31.転生させられるリアナ
おはようございます。お久しぶりです。読んでくれてありがとうございます。
大雪原の地下深く、封印の洞窟へ戻ってきたエリザは、玉座に座る魔王を見上げていた。
足を組み、こちらを見下ろしている魔王を見ていると、やはりそれなりの威厳が感じられる。
先ほどジョシュアを一刀両断したものそうだ。その華奢な見た目と美麗な顔からは想像できないが、やはり強大な力を秘めた魔王なのだ。
それは、隣にいるリアナも同じ気持ちらしく、怖いのか、少し肩を震わせている
エリザは、魔王に気づかれないそうに、落ち着かせようと、そっと背中に手を回す。
「だいじょうぶ、私がついているから……、リアナには手を出させないよ」
根拠のない励ましだったが、次第にリアナの震えが収まっていくのを感じて、エリザは安心する
クレリアさんが姿を見せてくれたらいいのだが、魔王的にはまだ面会はさせないつもりのようだ。
じっと待っていると、なにかを思いついた様子の魔王が、ゆっくりと話始めた。
「さて、リアナよ、セレナを殺すには、奴が創造神から与えられた天啓の能力”薬師”によって作り出した、”超回復”を無効にする薬が必要だ。そして、その薬は、今のところ、この世界にはない」
「えっ? でも、セレナの作る治療薬ではだめなのでしょうか」
エリザは魔王に向けて疑問を口にしたが、隣のリアナが代わりに答えてくれた。
「あの治療薬はね、マイナスの状態しか回復しないの。セレナに付与されたプラスの効果は解除できない。それこそ、セレナが”薬師”の能力で作らないかぎりはね。でも、セレナが自分自身を滅ぼすための、そんな効果のある薬を作ってくれるわけはない」
なるほど、さぼってばかりとは言え、一応薬屋の娘だ。エリザの知らないことまで、よく知っていた。
そして、500年もの間、自分はなにをしていたのだろうと、恥ずかしくなった。
「そうだ……、だから、お前には留学してもらおうと思ってな」
落ち着いた様子の魔王に対して、リアナはきっぱりと反論する。
「留学って、どこへですか? 世界最高学府であるバスラ王国の薬科大学でさえ、セレナの能力がなければ、せいぜい一般的な回復薬や治療薬しかつくれないのよ。世界のどんな大学へいっても、研究機関を回っても、それ以上のものは、どこにもないわ!」
一般的な回復薬とは、軽い傷を治すもの。治療薬はといえば、おまじない程度にしか聞かないものだった。
それに魔力を付与すると、かなりの傷も治したり、状態異常を直す治療薬も作れるが、セレナの作る薬には遠く及ばない。
だからこそ、”薬師”の能力を持つセレナが、神のごとくあがめられているのだった。
「そうだ。だからお前が作るんだ」
魔王に指さされて、リアナは畳みかけるように、できない理由を大声で説明する。
「だから、今の科学水準じゃ無理なんだって! それこそ、セレナのように創造神から能力を与えらえるか、あるいは、500年後の未来の大学へ行けるなら、もしかして、作れるかもしれないけど……」
そこまで話すと、リアナはハッとして口をつぐんだ。
「それは、未来へ留学せよ、ということですか」
エリザも気づいて、顔を上げて魔王を見つめる。
見上げる石段の上の玉座で、魔王の目が赤く鋭く輝いた。
「そうだ……、俺の作り出す、魔王の門で、時間をつなぐ穴をあけるのだ」
魔王は玉座から立ち上がり、コツコツと音を立てながら、一歩一歩ゆっくりと階段を下りてくる。
そして、地面に手をかざすと、手に力を込める。黒い霧が魔王の手の中で、次第に濃度を増していく。
「闇魔法、魔王の門!」
魔王が唱えると、エリザ達の目の前に、ぽっかりと、人がやっと通れそうな真っ黒な穴が開く。
時間を超える穴をあけるには、さすがの魔王にとっても、大仕事のだったみたいである。めずらしく、額に汗をかいていた。
なんだか、今までの穴と比べて、より黒く、深く見える気がする。
「さあ、行け」
魔王が何の説明もなく、ぶっきらぼうにリアナを促す。
リアナはぽっかりと空いた黒い穴を見ろしながら、震えていた。無理もない。生活様式も社会常識も大きくことなるであろう500年後の未来で、うまく生活していけるかわからないのだ。下手をすれば、またホームレスになってしまう。それだけは嫌だった。
その上さらに、未来で薬の製法を学びとってこなければならない。仮にセレナの”超回復”を無効にする薬があったとして、その製法を簡単に教えてくれるだろうか。門外不出のものだったら、どうしたら?
