27.セレナに襲い掛かるリアナ
こんばんは。本日最後の投稿になります。読んでくれてありがとうございます。
大聖堂前の広場にやってくると、隊列が足をとめる。
セレナも、従者マーガスに手を取られるようにして、馬車から飛び降りた。純潔を象徴するような、真っ白でレースのついたドレスが、ふわりと膨らむ。
そして、セレナはいつもの巡行の通り、ただ一人で大聖堂に向かって歩いていくのだ。
この時ばかりは、広場を取り囲んでいる群衆も静まり返っている。
セレナの後ろでは、馬に乗った騎士や、弓兵、そして細長い銃身を携えた鉄砲兵も待機していた。
馬車から、大聖堂に向けて、セレナが一歩踏み出そうと、大聖堂を見上げたときだった。
そこに、いるはずもない、妹の姿を認めて、目を大きく見開いた。
お母さま手作りの青いドレスに、みたこともない、不気味な血の色をした剣を携えている。
そして、こちらを見下ろすかのように、階段を上った先の、大聖堂の入口前に立っていた。
間違いない、一緒に暮らしていたころとはずいぶん顔つきは変わったけれど、あれは自分の妹、リアナだ。
ずいぶん、成長したみたいね……。世間の荒波にもまれたのかしらね。
「セレナ! 説明はいらない! お前を殺しにきた!」
リアナが、不気味に赤く光る剣を掲げて、セレナめがけて階段を駆け下りた。
どこから現れたのか、セレナには、まったくわからなかった。おそらく、アリシアの告げてきたとおり、沿道の警備が手薄だったおかげで、ドブネズミが紛れ込んでしまったのだろう。
それなら好都合。観客の前で、鉄槌を下してやろう。最後のな……。
セレナは涼しい表情で、逃げることもなく、向かっていくリアナをまっすぐに見つめていた。
広場を取り囲んでいる観衆は静まり返っていた。どうしてよいかわからないからである。
リアナもセレナを血走った目で見据え、剣を突き出すように構えながら、迫っていく。
「セレナ様お逃げください!」
すぐ後ろの従者であるマーガスが面喰いながら叫ぶが、セレナは何事もなかったように、振り返る。
「だいじょうぶよ、私は創造神からの加護を受けていますから、心配しないで」
「しかし、剣を持っています! 排除します。 おい、後ろっ! ぼさっとするな!」
マーガスが後ろに向かって手をかざすと、ずらりと並んでいた鉄砲兵が、一斉にその銃身をリアナに向けた。
「射撃用意……」
セレナに傷一つでもつけば、責任者のマーガスは、軽くて追放、死刑の可能性だってあった。
お酒を飲んで、警備をおろそかにしていたことが知られたら、死刑は免れないだろう。
だからこそ、マーガスの決断は早かった。リアナを殺して、セレナを、自分の地位を守る──。
「セレナあぁぁあああ! お前は終わりだあぁあああぁぁああ!!」
「打て!」
マーガスの合図とともに、後ろにずらりと並んで控えていた鉄砲隊の銃身が、リアナめがけて一斉に火を噴いた。
「水魔法、氷の幕!」
女の子の声とともに、リアナの周りの空間に、氷の幕が出現して、弾丸をすべて弾き飛ばした。
「魔法かよ、やっかいだな……」
はじき返される銃弾を見たマーガスの顔がゆがむ。さっさとくたばれはいいものを。マーガスは、めんどくさいことはだいきらいだ。
それでも、リアナとエリザは止まらず、走り続ける。セレナただひとりをめがけて。剣をかざしたリアナは、もうセレナは目前に迫っている。
「ありがとう! エリザ!」
「どういたしまして!」
リアナの背中に隠れていたエリザが、ひょっこりと顔を出す。
そして、リアナはエリザをその場に残して、走り続ける。セレナに向かって。
しかし、マーガスの判断は早かった。続いて、槍を持った騎士に出撃を命じる。
複数の騎馬隊が、セレナに向かい走り続けてるリアナの前に立ちはだかる。
そして、手にした黒く長い槍が、リアナに向かて突き出された瞬間。両手を広げ、力いっぱいエリザは叫ぶ。
「土魔法、趣味の園芸!」
すると、石畳の地面が盛り上がり、リアナの両側に土の壁が出現した。壁で守られたリアナの目線の先に、セレナがいる。
この通路を駆けぬければ、セレナはもう目の前だ。
「リアナ、行って!」
エリザの言葉に、リアナは無言でうなずくと、覚悟を決めて走り出す。
エリザと一緒に帰るためには、復讐を遂げるしかないことを、リアナは確信して、前を向く。
「このメイドが魔法を使ってるぞ! まずこいつを始末しろ!」
マーガスが叫ぶと、騎士達が一斉に、エリザに向かってきた。
怖かったけど、リアナがノーマークになる。好都合だった。
「エリザ!」
リアナは振り返り、一瞬、足を止める。
でも、エリザは心配をかけまいと、必死で作った笑顔を向けた。
「だいじょうぶ! 行って、そして、橋のたもとのリアナの家へ、いっしょに帰るの! あっ……」
そこには、封印の間へ続く、魔王の道がある。そこへ飛び込めば、私たちは無事逃げきれる。
「水魔法、氷の弾丸!」
一斉に襲い掛かってくる騎士を、大雪原の狩りのときにたびたび遭遇したスノーウルフの群れと見立てて、エリザは両手を広げて、氷の弾丸を放つ。
痛みで馬が暴れ、騎士が落馬する。死人は出ていないようだ。
さらに、周囲からひっきりなしに浴びせられる銃弾を、エリザは土魔法を駆使して防ぎ続ける。
「セレナ様を殺そうとする悪魔! 死ね!」
目前まで迫っていたセレナの不敵な笑みは、馬にまたがった複数の騎士に遮られた。そして、その矛先がリアナのすぐ胸の前まで迫っていた。
リアナは剣に力を籠める、体の血が熱くたぎり、剣が振り下ろされる。
「じゃまをするな……」
乗っている馬ごと、胴体が真っ二つになった騎士が、血を噴き出して、地面に転がった。
その様子をみて、観衆かおびえたような声を上げる。
即席の土の廊下を駆けぬけると、そこには、セレナが不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「さあ……、いらっしゃい……、私を殺したくてしかたないのでしょう……」
リアナはふと、遠くの景色が目に入った。ちらつく雪の向こうには、どこまでも続く青空が広がっていた。その向こうには、あの頃の、まだ本当に幼くて、仲が良かった頃の私たち姉妹が、いるような気がした。
冬の空は、どこまでも高く青く澄んでいた。
「さようなら、セレナ……」
リアナは剣を高く振り上げて、セレナを切り付ける。
そして、セレナの邪悪な笑顔を一刀両断した。
セレナの首が、ごろりと地面に転がる。そして、少し遅れて、首から上を失った胴体が、噴水のように血を吹き出しながら、どたり倒れ込んだ。
純潔の象徴だったドレスは、セレナの血で真っ赤に染まっていた。
(つづく)
次回更新予定は、1月17日(日)の予定です。