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24.前夜祭でバカ騒ぎするセレナ

おはようございます。今日も読んでくれてありがとうございます。

その頃、スノーフィールドの町の最高級ホテルの、一番広い会場では、盛大なパーティーが開かれていた。


 バスラ王国の財務事務官であり、今回の巡業の総責任者のアレスは、部屋の片隅の柱時計をにらみつけるように見つめていた。

 時計の針は、すでに23時を指している。

 それでも、スノーフィールドにある最高級ホテルで行われている、”薬師の聖女セレナ様歓迎パーティー”は終わる気配がない。


 来賓や一般客すでに帰っていた。残っているのは、中央のテーブルで、お気に入りの女性メイド数人を侍らせて、バカ騒ぎを続けているセレナ嬢ただ一人である。そして、セレナの一人パーティーはいまだ終わる気配を見せなかった。

 

「ワイン! もう一本! いっちばーん高いやつを持ってきて!」


 セレナがグラスを飲み干すやいなや、とろりとした目で、メイドに指示を出しているのを、アレスはにがにがしそうに見る。

 アレスは40代の平の事務官である。いまさら大成功して出世しようとは思っていない。だが、失敗もしたくはなかった。王都の妻と娘のために、平穏無事に、定年まで勤めあげるのが、彼の唯一つの願いだった。そのあとは退職金で悠々自適な生活を送るのだ。


 そのためには、一大イベントである、この巡業での失敗は許されなかった。

 失敗して、閑職に飛ばされるのであれば、それは彼の望むところであったが、下手をすれば、首になってしまう可能性だってあった。


 セレナがべろべろに酔っ払い、明日の巡業が中止なんてことになれば、聖女のセレナではなく、アレスが管理者としての責任を取らされる。セレナにはいっさいおとがめはないだろう。なぜなら、薬師の聖女セレナは唯一無二の存在。アレスはといえば、いくらでも代わりがいるからだ。

 

「そこっ! ぺちゃくちゃしゃべるな! 仕事中だぞ!」


 すっかり暇を持て余してしまい、壁際で数人集まって、気楽そうにぺちゃくちゃしゃべっていたメイドに向かって、アレスは怒鳴りつける。

 メイド達は一瞬おしだまったが、すぐにまたひそひそ話を始めた。きっと、アレスの悪口を言っているに違いない。


 アレスは変な妄想をして、さらに頭に血がのぼってきたが、これ以上叱責すると、メイドの噂話が、セレナの耳に入り、アレスの評判が悪くなる。

 それは、安定した生活の放棄へとつながる。だから、顔を真っ赤にしながらも、こらえるしかなかった。


──まったく、女はいいよなぁ…、お気楽にぺちゃくちゃしゃべって、面倒ごとはすべて男に押し付けりゃいいんだから…! あ~あ、俺も女になりたいよ!


 アレスはそう思いながら、冷たい水をぐいとあおり、頭を冷やす。本当は明日の不安から、浴びるほどにお酒を飲みたいが、仕事中なので我慢した。

 この会場において、セレナのバカさわぎのおかげで大幅に予算超過している費用と、明日の巡業の不安で、胃を痛めているのは、アレスだけだった。

 セレナも、そしてメイドたちも、すべてをアレスに押し付けて、楽しんでいるように、アレスには思えていた。


 いっそ、自分もメイドになりたい…、とため息をつき、アレスは楽しそうにおしゃべりするメイドを横目に、先ほどメイドから奪い取った「最高級ワイン(一番高いやつ)」を両手に抱えて、ゲラゲラと笑いながら、隣の女性の肩を抱きかかえるセレナに歩み寄る。


「セレナ様、もうそろそろお開きにされては……。明日の巡業に差し支えます」


 セレナは、正面を見据えたまま、すねた様子で、空っぽになっていたワイングラスをいじっていた。

 アレスが見下ろすドレスの胸元は、だらしなくはだけて、セレナの豊満な胸が覗いていた。

 目の前のテーブルは、野犬が食い散らかしたかのように、あちこちに食べかすが散乱しており、とても聖女様の食卓とは思えない。


「それに、すでにパーティーの予算をかなり超過しております……。ここらでお開きになされては……」


 アレスは焦りを押し隠しながら、やんわりとセレナに伝える。

 時間を大幅に超過しているパーティーのせいで、時間外の会場の借料や、メイド達の超過勤務手当、そしてセレナが注文する特別料理など、予定外の出費がかさみ、すでにかなりの予算オーバーである。

 そして、その責任は、すべてアレスに背負わされるのであった。


「だいじょうぶよ、私がいくらでも稼いであげるから」


 アレスの不安をよそに、セレナはお酒で赤らんだ顔に、潤んだ瞳を向けた。

 聖女だけあって、セレナは美しかった。はだけた胸元と相まって、こんなときでさえ、アレスの股間がピクリと反応した。


 セレナに付き合わされているメイドは、両手をひざに重ねて、期待するように、アレスとセレナの会話を見守っている。

 もう日付が変わってしまう時間である。最初は楽しかったメイドたちも、いい加減、セレナから解放して欲しいのだろう。


「それに…、明日、創造神様の面前に出られるというのに、聖女様が二日酔いでは失礼ですよ…」


 アレスは渋い表情で、セレナに告げる。

 すると、セレナはワイングラスを置いて、そっと人差し指で、アレスの股間をなぞった。


「ふふっ…、そんなこといっても、こんなふうに固くしながら説教されても、説得力ないわねぇ……」


「そ、それは…、セレナ様がお綺麗なので、仕方のないことです」


 アレスは、うっとりとした表情で舐めまわすように見上げられて、思わず顔をそらす。

 人生に疲れ切った40代の男を見て、なにが楽しいのかと思っていた。


 すると、何かをひらめいたように、セレナはパシッと手をたたいた。


「そうだ! あなたの望みをかなえてあげる!」


「えっ…?」


 思わす眉を吊り上げる。今のアレスの望みといえば、セレナがさっさと寝てくれること以外にない。

 セレナはアレスが抱えていたワインボトルを奪い取ると、それを自身のワイングラスに注ぎ始めた。

 そして、両手でワイングラスを包み込み、力を込める。

 中に注がれてたワインがぼんやりと光を帯びる。セレナが天啓の能力”薬師の聖女”を使ったときの現象だ。


 光が収まると、アレスは、セレナからワインを差し出された。


「さあ、明日の巡業の景気づけに一気に飲んで! そしたら、寝てあげるから」


 その言葉に、アレスはやっと休めると思い、ホッとしてワインをあおる。


「……、一緒にね」


 セレナがつぶやいた言葉の意味を、アレスはすぐに知ることになるのだった。


(つづく)

ブックマークありがとうございます! とても嬉しいです。継続への励みになります。

次回更新は、1月16日(土)を予定しています。

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