34.バスラ大学を目指して勉学に励むリアナ
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「入っていいかしら?」
リアナはドアの向こうから聞こえてくる姉セレナの声に、机に広げていたテキストから顔を上げて、我に返る。
ふと机上の時計を見ると、もう午後11時過ぎだった。
どうぞ、と返事をすると、デスクライトだけが照らす薄暗い部屋に、一筋の光が差し込み、お盆におにぎりとお茶を載せたお盆を抱えて、セレナが入ってきた。パタリとドアが閉じられて、光の筋が途切れ、また静かな部屋に戻る。
「エリザさんは、もう寝ちゃったから、代わりに私がね、作ってきたの」
セレナはお盆をそっと机上に置いてから、机に広げられたテキストをまじまじと眺めると、感心したようなため息をついた。
「うわー、小学生がやる問題じゃないよ、これは」
「そんなことないよ、えへへ……」
まずいところを見られたかのように、リアナはテキストを両手で覆い隠して、愛想笑いを浮かべる。
リアナはもう10歳になっていた。5年間生きてきたおかげで、この未来世界の生活にもずいぶんと慣れた。
魔法のように、絵や文字がかわるがわる浮かび上がる、タブレットという板で、セレナの薬のことをいろいろ調べてはみたけれど、やはり、未来世界では、セレナを倒しうる”解除薬”は存在しないようだ。
なければ、自分で作るしかない。自分で作るためには、知識と設備が必要だ。
そのためには、薬学については世界最高峰といわれる、バスラ大学の薬師学科に入るのが一番良い。
だからこそ、リアナは寝る間を惜しんで、こうして勉学に励んでいたのである。
「バスラ大学を目指しているなんてすごいけど、まだまだ先のことじゃない。少しは休んだほうがいいよ」
ベッドに腰かけたセレナは、リアナを気遣ってそういってくれた。
リアナには、その言葉はとても嬉しかった。姉妹を平等に扱ってくれる両親の下で、前世のようにセレナが不遇をかこつこともなく、そして、リアナが増長することもなく、おかげで姉妹の仲は良好に保たれていた。
でも、それはリアナが転生者で、すでに大人であるというおかげでもあったのだろう。
「そうだけど、時間がないからさ」
勉強したくてそわそわしていたが、せっかく夜食を作ってくれたセレナに悪いと思い、おにぎりをかじりながら、回転いすをくるりと回してセレナの方を見た。
時間がないのは、事実だった。
魔王によれば、未来世界で転生者として生きられるのは、前世で生きていた期間までだという。
だとしたら、リアナの場合は18才の誕生日まで、ということになる
それ以上とどまると、元の500年前の世界に戻れなくなるということであった。
この世界では、順調にいけば、18才で大学に入学する。でも、それでは間に合わないのだ。
だから、セレナは飛び級の制度を利用しようと狙っていた。
実際学科は違えど、13歳で数学科や物理学科に入学したという人を、ニュースで知っていた。
調べてみると、バスラ大学の薬師学科にも、その制度があった。
「リアナ……、あなたが心から笑っているところ、見たことがない気がする」
セレナの心配そうな優し気な顔に、胸がいっぱいになる。
でも、今目の前にいるセレナと、リアナをオークに売り飛ばしたセレナは別人のはずだった。だけど、姿は同じなのである。どうしても、複雑な感情をいだかずにはいられない。
セレナの優しさに浸っているリアナは、まるで薄氷の上を歩いているかのような感覚だった。
「そんなことないわ、私はとても幸せだよ!」
心配させまいと明るく返事をするが、セレナにそう予感させるのは、リアナが心に抱えている前世の暗い思い出のせいであろうことは間違いなかった。
実際、子供っぽいものにはまったく興味を持たず、暇があれば勉強ばかりしているせいで、友達が一人もいないリアナを、セレナは心配していた。
「そうは見えないけれど……、そうだ!」
セレナは思いついたように両手を合わせると、ベッドから腰を上げて、リアナの側にやってきた。
「明日は、学校はお休みだし、どこか遊びに行こうよ!」
「ええ……」
休みの日は一日中机にかじりついていたいリアナは、少し微妙な返事を返す。魔王の力のせいか、心に抱いている復讐心からか、あるいは人生をやり直したいという思いからか、リアナは勉強が苦ではなかった。
それに、失敗して帰ったら、魔王に「お前もういいわ」と始末されてしまうかもしれないのだ。
「勉強ばかりしていると、今度こそ、頭が変になっちゃうから、たまには遊ばないとね。仲のいいエリザも一緒ならいいでしょう」
エリザとは、よく二人でこれから先のことについて、セレナに隠れて話し合っていた。
それが、セレナにとっては、仲がいいように見えたのだろう。
たしかに、転生してからというもの、平日は家と学校を往復する日々で、休日はといえば、部屋にこもって勉強ばかりしていた。
両親が、あまりに勉強以外に興味を示さないリアナを心配して、一度頭の病院へ連れていかれたほどだった。
「まだ先の話だけど、バスラ大学にも行ってみようよ」
セレナはとっておきという口ぶりで、リアナに持ち掛けた。
王立のバスラ大学には、世界のあらゆる書物がそろっている。そして、王都の住民であれば、利用は自由であった。
薬の生成について、なにか役立つ情報が得られるかもしれないと思ったリアナは、自分を気遣って、外へ連れ出そうとしてくれるセレナを感謝のこもった瞳で見つめた。
前世のセレナも、きっと本当はこんな風に優しかったのだろう。セレナを壊したのは、自分とそして両親だ。
だけど、もつれてこじれてしまった関係は、もう修復は不可能だ。一度折り曲げた紙を元に戻しても、折り目が残るのと同じように。
リアナは、まだ前世のセレナを殺したいほど憎んでいたし、それは、そのセレナにとっても同じだろう。
見上げるセレナの優し気な瞳が、リアナを見つめて返事を待って揺れていた。
そんなセレナに、リアナは照れくさそうに返答する。
「ありがとう、ぜひ行ってみたいな、私ったら、こもりきりで、外のこと、何も知らないから、その……、迷子にならないように、しっかり面倒みてね」
リアナは、この未来世界の「電車」というものの乗り方も知らなかったのだ。だから、知らない場所へ行くことへの不安があった。
「よかったぁ~、なら今日はもう寝ましょう! 明日に備えてね!」
セレナはうれしそうに、リアナに断りもなく、テキストを机上の本棚へ押し込んでいた。
セレナの嬉々とした様子をみつめながら、リアナはおにぎりをほおばった。それには、ほんのり塩味が混じっていた。
「じゃあね、また明日!」
セレナは安心した様子で、部屋を出ていった。
「また明日、ね……」
静けさを取り戻した部屋で、リアナはぽつりとつぶやいた。
(つづく)
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