51.つまみ食いをする女、エリザ
おはようございます。読んでくれてありがとうございます。
「はい……、目的の薬の製法を、この頭に入れて、未来から持って帰ってきました」
頭を指さしながら答えるリアナを見据えながら、魔王は満足気な笑みを浮かべていた。
「そうか、なら、さっそくセレナへの復讐を始めよう。おいしい食事のためならば、必要な助力は惜しまない」
リアナは、玉座への階段を一段一段ゆっくりと登り、魔王の面前に立つ。
そして、青いドレスの胸元から、一枚のメモを取り出して、魔王に手渡した。
「なら、まずこのリストにある材料をそろえてほしいのです」
魔王は座ったままメモを受け取り、それを目線の高さに上げて眺めた。
「ほう……、なかなか手に入れがたいものばかりだな。これは、何の材料なのだ?」
「対象が存在しなければ、復讐もできません。 復讐のためには、まずはセレナの魂をこの世界に呼び戻す必要があります。それは、そのための薬、復活薬を生成する材料です」
「なるほど、お安い御用だ……」
魔王がパチンと指を鳴らすと、リアナの目の前に、真円の黒い穴が出現して、山盛りになったいろいろな素材がせりあがるように、姿を現した。
その中には、どこにでも生えている通常の薬草もあったが、うごめく不気味な虫や、毒々しくまだらな紫の花。あるいは、牙のついた大口を開けた球根や、バカでかいムカデなども含まれており、エリザの食欲をそそった。
すると、魔王のひとみがじろりと動き、手を伸ばそうとしていたエリザをとらえた。
「おい、つまみ食いするなよ……、これは、お前のために出したんじゃないのだぞ」
「……ハッ、はい、そんなわけないじゃないですか! ちょっと確認しようとしたんです!」
魔王ににらまれて、エリザはあわてて、だらしなくぽっかりと開いていた口をつぐみ、白いハンカチでお上品に口を拭う。
「うわぁ~、やっぱり何度見ても気持ち悪いなぁ~」
人間のリアナは、こういった不気味な素材を扱うのに抵抗があるようだ。でも、これこそが、神の奇跡である、復活薬の材料なのだから、触らないわけにはいかないのだった。
「だいじょうぶ、私にまかせて!」
材料の調合を全部自分ひとりでやるつもりだったリアナは、思わずエリザからの助け舟に、救われた気持ちになった。
「えっ……、エリザは、こういうものは、平気なの?」
心配そうなリアナに、あまりうれしそうにするのも恥ずかしいと持ったエリザは少し声のトーンを落とした。
「へ、平気っていうわけじゃないけれど……、リアナのためなら、がんばるよ。だって私はリアナ付きのメイドだもん!」
平気どころか、エリザの大好物が、早く食べてとうごめいているように見えて仕方なかった。もう一刻の我慢もできない。エリザの心の中では、早く調理を初めて、つまみぐいしたい、それだけであった。
「そ、そうなの? よかったぁ、なら、私は指示するから、エリザには実際の調合をお願いするね」
復活薬の材料となるゲテモノばかりの素材をみて辟易していたリアナだったが、エリザという思わぬ助け舟に救われた気持ちになり笑顔を見せた。
エリザたちが、キッチンで、セレナの魂を呼び戻すための、復活薬の生成を始めてから、3時間ほど経過した頃のことだった。
「魔王様ぁ……、お願いがあるんですけど」
封印の間で、血のワインを飲みながらくつろいでいた魔王のもとに、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、エリザが入ってきた。
「なんだ。どうせまた、くだらないことなんだろう……」
キッチンをオール電化にしろとか、お風呂の火力が弱いとか、未来世界で見た自動巡回掃除ロボットが欲しいのとか、まったくくだらないと魔王は一蹴していた。
こんどはどんなくだらない要望なのかと、魔王がため息まじりにエリザに促すと、案の定、エリザの要件は、くだらないことであった。
「それが、ブルジョアムカデが土中へ逃げてしまって、材料がないのです……」
「で?」
「だから、その……、さっきの「指パッチン」でもう一度、出していただけませんか?」
魔王はあきれてため息をつく。さっきよりも数倍深く憂いに満ちたものであった。
そして、めんどくさそうに、エリザの口元を指さした。
「嘘をつくならば、その口からはみ出しているムカデの足を隠してから言うことだな」
「はうっ! こ、これは、何かの間違いです!」
間違いではなかった。エリザはつまみぐいのつもりが、いつのまにか全部たべてしまったのであった。
エリザはあわてて、ブルジョアムカデの足を口に押し込んだ。
かみしめると、殻の中にぎっしりとため込んだ肉から、じゅわりと毒々しいコクのあるうまみに満ちたエキスが、エリザの口いっぱいにひろがった。
「はぁ~っ、し、あ、わ、せ……」
魔王が目の前にいることもわすれて、エリザは、ブルジョアムカデが弱い獲物から搾取することで、必要以上にため込んだ、栄養満点の肉のエキスを堪能していた。ブルジョアムカデが貯めこんだ栄養は、エリザによって消化されることになった。
エリザの行き過ぎたつまみ食いを咎めながらも、早く食事がしたい魔王は、仕方なく、また指を鳴らしてブルジョアムカデを用意してくれたのっであった。
「今度つまみぐいしたら、お前のお腹をかっさばいて、とりだすからな……」
材料を抱えて出ていこうとするエリザの後ろから、魔王の不気味な忠告が聞こえてきて、エリザはぶるぶると震えるのだった。
それからさらに3時間が経過して、封印の間にもどってきたリアナは、魔王に向けて、小瓶に入った薬を指し出した。
その小瓶は、以前リアナが盗んだ、セレナの治療薬が入っていたものであった。
もちろん、中身は、今作ったばかりの、復活薬である。
「セレナにこの復活薬を飲ませて、魂を復元します。復讐はそれからになります」
「エリザ、バスラ王宮まで、案内してやれ」
魔王はエリザの方に向かって、あごをしゃくり命令した。
「また、私だけで? 魔王様は行かれないのですか?」
思わず自分を指さして、魔王に訴える。
「俺はいろいろと忙しいのでな……」
魔王は漆黒のマントをひらめかせて、エリザたちに背を向けた。
「いろいろって、何ですか? きちんと説明してください」
「……、おい」
魔王が赤い瞳をぎょろりとサンダーバードに向ける。
すると、すごく申し訳なさそうな表情をしたサンダーバードから、エリザに向けて電撃が飛んできた。
「ぎゃああぁぁあああ!!!」
「いろいろは、いろいろだ。さあ、行ってくるのだ、エリザよ」
(つづく)
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