44.食事を邪魔されて不機嫌になる魔王
おはようございます。読んでくれてありがとうございます。
「やれやれ、創造神様との契約を反故にしてはいけませんよ? セレナお嬢様」
どこから現れたのか、ベンチの後ろには、白のローブに背中には真っ白な羽をはやした、金髪の優男が、セレナの心臓を串刺しにしたまま立っていた。
あの剣はもしかして、今朝夢のなかで魔王に教わった、魂を消滅させる、ソウルセーバー。
そう思い魔王を見上げると、前をみたままでうなずく。
セレナは精一杯首を後ろに回して、優男をにらみつけた。
「や、やくそくなんて、してないわ……」
「うそはいけませんよ、たしかに、リアナを殺します、と私たちの前で宣誓したではありませんか……」
「あれは……、約束したわけでは……」
「まあ、いいのです。創造神さまは、あなたをお見捨てになられた。それだけのことです」
優男はその外見に似つかわしくない冷酷な笑みを浮かべると、セレナを突き刺している剣を引き抜く。
どさりと崩れ落ちるようにセレナが地面に倒れこむ。
「お姉ちゃん! どうしたの?」
リアナがセレナにすがりつく。
取り乱した様子のリアナの頬に、セレナはそっと片手を当てて、まるで母親のようになぐさめる。
「だいじょうぶ、私の体は、死なないから。だから……、お願い……」
「お姉ちゃん! まだ私の復讐は終わってないよ! 勝手に死ぬな! 私がつくった薬で、お前を聖女から引きずりおろしてやるんだから!」
「ふふっ……、よく聞いて、私がさっき、リアナに飲ませてあげた、魂を呼び戻す薬があれば、きっと私は魂を取り戻せるわ」
「でも、そんな薬、お姉ちゃんじゃないと、作れないよ」
「リアナ、あなたがつくるの……、今のあなたなら……きっと」
セレナは失われようとしている意識に必死であらがっているようであった。
そんなセレナの肩を抱いて、リアナは叫ぶ。
「でも、そんなの、私にできるわけないよ!」
未来世界で薬学の知識を勉強してきた今のリアナだからこそ、不可能なことははっきりわかった。
昔のリアナなら、そんなことは思いもよらなかったであろう。
「あなたなら、きっとできるわよ……」
セレナはその言葉を最後に、懐かしむようにリアナを見つめながら、ゆっくりと目を閉じた。
「ううっ……、くそっ……」
リアナはセレナをそっと地面に横たえると、優男をにらみつけた。
久しく見せていなかった、怒り狂った前世のリアナが姿を現した。
「お前を許さない!」
「な~にぃ~、やつあたりですかぁ~、やだなぁ、これだから人間は……困る」
優男は、手をひろげ、やれやれといった様子で、首を振る。
「それに私は、創造神様の使い、テイアイエルという名前があるのですから」
「うるさい!」
リアナは体に秘めていた、ディルウイングを出現させて、両手に構える。
その血にまみれたような毒々しい赤い光は、リアナの煮えたぎる憎しみそのものだ。
「やっぱり、みにくいですね、人間は」
テイアイエルがパッと手を広げると、リアナに向かって、まばゆい光の帯が放たれた。
それは光の速さでリアナのもとに到達する。かわすかわさないの問題ではなく、一瞬でリアナは吹き飛ばされた。
エリザは、全身が凍り付くような冷たい気配を感じて、おそるおそるその方向を見た。
魂まで凍てつかせるかのような、冷たい怒りのオーラを放つ魔王の姿がそこあった。
いつも冷たい魔王だけれど、いつもとは違う雰囲気を感じとったエリザは、心配になり、おずおずと声をかける。
「魔王さま?」
でも、魔王はエリザを無視して、リアナに向けて歩いていく。
「かせ」
冷たい男の声に、倒れていたリアナが顔を上げると、いつのまにか、目の前に真っ黒い背中があった。
そして、手に持っていたディルウイングは、いつの間にか前の男の右手に握られている。
「魔王さん……」
呆然としているリアナに、魔王は振り返りもせず、言い放つ。
「じゃまだ、後ろの役立たずの側にいろ。一人でいるよりは、すこしはマシだ」
「役立たずって、私のことですか?」
「は、はいっ……」
リアナは這いつくばるようにして、エリザのもとへとやってくる。
「リアナ! だいじょうぶ?」
「私は、だいじょうぶ。でも……、セレナが、……セレナが……」
すぐ近くで一部始終を見ていたエリザは、お姉ちゃんを失って、自身の胸に顔をうずめて泣いているリアナの背中をさすってやることしかできなかった。
魔王は、ゆっくりとテイアイエルに歩み寄ると、安らかな表情で地面に横たわるセレナを一瞥してから、顔を上げた。
見据えられたテイアイエルの笑顔が、凍り付いたようにひきつる。
こちらに背を向けている魔王の表情は、エリザには伺いしれない。
でも、空気を通じて、魔王の怒りと恐怖がびりびりと伝わってくる。
魔王がメインディッシュと言っていた、獲物、を台無しにされてしまったことへの怒りなのだろう。
「なんですか、その不満そうな顔は? 魔王なのですから、人が死んだのは、喜ぶべき場面なのではないですか?」
「言葉に気をつけろ。俺は今、目の前に出された料理を、お前に台無しにされて、とても機嫌が悪い」
「お食事なら、人間を殺して魂を食べたらどうですか? ほら、あっちにも、こっちにも、よりどりみどりですよ」
テイアイエルの手のひらが指し示す先には、夕日を見つめて抱き合ているカップルや、母親に甘えている家族ずれの子供がいた。
「俺は美食家なんだ。殺した人間の味はもう飽きた」
「魔王様がそんなことをいってはいけませんよ、創造神から与えられた運命にしたがいなさい」
テイアイエルは勢いを得て、魔王を指さした。
「なら、貴様を殺ることにしよう……」
魔王の目が赤く光っていた。
(つづく)
次回更新は2月3日を予定しています。




