53.メイドに八つ当たりするマーガス
そのころ、バスラ王宮の、セレナの部屋で、メイドになったアリシアは半裸のセレナの上半身を支えながら、せっせと体を拭いていた。
アリシアは無駄だとわかりつつも、10日前から眠り続けるセレナに話しかける。
「セレナ様……、今夜は500年に一度の、流星群が降る夜なのですよ」
セレナが10日前に意識を失ってからは、毎日こうしてアリシアが、お風呂に入ることのできないセレナの体を清潔に保っていたのだった。
アリシアがかける言葉にも、セレナは眠ったように首をうなだれたままだった。
アリシアが片腕を持ち上げると、透明な脇が姿を現し、次いでセレナの豊満な胸がつられて形を変えて揺れていた。
もとはアレスという男性事務官だったアリシアは、揺れている胸を見るのが申し訳なくなって、そっと顔をそらして、丁寧に脇や胸を拭いていた。
すべてが終わると、元のようにドレスのようなパジャマを羽織らせて、胸元のボタンを閉じて、そっとベッドに横たえた。
一仕事終えたアリシアは、2つのティーカップに紅茶を注ぐ。一つはセレナ、もう一つはアリシア本人が飲むために。
作業しながら、ふと壁際の柱時計に目をやると、午後7時を指していた。
セレナのベッドサイドテーブルにコトリとバラの模様をあしらったティーカップを並べて置いてから、アリシアは自分も椅子に腰かけて、夜空を眺めていた。
今日は、500年に一度の流星群の日。当然のことながら、バスラ王国はそれに合わせて、盛大な祭りが開催されていた。
遠くでは、花火が上がり始めている。
祭りの運営や警備のために、王宮の職員も派遣されていたので、いつもよりも、静かな夜だった。
紅茶を飲んで、一息つくと、アリシアは悲しそうにセレナを見つめた。
そこには、相変わらずセレナが、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「おい! メイド! セレナは目覚めたのか?!」
静寂を破るように、マーガスがけたたましくドアをあけて入ってきた。
ビクッとアリシアの背中が震えて、手に持ったティーカップの水面がさざめき立った。
「あの……、いえ、まだです……」
セレナが眠りこけてからというもの、マーガスは毎日のようにセレナの様子を見に、怒鳴り込んできた。アリシアはおびえながら返事を返す。
思えば、男性事務官のアレスだったころから、マーガスの傲慢な態度は恐怖でしかなかった。
人の気持ちを考えず、自分の利益だけを最優先できるその性格は、アリシアにとって恐ろしくもあったし、うらやましくもあった。
だけど、そうなりたいと思っているわけではなかった。
「お前の食事が悪かったせいで、セレナが眠りこけてしまったのだぞ! こんなところでぼさっとしてないで、さっさと薬を探しにいったらどうだ!」
もし食事のせいであれば、バスラ王やマーガスも含めた王都の職員全員が眠りこけているはずである。
アリシアはただ、給仕係から渡された料理を、セレナの部屋に運んでいただけなのだから。
「それとも、お前が毒を入れたのか! いずれにせよ、病気の兆候があったはずだ! それを早急に知らせなかったお前のミスだ!」
マーガスは毎日同じことを叫び、アリシアを攻め続けていた。
セレナは、創造神の使いである天使テイアイエルに、魂を破壊するソウルイーターで刺されたことで、魂を失い、眠りについたのである。
病気でもないし、ましてや、セレナを愛しているアリシアが毒を入れるはずもない。
しかし、真実は、マーガスも、アリシアも知る由もない。
だからこそ、マーガスはアリシアを攻め立て、そしてお人よしのアリシアは、原因がわからないことで、自分がもっとしっかりと様子を見ていれば防げたかもしれないと、後悔していたのだった。
「いいか! 明日までに目覚めなければ、メイド! 貴様は責任をとって、牢屋に入ってもらうからな!」
