35.アリシアの心の傷に寄り添うセレナ
こんばんわ。今日も読んでくれて感謝です。
──500年前。スノーフィールドでの大惨事から、3日後のこと。
「セレナさま、此度の巡業、お疲れさまでした」
スノーフィールドでの散々な巡業から、馬車を飛ばして、やっとの思いでバスラ王宮へ帰ってきたのは、3日後のことだった。
アレスが行方不明となり、途中の宿の手配もしておらず、野宿で過ごしたので、セレナは精神的に疲れていた。
もっとも、セレナはそのことについて文句を言う気は一切ない。もとは平民の出であるセレナは、こういうことにはあまり頓着しなかった。
それでも、マーガスは、いなくなってしまったアレスに罪を擦り付けようと、テーブルの向かいに腰かけているセレナに向かって、声高に主張し始めた。
「まったく、ろくに業務の引き継ぎもせず、突然行方不明になるなんて、人としてどうなのか……、前から気にくわなかったです。いつかやらかすと思っていた!」
セレナの部屋には、マーガス以外に、他の事務官や関係者が大勢いた。マーガスにとって、今回の巡業の失敗をアレスに擦り付ける、絶好の舞台であった。
「セレナさま……、どうぞ……」
マーガスの怒声を気に病んだのか、セレナに向かって、紅茶の盆を差し出すアリシアの顔は青ざめて、手が震えていた。
そんなアリシアをかわいそう思い、セレナはつい反論してしまった。どうせマーガスが自責の念を抱くわけないと思いつつ。
「そのために、マーガスがついていたのではなくて?」
自分に矛先が向けられて、マーガスはぎろりとセレナを見据える。そんな質問を自分に向けた、セレナに対する怒りで満ちていた。
マーガスはここぞとばかりに饒舌に言い訳をする。自分は関係ない、無実だと声高に主張した。
「それはそうですが、ろくにひきつぎもなく、急にいなくなられは、どうしようもありません。無理なら無理で、事前に相談してもらえれば……。社会人として当たり前のことでしょう! 失踪する前に、どうしてひとこと私に相談してくれなかったのか、不思議でなりません!」
マーガスは残念そうな表情を作るが、それは嘘だとアリシアは知っていた。
今まで、どんなに助けを求めても、マーガスは手を差し伸べることはなく、「お前がなんとかしろ、そんな案件もってくるな!」の一言で片づけられていた。
アリシアは唇をかみしめながら、涙をこらえるように、うつむいていた。
アリシアの様子がおかしいことに気づいたセレナは、急いでマーガスを追っ払うことにした。
「もういいです、さがりなさい。主張したいことがあるのでしたら、あとから文書で提出してください」
「まったく、無能な部下を持つと苦労しますよ! とんな貧乏くじだ! これは、埋め合わせしてもらわないといけませんな!」
マーガスは追っ払おうとするセレナに、横柄な態度で食い下がる。
セレナは薬師の聖女でそれなりの地位はあるが、政治的な権力はあまりない。
それで、マーガスは見下したような態度をとるのだった。
──まったく、私の薬であなたもメイドになってもらおうかしら……、でも、あんなごつくて性格の悪いメイドなんて、こっちから願いさげね……、そうだ……、なら私の犬にしちゃおうかな……。
セレナは肩を怒らせて部屋を出ていくマーガスに向けて、想像を膨らませながら、愉し気な目線を向けて見送っていた。
「ごめんなさい……、こんなところで」
セレナの側で、アリシアは両手で顔を抑えて、しくしく泣いていた。
セレナは紅茶を一口含むと、そっとアリシアのあごに片手をあてて、キスをした。
「かわいそうなアリシア、いいのよ、心配しないで……、んっ……」
今しがた口に含んだ紅茶を、アリシアへ口移しで含ませる。
「あっ……、セレナ……、さ……、んっ……」
とろりとした瞳で、アリシアはこくんと紅茶を飲み干した。
それから、雑務を済ませ、夕食を済ませ、入浴を終えたころには、もう夜の9時を回っていた。
いつもなら寝る時間だけれど、今日のセレナはストレスが溜まっていた。
スノーフィールドでの散々な巡業の結果に加えて、帰り道の野宿の疲れ、それに横柄な態度のマーガスへの怒りが、セレナを秘密の地下室へと向かわせた。
自分の部屋の本棚の動かすと、そこにはなんの変哲もない壁がある。そっと手で押すと、それはくるりと回転して、地下へと続く階段が姿をあらわす。
セレナはパタリと壁を閉じる。
そして、階段をゆっくりと下っていく。
お城の地下の、そのまた地下に、頑丈な鉄扉で封印された一室があった。
この秘密の通路も、そして部屋も、セレナが兵士を薬であやつって作らせたものだ。
もちろん、作った後には、ばっちり記憶を消す薬も飲ませているから、この秘密の部屋の存在をしっているのは、セレナだけ。
──そこには、セレナの、そしてリアナの両親が幽閉されていた。
(つづく)
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