それに、ことを終えて無事に帰ってくる方法は?
意味不明なことばかりで、リアナはためらっていた。
「どうした、早く行け」
でも、人間のデリケートな不安を理解しない魔王は、ためらっているリアナに不満そうな表情で催促する。
「自分と、そして愛する両親をふみにじったセレナに復讐したいのだろう。なら、このゲートをくぐるのだ……、さあ」
エリザは、有無を言わさぬ声で促されて、青ざめた顔でブルブル震えているリアナと、迫りくる魔王の間に、割って入る。
「魔王さま、ちょっと……!」
エリザは両手をひろげて、リアナをかばうように、前に立つ。魔王のめんどくさそうな顔が、目の前に広がっていた。
「ん……? なんだ」
「ちょっと、説明が足らないのではありませんか? リアナさんは復讐をためらっているのではなくて、500年後の未来でうまく事を成せるのか、不安になっているのだと思います」
「不安……、とは何だ?」
魔王が首をかしげて、エリザに問う。
「この場合、うまくいかなくて、魔王様に殺されてしまうことだと思います」
魔王に事細かに説明しても理解されないと思い、端的にリアナの置かれている現状を話した。
「そうか……、なら、エリザよ、お前も一緒についていってやれ。それで、リアナの「不安」とやらが、なくなるのだろう?」
「えっ……、それは、頼りになる人がいれば、そうですが……、なら、魔王様が直々に行かれては……」
「俺は、未来からここへ戻るための、魔王の門を開けるために、ここへとどまる必要があるのでな」
「そうですか……」
魔王抜きでどこまでリアナをサポートできるのか、エリザもまた不安であった。
「まあ、なんとかなるさ、エリザよ、期待しているぞ……、もししくじったら、わかっているな……」
魔王に笑顔で肩をポンとたたかれる。
無責任な人。本当にリアナを食べたいのなら、自分がいけばいいのに。いやむしろ魔王自身が出かけて、その”超回復”の効能を無効にする薬を奪ってこれば、手っ取り早いんじゃないかしら。
まったく、バカ……。
「残念ながら、それはできない……」
「ええっ!」
魔王にじろりとにらまれて、心を読まれていたことにハッとして、エリザは慌てて両手で口を押えた。
「リアナの力で復讐を完遂しなければ、心の中で後悔が残ってしまう。そうすれば、俺の食事となる、リアナの憎しみや悲しみの感情は永遠に開放されないのだ」
「へ、へぇ~、よくわかりました!」
「で、最後に聞こえてきた、バカとは?」
ずいと魔王に迫られて、エリザは頭をフル回転させた。
「あ、あの……、たまには、未来で、バカンスなんてのもいいかな、って思いまして!」
「そうか、なら決まりだな」
なんだかおかしな過程をたどったけれど、いつのまにかエリザも行くことが決まってしまった。
まあでも、もとよりエリザは、リアナに付いて行きたいとは思っていた。
だって、本職はメイドなんですから。
「それじゃあ、行きましょうか」
エリザは隣のリアナにそっと手を差し出した。冷たい感触があり、リアナもギュッと手を握り返してくる。
「エリザと一緒なら、だいじょうぶだね!」
リアナに笑顔を向けられたので、エリザも自分の胸の中を不安を押し隠して、笑いかけた。
「はい、安心してください。全力でサポートします」
「ふふっ……、なら行ってこい。首を長くして待っているぞ……、エリザよ」
あら、舌を長くして、ではなかったですか、魔王さま? とくだらないことを考える一瞬の間に、魔王に背中を押されるようにして、エリザは500年後の未来へ続く、魔王の門へと飛び込んだのだった。
時空を超える、不思議な空間を落ちていく感覚の中で、魔王の声が聞こえてくる。
──そうそう、言い忘れたが、魔王の門は、魂しか時間を超えられない。しかし、安心しろ、お前たちには、素敵な体を用意した。
「それって、転生するってことでしょうか、魔王様! そんな大切なことを、今になって……」
落ちていく感覚の中で、もがくように叫ぶエリザだったが、返事はなく、やがて意識が白一色に染まっていった。
(つづく)
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