48.未来世界にリアナを迎えにいくエリザ
おはようございます。読んでくれてありがとうございます。
──それから、一週間、が経過した。
エリザは、いつもの火ぶどうのワインと、おつまみには、ダイオウイカの肝焼きを乗せたお盆を両手に抱えて、封印の間へ歩いて行った。
エリザはコンコンとドアをノックする。返事がない。
なんだか、つい最近、同じようなことがあったような気がする。でも、それは似たような出来事が前にあったからで、記憶の認識の錯覚によるものだと、未来世界のテレビで見たことを思い出した。あまり気にしないことにしよう。
「魔王様、はいりますよ」
そっと封印の間のドアを押し開けると、こちらを向き、玉座に座った魔王、空中に映し出された魔法のスクリーンを見ている。
そこには、すっかり元の年齢まで成長したリアナが、両親と姉に囲まれて、17歳の誕生日パーティをしているところであった。
エリザが帰ってきてから、7日が経過していた。未来世界では7年の年月が流れ、リアナは17歳の誕生日を迎えていた。
そしてそれは、リアナが未来世界でいられる最後の日であった。
「お食事をお持ちしました」
魔王がうなずくのを待ってから、エリザはゆっくりと階段を上り、玉座の袖に、ワインとおつまみの皿を置く。
満足げにワインを傾けた魔王は、傍らのエリザをちらりと見る。
「萌え萌えキュン♡」
「………もえもえきゅん?」
魔王が意味不明なことをつぶやくので、エリザはぽかんと立ち尽くす。
「よし……、しっかり消えているな……」
そんなエリザの様子を見て、魔王はなぜだか安堵したように、小さくガッツポーズをして、声を漏らしていた。
エリザは訳が分からず、魔王に向かって首を傾げた。
「なにが、消えているのですか?」
「……ふん、そんなことは、お前には関係ない。それより、リアナをそろそろ迎えにいってこい」
「本当ですか!」
なら、回復薬も、治療薬も、そしてセレナの魂を復元するという薬も、作り上げたということなのか。
期待を込めた瞳で見つめるけれど、魔王は素知らぬ顔で、ワインをあおっている。
まるでそれが片手間の作業であるかのように、片手を開くと、エリザの目の前に、未来へと通じる扉、魔王の門が出現する。
「いいか、すぐに帰ってくるんだぞ。さもないと、お前も、リアナも、未来世界の自分自身と魂が融合して、もうもとに戻れなくなる」
「はい……」
自分たちの世界は、エリザが今いるこの世界だ。
だから、たとえどんなに未来世界のおしゃれなスイーツに未練があっても、必ず帰ってこようと、エリザは自分自身に誓い、こっくりとうなずく。
でも、最後の最後に、ちょっとくらい、いいかな、などとエリザは思っていた。
魔王の赤い瞳が、エリザのスイーツよりも甘い考えを射抜くように光る。
「くれぐれも……、スイーツや漫画にうつつを抜かすことがないよう、気をつけろ? それがお前の最後の晩餐になってしまうぞ?」
「わかってますよ!」
魔王に見抜かれていたことがわかり、エリザは恥ずかしいのと、残念なのとで、がっくりと肩を落とした。
そして、仕方なさそうに、地面にぽっかりと開いた穴に、足を踏み入れた。
リアナは、周囲を本に囲まれた部屋で、机に腰かけて、デスクライトにぼんやりと照らされた、自分が映った写真立てを眺めていた。
バスラ大学への飛び級入学が決まった時の、合格発表のときの写真だった。お姉さんの姿はない。
どうしてかというと、写真を撮ってくれたのが、お姉さんのセレナだからであった。
リアナは、自分の誕生日会をしてくれた両親や姉に感謝していた。
転生前の人生でも、もちろん両親は誕生日を祝ってくれていたが、そのテーブルからはいつのまにか姉セレナが消えていた。
そして、転生前の自分は、祝ってくれるのは当たり前で、それよりも豪華なプレゼントが目当てであり、精神的なものには感謝していなかった。
でも、今は違う。囲んだテーブルには、未来世界での両親とそして、お姉さんがいた。
そして、ちょっと気恥ずかしいけれど、自分のために、歌を歌って、「お誕生日おめでとう」と拍手してくれた。
「もう、17歳なんだから……」と気恥ずかしそうにしていたけれど、本当はとても嬉しかった。