マーガスは、床に崩れて、青ざめた顔でおびえているアリシアにそう言い放つと、また乱暴にドアを閉めて出て行った。
部屋に静寂が戻った。いつの間にか、アリシアの手から滑り落ちたティーカップが、床に染みをつくって転がっていた。
マーガスはどすどすと足音を立てて、王宮内の廊下を歩いていた。
バスラ王国の貴重な収入源の一つである、「薬師の聖女」セレナが生み出す、回復薬と、治療薬。
以前より、「薬師の聖女」の能力を使うことなく、人工的に合成できないか研究を進めていはいるが、一向に完成する目途はなく、あいかわらず、その生産すべてを、聖女のセレナひとりに頼っていた。
そして、セレナが眠ってからというもの、その生産はストップしていた。
在庫も、残り僅かしかない。あと数日で底をつくだろう。
バスラ王都に本部を置く冒険者ギルドへは、先付けで薬を納品することが決まっているが、このままセレナが目を覚まさなければ、契約不履行になる。
一時期よりは落ち着いたとはいえ、まだ世界には魔物がうろつき、そして世界には、あまたの秘宝を宿したダンジョンが点在している。
魔物を討伐し、ダンジョンから秘宝を持ち帰ることのできる冒険者を管理するギルドは、国民からの支持も厚く、王国と対等の権力がある。
通常の商人であれば、王国の権力や法律を使いねじ伏せることができた。しかし、冒険者ギルトとなるとそうはいかない。
冒険者ギルド側は、王国に対して、当たり前のように、契約不履行の責任を追及してくるだろう。
そして、その矢面に立たされるのは、アレスがいなくなった今では、ほかならぬ、マーガス本人であった。
「ぐうっ……!」
冒険者ギルド職員の、勝ち誇ったような顔がちらつき、思わずいらついたマーガスは奥歯を食いしばり、唇をかんだ。
面倒ごとをおしつけられるアレスはもういない。
青筋をたてながら顔を上げると、ちょうど目の前に、サンドバックがいる。
「じゃまだっ、どけ! マーガス様のお通りだぞ! メイドの分際で道をふさぐんじゃない!」
そして、床の掃除をしていたメイドの尻を乱暴に足で蹴飛ばした。
メイドはおびえたように、壁にうずくまり、嵐が通り過ぎるのを待つように身を固くしている。
「ふふ、まあいい、今回の件は、あのメイドの不手際なんだ。責任と取るのは当然なんだ。明日の裁判で、メイドの不手際を暴き出してやる!」
アリシアに一切の責任をおしつけたマーガスは、安心してすっきりした気分になり、部屋で晩酌の続きをやろうと思っていた。
「リアナ、見て!」
エリザの指さした先には、一本の光の筋が輝いていた。
500年に一度の流星雨が始まったのである。
「よかった……、間に合ったみたいね」
リアナは安心したようにつぶやく。
そして、遠くには、ぼんやりと光り輝く王都の灯りが見えていた。
目的地であるバスラ王都で間違いない。
「もうすぐ着いちゃう! リアナ、セレナを屋上に連れ出す、何かいい方法は思いついたの?」
夜風に黒髪をたなびかせながら、エリザは隣のリアナを見つめた。
リアナは、月明かりを得てルビーのように赤く輝いている髪を押さえながら、作戦を説明する。
「前に、エリザが私のために使ってくれた、水魔法プリズム、あれを使うの。バスラ王都は創造神様への信仰が厚いわ。だから、創造神の使いである天使のいうことなら、聞いてくれると思うの」
サンダーバードのサンタは、夜の闇に紛れて、空を飛んでいく。
遥か下の地上では、大通りに人が集まり、今夜の流星雨を祝う祭りの人だかりが見て取れた。
降り始めた流れ星の中を、かいくぐるようにして、エリザ達は、王都で一番高い建物である、王宮へと飛んで行った。
(つづく)
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次回更新は、2月15日を予定しています。




