47.萌え萌えキュン♡、をするエリザ
こんばんわ。読んでくれてありがとうございます。
「あれ、ここは、……」
リアナに抱きかかえられるようにして、ベンチに座っていたセレナは、ゆっくりと目を開けた。
姉の瞳を見つめていたリアナは、そこにはもう、過去のセレナはいなくなったことを悟った。
だから、そっとささやくように、つぶやいた。
「おかえりなさい、お姉さん」
その側で見ていたエリザだったが、ふと、肩に黒い手袋をした冷たい手が乗っているのに気が付いた。
「さて、お前はもうお役御免だ。もうリアナひとりでだいじょうぶだろう。過去に、元の世界に戻るとしよう」
「えっ、これからもずっとそばで、リアナのことを見守っていたいです!」
エリザはまっすぐな瞳で魔王を見つめ返す。
すると、魔王はきまりが悪そうな様子で、海のへと目をそらす。
「お前はリアナの勉強の邪魔ばかりしているようだが」
魔王は痛いところを突いてくる。たしかに、暇なときは、よくゲームに誘って一緒に遊んでもらっていた。
「それは、リアナの気分転換にいいかなっておもって」
「とてもそうは見えなかったが、な」
エリザの言い訳は、魔王の冷たい言葉にむなしく跳ね返される。
「お前は俺の下僕だ。選択権などない」
「そんなこといって、私がいなくてさみしいんでしょう」
これは魔王から聞いたことなのだけど、未来世界での1年は、過去世界での1日相当する。
エリザが未来世界へ転生してから10年が経過している。すると、もう10日は経過していることになるのか。
さすがに、長い間ひとりぼっちにして淋しい思いをさせてしまったのかと、エリザは同情の目を魔王に向ける。
「な、なんだその憐れむような目は。……思い上がりも甚だしい。おれはただ、奴隷がいなくて不便しているだけだ」
「はいはい、わかりましたよ、魔王さま。でも、リアナなピンチになったら、すぐにまた行かせてくださいね」
「……わかったら、さっさと、俺についてこい」
魔王は私にくるりと背を向けると、いそいそと地面に魔王の門を出現させたのだった。
──リアナ、がんばってね。
エリザは、ベンチのリアナを振り返ってから、そっと魔王の門に足をかけた。
未来世界で、魂の抜けたエリザの体は、その場にパタリとへたり込んだ。
しばらくすれば、セレナと同じように目を覚ますだろう。何も知らない、過去のエリザとは別人の、未来世界のエリザとして
いつの間にか、寝かされていた自室のベッドで、エリザは目を覚ました。
「おかえりなさい」
テーブルにすわっていたクレリアさんが、半身を起こしたエリザに笑顔を向けていた。
きっとクレリアさんが、ここまで運んで下着に着替えさせてくれたのだろう。
下着姿のエリザは目をこすりながら、10年ぶりの我が家を見回す。
未来世界で10年の時を過ごしていたエリザにとって、体感では10年経過していたが、この世界では10日間経過している。
それでも、10日間経過すれば、いろいろなことに変化があったのかもしれない。あとから、調べよう。
壁には、しわ一つなくピンとしたメイド服がかけられていた。
「ありがとう、掃除や洗濯までしてくれて」
エリザはクレリアの正面に腰かけて、ペコリと頭を下げた。
「いいのよ、好きなんだから」
クレリアはティーポットを傾けてティーカップに紅茶を注ぐと、エリザに差し出した。
高級そうな香りがあたり一面に漂ってきた。
エリザは紅茶をすすりながら、未来世界で過ごした10年間の出来事を思い返していた。
それは未来世界で読んだ漫画や、おいしいスイーツのことばかりであった。
「そうそう、魔王のお世話、大変じゃなかった? ああ見えて、結構細かいんだから」
エリザは壁の時計を見た。今は、午後8時。
「そうね、やっぱりエリザさんじゃないと、だめみたい。私の料理じゃ、物足りないって様子なの」
「魔王は、結構ゲテモノ喰らいなんです。魔物の、それも毒が強いやつの、目玉とか脳みそとか心臓とか、あとあそことか、そういうのが好きなんです」