その光景を思い出すと、また胸がじんわりと温かくなってきて、リアナは大切なものを包み込むように、そっと手をあてる。
そこには、未来世界のリアナが心臓を鼓動させている。
きっと間もなく、過去世界のエリザが迎えにやってくるだろう。この体とももうすぐお別れね。
未来世界で手に入れた、薬の知識よりも、こちらの方が、今のリアナにとっては大切なものだった。
でも、目的はしっかり果たそう。でないと、あの魔王に何をされるかわかったものじゃない。
リアナは決意を固めて顔を正面に向けると、デスクライトが照らす机上に10冊のノートを広げた。
そこには、びっしりと、細かい文字で、薬の製法や化学式が記載されていた。
この世のあらゆる怪我を治す、回復薬。
この世のあらゆる病気や状態異常を治す、治療薬。
そして、体に付与された特殊効果を消去する、解除薬。
バスラ大学に特別研究員として迎えられたリアナは、その3つすべてを完成させていた。でも、まだ学会に発表していない。
これは、この未来世界で、こんな私に寄り添ってくれた、両親、そしてお姉さんへの贈りものにしようと思っていた。
──私から、家族への、「遺言」として。
この製法で、「特許」というものを取得すれば、家族は一生、その「特許」のよる収入で、生活に困ることはない。
ちなみに、過去世界にはなかった「特許」という制度があることを、リアナは未来世界で知った。
リアナが発明した製法により、薬を生産する場合、リアナ側が、一定の対価を所定の期間、ずっと受け取り続けることができるというものだった。
もちろん、研究設備を用意してくれたバスラ大学側にも一定の権利はあるけれど、そもそもの権利が莫大なので、どうでもよかった。
リアナは目を閉じると、もういちど、ノートに記載したことすべてが、自分の記憶に残っていることを確認するため、1から製法や化学式を思い浮かべていく。
過去へ戻るときは、チリひとつさえ、持ち帰ることはできないのだ。
すべての製法を、何百ステップにも及ぶ、複雑な手順を、魂に焼き付けなければならない。
ひとつでも違えば、それはセレナの薬には到底及ばない効果しか持たない、どこにでもある薬に成り下がってしまうのだから。
3つめの解除薬までの手順を確認し終えたリアナは、いよいよ本当の目的だった、薬、復活薬の製法を確認していく。
失われた魂を復元する奇跡の薬。最後の最後まで、リアナをてこずらせた薬で、実はまだ完成していない。
あとひとつ、なにかが足りないようだ。
世界中のあらゆる文献や、物質を調合してみたが、うまくいかない。
もともと、セレナが創造神によって与えられた、チートな能力でしか作れないのかも知れない。
リアナはそう思い、幾度となくくじけそうになった。
でも、そのたびに、セレナの「きっとできる」という言葉を思い出して、がんばってきた。
本当をいえば、いまのリアナにとって、一番欲しい薬は、回復薬でも、治療薬でも、ましてやセレナを殺すための、解除薬でもなく、復活薬であった。
しかし、それが一番難しい。
失われた魂を復元するなんて、神の御業である。人がおいそれと手をだしていい領域ではないのである。
過去世界に帰る時が刻々と迫っているのに、未だに復活薬の完成のめどがなくて、リアナが机で唸っていると、そっとドアが開き、セレナが姿を現した。
「ねえ、流星群を見に行かない? 500年に一度なんだよ。これを見逃したら、10回くらい転生しないと、二度とみられないかもよ?」
なんでも、500年に一度の流星群が降りてくる日なので、一緒に見ようという提案だった。
大学では研究室に、家では部屋にこもりきりのリアナは、そんな一大イベントも、まったく知らなかったが、もうすぐお別れということもあり、このまま机で唸っているよりはと、素直に従うことにしたのだった。
(つづく)
次回更新は未定ですが、1週間のうちには更新します。
誤字報告ありがとうございます。報告を頂くのは、初めてのことだったので、適用の仕方にすこし戸惑ってしまいまいた。
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