29.熊を切り刻む魔王
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「さあ、ジョシュア、リアナごと踏みつぶして!」
ジョシュアの肩にのったセレナが叫ぶように指示を出すと、ジョシュアが、口から炎を吐いたままで、ゆっくりと足を持ち上げて、その影がエリザ達を覆う。
逃げようにも、一瞬でも気を抜けば、炎に包まれる。じっと耐えていれば、踏みつぶされる。
──完全に、詰んだわ……。
エリザは両腕のしびれに耐えながら、すぐ後ろで腰を抜かしていたリアナを振り返る。
「リアナさん、あなただけでも逃げて」
でも、リアナは逃げるどころか、エリザの背中に後ろから抱き着いた。
「ありがとう……、昨日の夜は、とても楽しかった」
「リアナさん……」
──魔王様、助けてください!
エリザが心の中で叫ぶと同時に、ジョシュアの足た無慈悲に振り下ろされた。
「闇魔法、暗黒特異点」
「えっ……」
死んだと思っていたエリザは、いつもの魔王の落ち着いた声で我に返る。
おそるおそる顔を上げると、エリザのすぐ頭上まで迫っていたジョシュアの足が、ふるえながら静止していた。
隣を見ると、魔王が、人差し指一本で、ドアほどの大きさのあるジョシュアの足を、止めていた。
そして、ジョシュアに向かてかざした右手のひらには、炎が吸い込まれていく。
そう、何でも吸収する、魔王お得意の闇魔法、暗黒特異点。
「魔王様、どうしてこんなになるまで、助けに来てくれなかったんですか?」
魔王が来てくれたという安堵から、これまで我慢してきた不安が一気にあふれてきて、エリザは魔王に涙ながらに叫ぶ。
「ん? お前が俺を呼ばなかったからだが」
ケロリとして答える魔王に、エリザはますます怒りがわいてくる。
「でも、見ていたら、ピンチだって、わかるはずです!」
「だから、今こうしてきたではないか、何を怒っているのだ?」
魔王みたいに絶対的な存在にとっては、誰かに助けを求めたい、という気持ちはわからないのだろう。
魔王がひょいと腕を上げると、片足を上げていたジョシュアはバランスを崩し、大聖堂を背中で破壊しながら、倒れた。
しかし、すぐにむくりと立ち上がり、いましがたやってきた魔王を、その赤い瞳でじろりとにらみつける。
「あら、いらっしゃい、私の薬で眠らないなんて、たいしたものね」
肩にちょこんと座ったセレナは、遥か下の地面に立っている魔王に向かって、感心したように手をたたく。
「ふん……、500年も眠っていたんでな、睡眠は十分さ」
「私、あなたのこと知っているわ。夢のなかで、創造神様が教えてくれた。その姿、その顔、500年前に封印された、魔王様でしょ。魔王様が人助けなんかしてていいのかしら?」
「人助けではない、俺の獲物を取り返しに来ただけだ」
「ふふっ、物は言いようね。魔王の癖に、そんなことばかりしていると、また創造神にペナルティを下されるかもしれませんよ」
「本当のことを言っただけだが、とりあえず前菜にその熊を頂くとしよう」
「あらあら~、私のかわいいジョシュアちゃんは、ずっと一緒だよ、誰も渡さないよ!」
セレナが立ち上がり、耳元でジョシュアにささやくと、ジョシュアの目がカッと開いて、魔王をとらえる。
そして、その右手が、巨体に見合わないほどの、ものすごい速さで振り下ろされた
すぐ後に、隕石が落ちたかのように、大地は激しく震え、その爆風でエリザとリアナは後方へ吹き飛ばされ、広場の壁に激突する。
ジョシュアの腕が振り下ろされる、その一瞬の間で、魔王は後ろに向けた手のひらから、エリザたちに向けて激しい衝撃破を放っていた。
おかげで、エリザたちは、ジョシュアの足を回避することができたが、魔王は直撃を食らってしまった。
「魔王は死にました~~、これで世界の平和は保たれた! ばんざーい!」
ジョシュアの肩に座りながら、セレナは両手を上げて空を仰ぐ。
エリザは、不安そうにその様子を見守っていた。もし、魔王が死んでしまったら、これからどうやって生きていけばいいのだろう、と不安になっていた。
「そうか、魔王は死んだのか。おめでとう……、どこの世界の魔王か知らないが……」
「は?」
セレナが間の抜けた表情で正面に向き直ると、魔王が挨拶するように片手を上げてこちらに笑顔を見せていた。
大聖堂前の広場には、巨大なクレーターが出現していた。
「あんたどうやってあの攻撃から……、ものすごい速さだったのに……」
「そう、人間には俺は殺せない。セレナよ、あきらめて熊を渡せ」
「いやよ……、ジョシュアちゃんは、私のたった一人の友達なんだから」
セレナはジョシュアの顔を両手いっぱいに抱きしめて、自分の顔をうずめる。
魔王はそれを見て、やれやれというように、ため息をついた。
「なら、仕方ない……、まあ、お前は多少荒っぽくしても、死なないみたいだから、いいか」
魔王はそうつぶやき、右手に力を込める。
「闇魔法、重力剣」
ヴンッと音がしたが、魔王の右手には、何もない。いや、セレナがよく目を凝らすと、そこだけ空間がねじ曲がったかのように、透明な剣があるようだった。
それは長身の魔王の背丈ほどの長さがある。
「俺はお腹が空いてるんだ。熊よ、お前はオードブルとして、頂くとしよう」
魔王はジョシュアの目の前で、重力剣を構える。なにかを仕掛けようとしているのが、セレナにはわかった。
「ジョシュアちゃん!」
セレナが叫ぶと、ジョシュアは口を大きく開けて、炎を吐き出す。
リアナによって暖炉にくべられた憎しみと悲しみが込められた、熱く、そして冷たい炎を。
「重力剣、時空破断」
燃え盛る炎の中から、魔王がつぶやきがセレナの耳に聞こえてきた。
そして、魔王は炎に包まれたままで、右手を大きく振り上げ、そして一気に振り下ろす。
一瞬、時間が静止したかのような静寂のあと、ジョシュアの咆哮が、遥か遠くの山にこだまする。
「グゴアアァアアァアアァアァアアアアア!!!!!」
頭のてっぺんから、股の間まで、真っ二つに一刀両断されて、半分になったジョシュアは、血を噴き出しながら、左右均等に倒れた。
「きゃああぁあああああ!」
同時にセレナも地面に放り出される。ジョシュアの肩の高さから落ちたら、普通の人間は助からないが、今日のセレナは、不死身の薬を飲んでいるので助かった。
でも、痛いものは痛い。
ジョシュアが死に、そこに込められていた憎しみが解放されていくのを、魔王は見逃さなかった。
ジョシュアの死体から発せられている黒い霧を、両手を広げて、深呼吸するように、思い切り口から吸いこんでいく。
そう、魔王の食事であった。
「ああ、悲しみと憎しみが絶妙な割合でブレンドされている。なかなかの味だ、セレナよ、感謝するぞ……」
魔王は食べ終えると、下をなめながら、透明な剣を右手にぶらされて、地面にへたり込んでいるセレナに迫る。
さすがのセレナもおびえていた。今度は自分が殺されるのではと。
「心配するな、お前はメインディッシュだ。まだ、生かしておいてやる……」
魔王は、がたがたと震えているセレナにむかって、そうつぶやくと、踵を返して、エリザのもとへ歩いていったのだった。
(つづく)
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