33.エリザと再会して抱き合うリアナ
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「どうしたのって、あそびにきたの」
セレナは、リアナと色違いのパステルブルーのドレスを揺らしながら、部屋に入ってきた。その胸にはしっかりと熊のぬいぐるみが抱きしめられている。
「いいでしょ、誕生日プレゼントに買ってもらったんだ」
セレナは自慢げに熊を抱きしめるが、大人のリアナにはどうでもいい物であった。
リアナは確認のため、あえて聞いてみた。
「あの、あなたは、おねえちゃん……ですか?」
「そうだよ、わすれたの?」
セレナに顔を覗き込まれ、リアナは赤い顔を見られまいと、気づかれないようにそっと顔をそらす。
「そんなことは、ありません」
緊張のあまり、口がこわばってしまい、思うように子供のふりができない。そんなリアナをみて、セレナは笑う。
「おとなみたいなしゃべりかた」
「……ごめんなさい」
なぜだか、謝ってしまう。どうしてだか、リアナにもわからなかった。
でも、このセレナは、500年前の自分の姉であったセレナとは別人であろう。
たまたま、名前が一緒で顔がそっくりなだけなのだ。
歴史上の有名人の名前を付けるのは、よくあることだ。
そうやってリアナは自分自身を落ち着かせようと試みた。だけど目の前の女の子は、どうみたって、セレナにしか見えなかった。
「そんなおとなのほん、リアナにはわからないでしょ」
「あっ……」
セレナは机上から、本を取り上げると、さっさと本棚にしまって、そしてまた戻ってきた。
「リアナちゃん、あそびましょ、がおがお」
セレナが熊のぬいぐるみを、リアナの頬にぐりぐりと押し付けて、愉しそうにしていた。首元の鈴がリンリンと鳴った。
ぬいぐるみで遊ぶって、どうやるんだっけ……、リアナは頭の中をまさぐるようにして思います。
「はーい、もりのおうじょ、りなあちゃんですよ、きょうはあそびにきてくれてありがとう!」
恥ずかしさのあまりリアナの顔は真っ赤で、声はうわずっていたけれど、セレナは喜んでくれていた。
リアナは、熊をつんつんとつつきながら、一緒に魔王の道をくぐったはずのエリザは、どこでどうしているのかと、心配になっていた。
リアナの心配は、朝食の時間に、すぐに解消した。
「あらあら、リアナはご飯をこぼさず食べられるようになったのねえ」
これまた前世の母親と同じ顔に褒められて、リアナは何だかむずかゆい。
もっと服は、前世とは違い、リアナにとってはいまだなじめず珍奇なものに見えていた。
それは父親も同様であり、ゆったりとした紺のローブを羽織り、腰のあたりにある紐で体にしばりつけていた。
「はい……」
粘り気のある白い粒は、御飯というものらしい。茶碗に盛られたそれを、リアナはひかえめにすくい箸で口に運びながら、隣のセレナの様子をうかがう。
「お母さん! 見てみてえ、わたしもじょうずだよお、ほら!」
リアナがほめられて、競争心を刺激されたのか、セレナは箸でつまんだご飯を高々と持ち上げる。
「うふふ……、セレナは5歳なんだから、できて当たり前でしょ。でも、すごいね! リアナにも教えてあげてね」
母親は、セレナにも微笑みかけて、褒めてあげていた。どうやら、この家庭は、姉妹を平等に扱う方針を持っているようだと、リアナは察した。
セレナは誇らしそうに笑顔見せると、隣のリアナの方を見た。
「す、すごいですね……、さすがだわ……」
なんといってよいかわからず、リアナは思わず幼児を繕うことを忘れていた。
両親も、そしてセレナも、不思議な生き物を見るような様子で、ぽかんとリアナを見つめていた。
「さ、セレナはそろそろ保育園でしょう」
「はーい」
リアナは、食後のミルクをすすりながら、母親とセレナのやり取りを眺めていた。
いつの間にか、父親も、鼠色の上下の服に着替えて、自身の首を絞めるかのように、青く細長い布切れを首に巻き付けていた。
どうやら共働きのようだ。保育園というのは、500年前にもあった。仕事をしている人たちの子供を預かる施設だと、リアナは思った。
隅で佇んでいた20代のメイドがテーブルにやってくると、慣れた手つきで食器をまとめて、キッチンへと運び洗い始めた。
「ママ……」
ふとリビングの入り口に、リアナと同じくらいの背格好の女の子が、眠たい目をこすりながらやってきていた。
「あら、来ちゃダメだって、いつもいってるじゃない」
メイドは女の子の両肩に手をあてて、かがみこんだ。
でも、女の子はメイドに顔をあげて、せがんだ。
「わたしもてつだう!」
メイドは、女の子に向かって諭すようにゆっくりと首を振る。
「まだエリザにはできないわよ。ほら、いい子だから、部屋でおとなしくていて。ママのお仕事のじゃましないでって、約束したでしょう」
メイドは困ったように、ご主人である母親とそしてリアナを見た。
リアナは、椅子に腰かけたまま、自分と同い年くらいのエリザをじっと見つめていた。エリザの瞳に、前世の記憶が宿っていないか、注意深く観察しながら。
そうしていると、メイドと手をつないだままで、エリザが、声をかけてきた。
「リアナちゃん、一緒にあそぼう」
「えっ……、でも……」
メイドの戸惑いの目線は、雇い主であるリアナの母親に向けられた。
不安そうなメイドの顔にむけて、リアナの母親は了承するように、にっこりと笑う。
メイドは無言で、感謝の意をこめたお辞儀を返す。
「しかたないわねぇ……、おとなしく遊んでいるのよ」
メイドから解放されたエリザは、待ってましたといわんばかりに、リアナに駆け寄ってきた。
そして、二人だけにしか聞こえない小さな声で、そっとリアナの耳元でささやいた。
「お久しぶり。リアナ。あなたのメイド、エリザですよ」
「エリザ……」
リアナはこの500年後の未来世界で、ただひとり、過去の自分を知るエリザと出会えて、嬉しくなって、まだ幼いその体をめいっぱい抱きしめた。
そうされて、エリザは、今のリアナが、昨日までのリアナとは違うと気が付いたようだ。つまり、前世の記憶を取り戻したということを。
「あなた、リアナなんだね、500年前の……、やっと会えた。記憶を取り戻すのが遅すぎるよ。3か月も待ってたんだからね」
どうやらエリザは、リアナよりも3か月も早く、前世の記憶を取り戻したようだ。きっとリアナにやきもきしていたに違いない。
「ごめんなさい、こればかりは、自分ではどうにもならなかったの」
「でもよかった、目覚めてくれて。これから二人で、目標達成のため、がんばろうね!」
「わたしも!」
エリザと抱き合っていたリアナは、割り込んできたセレナの声にぎょっとして顔を上げる。
気が付けば、不満そうなセレナの顔がすぐ目の前に迫っていた。
一体どこまで聞かれていたのだろう。でも、聞かれていたとしても、おそらく理解してないだろうから、いいのかな。
リアナは頭に浮かんだ不安を打ち消してから、セレナの頭をそっと撫でる。
「そうだね、さんにんで、がんばろうね」
「がんばろう!」
おそらく、何を頑張るか理解していないセレナは、力づよくそう叫んだのだった。
その向こうで、両親はほほえましそうに話しているのは、リアナの目に映っていた。
(つづく)
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