エリザは得意げに話していたが、クレリアが青ざめて気持ち悪そうに口を押えているのをみて、ハッとして話すのをやめた。
「あ、あの……、つい調子にのっちゃって、ごめんなさい……、でも、本当なんです」
「そ、そうなのね……、なら、なおさら、私には無理だわ……あはは……」
エリザに心配かけまいと、クレリアは青ざめた顔で笑顔をつくる。
「あ、ところで、魔王はどこにいるんですか?」
クレリアは思い出すように、視線を空中にさまよわせる。
「えーっと、封印の間で作業があるから、お前はもう寝てろって言われて、ここにいるんだけど……」
きっと封印の間で、未来世界のリアナの様子を監視しているのだろう。
手ぶらで行くのもなんなので、エリザはいつもの火ぶどうのワインと、おつまみには、ダイオウイカの肝焼きを乗せたお盆を両手に抱えて、封印の間へ歩いて行った。
エリザはコンコンとドアをノックする。返事がない。
「魔王様、はいりますよ」
そっと封印の間のドアを押し開けると、後ろ姿の魔王が仁王立ちして、空中に映し出された魔法のスクリーンを見ている。
『はーい、ご主人さまぁ~、おかえりなさ~い♡ は~い! 萌え萌えきゅん♡』
そこに映っていたのは、エリザよりずっと派手なメイド服を着た、いたいけな少女が、さまざななポーズや言葉を発しながら、画面の向こうにいる魔王に向かって、見ているだけで赤面してしまうほどの甘えた声と表情で、媚びを売っている姿であった。
あるいみでプロフェッショナルに徹した、徹底したその甘えっぷりに、エリザは恥ずかしくないのだろうかと感嘆しながら、呆然とその様子を見つめる。
来ているメイド服は、やたらリボンは大きく、レースのひらひらも派手に揺れて、おまけに色はピンクである。
とても、料理や洗濯ができるような服には見えない。
そういえば、未来世界では、こういうメイドのコスプレして人をもてなす店があったっけ。
魔王は微動だにせず、その映像に見入っている。入ってきたエリザに気が付く様子は、まったくない。
もしかして、エリザの愛情が不足しているから、魔王がこのようなものにはまってしまったのか。そう思い、エリザは責任を感じて、申し訳なくなってきた。
意を決したエリザは、とびきり高い声をかわいい仕草を作り、魔王に向けて叫んだ。
「魔王さまっ……、エリザは、魔王さまに、萌え萌えきゅん♡ ……ですわ!」
魔王は肩をびくりと震わせると、速攻で魔法スクリーンを消去した。
あたりを静寂が包み込む。
そして、こわばった表情で、首だけ振り返る。赤い瞳がこれまでのどんなときよりも、鋭く光る。
「……エリザよ、お前は、見てはいけないものを見てしまったようだな」
魔王は唇をかみしめて、怒りともおびえともとれる表情を浮かべている。
「そ、そんなの、魔王様がいけないと思います。見られたくないなら、もっとこっそり愉しんでください! それに、悪いことじゃないと思いますよ?」
「愉しんでいたわけではない。未来の様子を見ていたら、たまたま映ったのだ。本意ではない」
エリザから目をそらす魔王。うそをつくときはいつもこうだ。魔王のくせに嘘がへたとはどういうことかと思いつつも、なんとなく人間味があるそんな魔王の一面も、エリザは好きだった。
「してほしかったら、とびきりかわいい、あなたのエリザが、ここにいるじゃないですか!」
体をふりふりして媚び売るが、魔王は決意を固めたような、冷たい表情をくずさない。
魔王はエリザに歩み寄り、その大きな手のひらで、エリザの顔面をわしづかみにした。
「悪いが、今見たことは、忘れてもらう……」
「い、いやあぁああぁああ! 魔王さまぁああああぁぁ!」
脳みそがこねくりまわされるような地獄の苦しみに、泣き叫ぶエリザの悲鳴が、封印の間一面に響き渡っていた。
(つづく)
次回更新は未定です。でも、1週間以内には、更新します。
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