32.転生先で姉セレナと再会するリアナ
こんにちは。読んでくれてありがとうございます。
ものごごろついた3歳になって、リアナはやっと、自分が魔王の力により、500年前から転生してきたのだと、思い出した。
もっとも、思い出したというよりは、生まれた時からあった記憶を、やっと理解できるまでに成長したということだ。
ホームレスとしてみじめな生活を送っていた前世の記憶が、じんわりと浮かび上がるように蘇ってくるとともに、転生の目的も思い出したのだった。
──姉セレナを倒すため、彼女が身にまとっている”超回復”の効果を解除する効能を持つ”解除薬”の製法を、持って帰ること。そして、回復薬と解毒薬の製法も持って帰り、世界中に広めること。
思い出したのは、何の変哲もない、とある朝のことだった。
手元を見ると、まだ幼い紅葉の葉のような小さな手が、ふかふかで沁み一つない真っ白な布団に乗っていた。
部屋を見回すと、あちこちにボールやぬいぐるみといったおもちゃが転がっている。
そして、枕元にはいつも見慣れた針の時計ではなく、なにかの数字が直接浮かび上がっている四角い箱が置いてあった。
6:46と表示されているそれは、おそらく6時46分を指しているのだろう。
それにしても、わかりにくい時計だ。未来人は、どういう趣味をしているのだろうか。
ベッドから降りて、リアナはあらためて自分の服をなめるように見る。
シルクのようにさらさらのドレスのような薄ピンクの服に、レースのひらひらが付いている。
かなり高級そうな服。それなりのお金持ちの家の娘として転生したらしかった。
鏡があったので、思わずリアナは覗き込むように眺める。
姿はおさないけれど、間違いなく自分自身の顔だった。
よくも、こんな都合のいい体を用意できたものだ。さすがは魔王だなとリアナは関心するととともに、感謝する。
せっかくだから、もう少しかわいく生まれ変わりたかったけれど。
でも、なんだか体が軽い気持ちで嬉しくなっていたリアナは、そとの景色もみようと思い、窓に駆け寄る。
でも、届かない。幸い、踏み台があったので、よいしょっとそれに乗り、窓を開ける。
そこには、リアナが見たこともない光景が広がっていた。
バスラ王国のお城に、薬の納品のついでに連れて行ってもらったことがある。
今リアナの目の前に広がっている景色は、お城の一番高い部屋からの景色よりも、さらに高いところからの眺望が広がっていた。
でも、見渡す景色は、まったく異なっていた。緑の山々が、無数の石造りの建物で埋め尽くされている。そして、網目のように広がる道には、見慣れない乗り物らしき物体の行列が行き来している。
「な、なんなの……、ここは、お城なの?」
窓の下を覗き込むと、地面まで垂直に切り立った崖だった。落下防止のためか、格子状の柵はあったけれど、おちたらひとたまりもないと、リアナは青ざめる。
そして、遥か遠くまで、大小の白い箱のような石造りの建物が無数に広がっていて、ときおりその中から塔のように付き出したものがあった。
おそらく、リアナの今いる場所も、その突き出した塔の上なのかと思われた。
窓からのさわやかな風がカーテンを揺らしていた。
頬のなぜるそよかぜに、リアナは気持ちよさげに目を閉じる。初夏の緑の匂いがした。
改めて、数字だけの時計を見ると、時間以外にも、数字が表示されている。そこには、”7月1日”と表示されており、それは500年前でも同じ暦で、そのまま7月1日という意味だろうと予想した。
ドアを開けると、そこには黒光りする板張りの廊下に、いくつものドアが並んでいた。
ドアの先には、誰もいないリビングに、お風呂場、そして、真ん中にぽっかり空いた穴に水をたたえた変な形の椅子がある部屋もあった。
水汲み場だろうか。それにしても、500年前とは全然ちがうわ。
早く、この世界について理解したい。
リアナは廊下を歩き回りながら、ドアを開けると、本がぎっしりと並んだこじんまりとした部屋を見つけた。そして、本棚に囲まれるようにして、机が置いてある。
「れきし……、れきし……」
リアナは指をくわえながら、目線を本棚に泳がせる。
幸い、500年経過しても、文字に大きな変化はなく、背表紙の文字は十分理解することができた。
”バスラの歴史”と背表紙に書かれた本を取る。
「おっと……」
思った以上に分厚い本は、リアナの手を滑り落ちて、バタリとカーペットの床に落ちる。
たまたま開いたページには、憎たらしいあの女、そうセレナの姿が紙の上で揺れていた。
リアナは思わず本にはいずりよって、食い入る用意ページを眺める。
『薬師の聖女セレナ、500年前、創造神より与えられた聖なる力で作り出した薬で、世界の人々を病魔より救う。そのお姿どおり、心も清らかな聖女さまで、世界中の人から慕われる──。』
「うそばっかり!」
苦々しい表情で叫ぶリアナだったが、しかし、次の1行にくぎ付けになった。
『今の科学水準をもってしても、薬師の聖女が作り出した回復薬や解毒薬と同じものを、つくることはできない。』
しかし、科学や魔法といった、あらゆる方面から、同じ効果を持つものが再現できないか、研究は続けられているようであった。
リアナはがっくりと肩を落とす。500年経過しても、解除薬はおろか、セレナの薬と同等の効力を持つ回復薬や解毒薬もできていないというのだ。
せっかく未来までやってきて、そこで開発されているであろう、解除薬の製法をパクッてお手軽に済ませようとおもったのだが、そうもいかないようだ。
やはり、創造神より与えられた”薬師”の能力は世界を超越する力をもっていた。
それでも気を取り直して、よじ登るようにして椅子を上り、机に向かう。
500年後の未来に、少しでも早くなじもうと、歴史の本をひろげて、読み始める。
500年後の未来世界では、魔法がやや廃れており、代わりに科学が発達していて、それが魔法を補っていた。
薬についても、魔法が製造に必須だった時代とは違い、正しい手順を踏めば誰でも作れるようであった。もっとも、その「正しい手順」というものが、難しい薬になればなるほど複雑になり、ときに分厚い本数冊にも及ぶこともある。
相変わらず魔物やダンジョンは存在していたが、それに対する武器というものが、剣と魔法ではなく、バスーカという火を噴く筒や、マシンガンという無数の鉄のつぶてをすごい速さで飛ばせる道具にとって代わっていた。
誰でも使えるという点においては、魔法より優れているかもしれない。
さっき、地面を虫のようにうごめいていた物体は、自動車というものらしい。なんでも、ガソリンという液体を食わせれば、疲れを知らずどこまでも走るらしい。
500年前でも、移動魔法はあったが、一握りの冒険者しか使えない高度なものであった。
そして、馬車は王族や高位貴族、あるいは一部のお金持ちだけのものだったが、自動車という鉄の箱は、その価値の違いはあれど、一般庶民なら一家に一台はもっているもののようだ。
なら、この家にもあるのだろう。お城のような建物に住んでいるのだから、きっとお金持ちに違いない。
今のバスラ王国の王は、大統領という人らしい。そして、世襲ではなくて、数年に一度国民による投票で王が決まるというやり方であった。
時間を忘れて本を読んでいたリアナの背中で声がした。
「リアナー! あそぼうよ!」
部屋のドアをたたく音に、リアナは振り返る。
駆け寄りドアを開けると、5歳くらいの女の子が、熊のぬいぐるみを携えて、笑っていた。
リアナはその顔に見覚えがあり、ぽかんと口を開けたまま、見つめてしまった。
「セレナ……、どうしたの?」
(つづく)
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