようなら。女性としてあなたと一緒に過ごしたこの数か月は、本当に、愉しかったです……、ありがとう」


 少しうつむきながら、アリシアは、名残惜しそうに、部屋の出口に向かって歩き始めた。

 ドアノブに手を触れたとき、どこからか声が聞こえてきた。




──アリシア、あなたの願いを聞き届けましょう。セレナを連れて、屋上にあるテラスに来てください……




 突然聞こえてきた声に、アリシアは思わず振り返る。でも、相変わらずセレナはベッドで静かに寝息を立てていて、部屋には誰もいなかった。

 得体のしれない声に従うのは少し恐怖もあったけれど、このまま明日になれば、どのみち牢屋に入れられて、セレナを眠らせたという無実の罪を着せられて処刑されてしまう。

 アリシアはドアノブから手を引くと、部屋の片隅に置いてあった車いすのもとへ歩いて行ったのだった。





 パタリとドアが閉じる音が響くほど、今日の王宮内は静まり返っていた。

 廊下は、魔法で灯るろうそくの薄明りで、ぼんやりと照らされている。


 アリシアはセレナを載せた車いすを、静かに押していく。

 階段はセレナを抱きかかえるようにして上り、ようやくお城の一番高い場所にあるテラスにたどり着いた。


 テラスには、敷き詰めるように、星の玉で埋め尽くされていて、地面から青白い光がぼんやりと立ち上っている。

 そして、ピークは過ぎていたけれど、まだ余韻を残すように、ときおり流れ星が夜空を横切っていた。


「こんばんわ……」


 テラスに立っていた、金髪(・・)に青いドレスを着た少女が、優しい笑みをたたえて、アリシアに微笑んでいた。

 体はぼんやりと黄色く輝き、そして背中に羽をはやしているように、アリシアの目に映った。


「あの、あなたは、さっきの声の人ですか?」


「はい……、私は創造神の使いです。あなたのお名前は?」


 優しく小首をかしげて訪ねてくる少女に、アリシアはすっかりこの少女は創造神の使いだと信じていた。

 実際は、エリザの水魔法プリズムにより、リアナが髪の色を変えて、天使の姿になっているだけである。

 ちなみに、先ほどアリシアの部屋に響いた声も、エリザの土魔法により、壁を振動させて発したものであった。


「アリシアといいます……」


 アレスだったころから、敬虔な創造神の信者だったアリシアは、胸の上で両手を併せて、祈るように答えた。


「アリシアさん、あなたの願いをかなえて差し上げましょう……」


 少女は胸元から小瓶を取り出すと、それに落ちてきた星の玉をつまんで入れた。

 小瓶の中の液体は、七色に光り輝き始める。


 そして、少女はすこし早足で、アリシアに歩み寄ると、それを手渡してきた。


「さあ、効果は3分しか持たないわ。早く、セレナさんに、それを飲ませて」


「あっ……、はいっ!」


 創造神様の思し召しなら間違いない。アリシアは薬になんの疑いも抱くことはなかった。

 アリシアは傍らのセレナの口に向けて、ゆっくりと小瓶を傾けるけれど、眠っているセレナの口からは、むなしく零れ落ちるだけであった。


 アリシアは、小瓶の液体を自分の口に含む。そして、アリシアは両手をセレナの手に絡ませて、キスをした。

 それは、未来世界で、セレナがリアナに薬を飲ませたのと、同じ方法であった。

 お互いの唇が合わさった部分から、液体が零れ落ちていく。


「んっ……、セレナさま……、どうか、もどってきてください……、お願いです……」


 車いすに横たわるセレナの喉が、ごくりと動いた。

 それを見た少女は、安心したように、つぶやく。


「そろそろ行かないと……、よかったですね、アリシアさん」


 少女は、セレナに必死で薬を飲ませているアリシアに手をふると、霧が晴れるように、その姿が消えていった。

 




「あ……、ここは、どこ……」


 魂を取り戻したセレナが目を開けると、そこは一面の星空だった。

 

「セレナさま!」


 そして、隣からアリシアに強く抱きしめられた。


「いったいどうしたの? 何があったの? 順番に話してよ」


「あの……、その……、セレナ様はずっと眠っていて、それで、さっき、創造神さまの使いの、天使が……、薬を……、うわーん」


 泣きながら話すアリシアの背中をセレナはなだめるように撫でた。

 ふと、足元に転がっていた、殻になった小瓶を取り上げる。

 瓶からは、あのわがままな妹、リアナが使っていたお気に入りの香水の匂いがした。

 それで、セレナはすべてを悟った。

 未来世界で、復活薬(リバースフェニックス)の製法を開発したリアナが、助けてくれたということを。


「うふふ、とんだ天使がいたものね……」


 そう思いながら、セレナは静けさを取り戻した夜空に目をやった。


(つづく)

おはようございます。読んでくれてありがとうございました。

次回更新は、2月16日を予定しています。

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