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26.パレードで人間のクズさに失笑するセレナ

こんにちわ。読んでくれてありがとうございます。

翌朝、行方不明になったアレスの代わりに、随行していたマーガス財務事務官が、巡業の責任者を務めることになった。

 しかし、厄介ごとはすべてアレスに押し付けていたマーガスには、実務能力はなく、苦虫をかみつぶしたような表情で、朝食をとっていた。


「くそっ! アレスの奴、一体どこへ行きやがったんだ! あんなやつはもう首だ!」


 マーガスはテーブルを拳でたたきつけて叫ぶ。スキンヘッドで大柄なマーガスがそうすると、有無を言わさぬ威圧感がある。それは、彼が今まで下に仕事を押し付けてきた中で身に着けた手法でもあった。

 卓上の食器がガシャンと音を立て、朝食のお世話のために、傍らに控えていたメイドのアリシアは、ビクッとして、マーガスから目をそらした。

 アレスに業務をすべて押し付けた形だけの随行で、観光旅行気分だったマーガスは、予想外の仕事と責任を負わされたことで、朝からイラついていた。


「ああ、悪い、びっくりさせてしまったな。無責任な部下を持つと苦労するんでね……」


「い、いいえ……」


 マーガスは目の前のメイドがアレスだったとはつゆ知らず、アリシアに謝ると、収まりがつかないのか、まだ朝なのに、ワインを要求してきた。

 

「おい、ワインをくれ」


「でも……、これから大切なお仕事なのでは……」


 心配するアリシアを、マーガスはじろりとにらみつける。


「メイドが余計なことをいうんじゃない! 何もしないくせに!」


 怒気を含んだその言葉は、あきらかにメイドを蔑むものだった。アリシアも、アレスだった頃には、同じような気持ちを抱いていたので、腹が立つことはなく、逆に憐れみさえ感じた。そして、マーガスをいたわるように、そっとワインを注ぐ。


 今までアレスに押し付けていたことを、全部自分がかぶらなければならないというストレスが、マーガスにお酒を飲ませていた。

 今日だって、巡業の警備のために、きめ細やかに、街中に兵士たちの配置を指示する必要があったのだが、例によって彼は昨年はいったばかりの若い事務官に「きちんとやっておけ」と命じただけだった。それは、指示していないに等しいものであった。

 長年、都合のいい人物を見つけて人に仕事を押し付けてきたので、マーガスの頭の中では誰かに丸投げすることが、仕事をすること、になってしまっていた。


「まあ、例年なにもないのだし、今年もだいじょうぶだろう……もう魔族はいねーし、警備なんて飾りみたいなもんだよ、なあ?」


 マーガスは、自分に都合のよい理屈をつけて安心すると、早く王都に帰りたいと思いながら、またワインをあおる。

 同意を求められたアリシアは、慌てて笑顔をつくろい、当たり障りのない返事をする。

 もうアリシアが気に病むことではないのだから。


「そうですね……、そうだと、いいですね」


 アリシアは、アレスだった頃を思い出しながら、ワインをあおり続けるマーガスを眺めていた。

 そして、こんな人と一緒に仕事してたんだと思い、今ははさわやかな表情で、よく晴れた窓に目をやったのだった。




 でも、アリシアはセレナのことが心配になり、大通りで、パレードの準備で沸き立つ群衆をかき分けて、華な装飾が施された馬車に乗っているセレナのところまで足を運んだ。


「セレナさま、マーガス統括責任者が、街中の警備の指示を怠り、朝からワインばかり飲んでいます。街中はろくに警備がされていない状況だと思います。今日の巡業は中止した方がいいのではないでしょうか」


 両手を胸の前に合わせて、不安そうに見上げるアリシアに、セレナは心配しないでと高台から手を振り返した。


「だいじょうぶよ、私は不死身だから、心配しないで」


「でも、もしなにかあったらと思うと、私は不安でいてもたってもいられません!」


 それでも、アリシアが涙ながらに訴えてくるので、セレナは聖女の微笑みをたたえて、言い聞かせた。


「アリシア、あなたはもう、そんな心配しなくていいのですよ、だってもう、ただのメイドなのですから」


 セレナの言葉は、アリシアを思いやってのことだった。


「でも……、でも……、セレナ様がいなくなったら、私……、これから、どうしたら……」


 両手で顔を覆って泣き出すアリシアに、セレナはとっておきの一言を付け加えた。


「そんな心配より、今日の夕食の献立を考えておいてくれるかしら? アリシア」


 セレナが手を振ると同時に、セレナの馬車がゆっくりと動き始める。

 アリシアは涙をぬぐい、力強くうなずいた。


「はい……、わかりました! きっと、無事に帰ってきてくださいね!」


 アリシアが叫ぶと、セレナは後を向いたままで、手を振ってくれた。きっと夕食に帰ってくることを信じながら、アリシアはその後ろ姿にずっと手を振り続けた。





 祭祀ように飾り付けられた王都の騎士団の隊列の中心に、セレナが乗る馬車が配置されていた。

 沿道は、”薬師の聖女”セレナを一目見ようと、たくさんの人で埋め尽くされていた。

 でも、彼らの目的は、他にあった。


 セレナは、自分の名前を叫びながら手をふる沿道の人々に向かって、次々と、高価な回復薬や治療薬を放り投げる。

 沿道の人たちが、その薬に群がり、そして奪い合いが始まった。

 明らかに薬が必要であろう病弱な人を、健康体の人が押しのけて、薬を奪い取っていく。理由はもちろん、病人に高く転売するためである。

 その様をみて、セレナは失笑を禁じ得ない。


「人間って、本当にクズだなぁ……」


 セレナは、小さくつぶやくと、憐れみを含んだ笑みを、団子状態になっている群衆に向ける。


 ふと前を見ると、道の向こうに、大聖堂が見えてきた。今回の目的地である。そこで、創造神様に祈りをささげて、今回の巡行は終了だ。


「はぁ……、今回はいいおもちゃも手に入ったし、早く王都に戻って、アリシアとベッドでゆっくりと遊びたいわねぇ……」


 頬杖を突こうと思って、セレナは手を止める。いけない、お行儀が悪いわ……。今は”薬師の聖女”セレナなのだから。


(つづく)

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