38.リアナを突き刺そうとするセレナ
おはようございます。読んでくれてありがとうございます。
「未来に転生して、リアナを殺す」というテイアイエルの提案に、セレナはどきりとして、おもわずテイアイエルを見つめかえした。
自分でリアナに手を下すことにためらいがないといえば、嘘になる。
それに、セレナにとっては、あっさり死んでもらうよりは、生きて苦しみ続けてほしい、その様子を自分は高いところから、見下ろすように鑑賞して楽しみたいという気持ちがある。それこそ、寿命が尽きるまで。
そもそも、今回の巡業だって、自分の権力をホームレスのリアナに見せつけることも、目的だったのだ。思わぬ返り討ちにあってしまったけれど。
「殺さなくても……、生きて、苦しんでほしい、ずっと……」
セレナがためらいがちに答えると、テイアイエルは邪悪な笑みを浮かべて、セレナの耳元でささやいた。
それは、まさに、セレナにとっては、”悪魔のささやき”であった。
「リアナが死ねば、両親の愛は、セレナさん、あなただけのものになりますよ」
その言葉を聞いたセレナの胸はドクンとはねた。セレナは、苦しそうに胸を抑える。
「そう……、お父さん、お母さん、私を……、私だけを愛して欲しいの……」
セレナがうわごとのようにつぶやくのを、テイアイエルは愉快そうに眺めて、さらに追い打ちをかける。
「そのためには、どうすればいいのですか?」
「リアナを、殺す……」
「では、決まりですね」
テイアイエルは、うつろな瞳のセレナの手のひらに、銀色に光り輝く剣を手渡した。
セレナが不思議そう、剣に目を落としていると、テイアイエルが説明を始めた。
「それは、ソウルイーターという魂を食らう剣です。それで刺されたものは、魂が消滅し、二度と転生しない。殺すだけなら、”薬師”の能力を持ている、セレナさんにとっては造作もないことだ。いつどこでも、飲み物に毒を仕込めるのだからね。でも、それで普通に死んだとしても、魂が500年前の元の体に戻るだけなんだ。だから、その剣で、リアナの心臓を刺してほしい。それで、リアナはもう二度と転生しない」
魂が消滅して、二度と転生しない。恐ろしさのあまり、セレナは思わず剣を落っことしそうになる。
「あの……、天使がそんなことをしていいのですか?」
「えっ……、何を言っているのです? 我々は道具をあなたにお貸ししただけ。実行するのは、セレナさん、あなたですよ? そもそも、天使は人間のもめごとには介入しないものです」
罪を犯すのはセレナ。テイアイエルの突き放すような冷たい言葉に、無責任なマーガスを思い出してしまい、セレナはぐっと剣の柄を握りしめる。
すると、剣が自分の手のひらのなかへ溶けていくように消えていった。
「あれ……、剣は、どこへいったの?」
「天使の門を使って、500年後の未来へ行くわけだが、残念ながら、人間は魂しか転移させることができない。したがって、ソウルイーターもセレナさんの魂の一部として格納させてもらった。あとは念じることで、任意に出現させることができる。まあ、魔法みたいなものです」
説明を終えたテイアイエルは、セレナさんの気が変わらないうちにと、すぐさまその右手をセレナの額に当てる。
ひんやりとした感触がしたと同時に、セレナの意識は、500年後の未来へと飛んで行った。
しばらくして、セレナは机の上で意識を取り戻した。
どうやら、突っ伏して寝ていたようである。すこし腕がしびれていたからだ。
机の上に広げられた手帳には、今日の寄るであろう観光ルートがびっしりと書き込まれていた。
その書き込みを見ていると、この体の持ち主であるセレナが、リアナのことを愛していることがひしひしと伝わってきた。
姉妹の中が悪くなる以前の自分を思い出して、ふと悲しくなって、涙をぬぐった。
セレナは転生するなかで、テイアイエルから、以下のことを聞いていた。
未来世界での滞在時間は、今日の日没まで。
今日はリアナとバスラ王都を一緒に回ることになっているとのこと。
隙を見て、ソウルイーターでリアナの心臓を一突きする。そうしたら、すぐにお前の魂を500年前に呼び戻す。
なので、刺したあと、殺人罪で逮捕されるとかは心配しなくていいようだ。
でも、セレナは心配だった。それは、ほかならぬ、この体の持ち主であるセレナのことだ。
セレナが転生してからずっと、すこしずつ、この体の持ち主であるセレナの記憶が、しみこむようにセレナの魂に流れ込んできていた。
それは、前世でセレナが体験してきたような、自分に無関心な冷たい両親や、憎たらしい妹、というものとは正反対だった。
姉妹分け隔てなく扱ってくれる両親。そして、素直な妹。ちょっと素直で、出来が良すぎて、お姉ちゃんとしては悔しい面もあるけれど、それでも、前の世界よりはずっとよかった。
そして、この体の持ち主であるセレナは、そんなリアナを心から愛しているようであった。
そう、まるで、家族が崩壊する以前の私と同じように。
そのじんわりと暖かい記憶を味わうように、セレナはそっと目を閉じる。
でも、この未来世界のリアナは、過去世界のリアナが転生してきたものなのだ。あの、憎らしいリアナなんだ。
セレナが右手に力を込めると、ソウルイーターが姿を現した。
薄暗い部屋のなかで、ぼんやりと光り輝く剣は、とてもきれいで、魂を消滅させる、という恐ろしい効果を持っているとは到底思えない。
机の上にある小さな置時計の針は、午前5時を指している。
窓の外の空は白み始めていた。
寝ぼすけのリアナならまだ起きていないだろう。いや、転生して心を入れ替えたリアナなら、早起きかしているかもしれない。起きてしまったら、めんどくさくなる。急ごうと、リアナは腰を上げた。
セレナはソウルイーターを消して、そっと部屋のドアを開ける。
体の記憶に従って、リアナの部屋の前に立つ。
そっとドアノブに手をかけると、かちゃりとして、ドアが開いた。
鍵はかかっていなかった。
そっとドアを閉じて、リアナが寝ているベッドに歩み寄る。
閉じたカーテンの向こうで空が白み始めていた。
今日バスラ観光をするまでもない、こんなこと、さっさと終わらせようとセレナは思っていた。
「さようなら」
セレナは無表情でソウルイーターを出現させると、その切っ先をリアナの胸元へ突き付けた。
(つづく)
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