22.魔王と夜のお酒
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魔王は静かにワイングラスをテーブルに置くと、じっとエリザを見つめた。
「で、お前はどうしたいのだ、エリザよ」
すこし目を細めているのは、照明がまぶしいからだろう。いつも薄暗い、封印の洞窟で生活していたのだから。
「えっ……、それは、私が一生懸命面倒を見ますから、ずっと幸せに生きてもらうと思っています」
エリザは魔王をまっすぐに見つめて反論する。
「リアナはお前に対する要求を次第にエスカレートさせていくだろう。暖かい家とお腹いっぱいの食事の次は、お金。ぜいたく品。次は社会的地位を欲しがるだろう。さらにはエリート貴族の男も要求するだろう。人間とはそういうものだ。わがまま放題していたあの女なら、なおさらひどいに違いない。お前はそのすべてにこたえてやれるのか?」
魔王は諭すように、ワインを傾けながら、エリザに語り掛ける。
その言葉に、エリザは押し黙ってしまう。だって、その通りかもしれないと思ったからだ。エスカレートしていくリアナの要求に答えられなくなったとき、リアナは姉セレナにしていたように、冷たい態度でエリザを追放、あるいは魔族として警察に突き出して自身の手柄にするかもしれないのだ。
でも、辛い経験を経て、リアナだって成長しているはずだ。ひきかえに、リアナは心に深い傷を負ってしまったけれど。
リアナだって、もう、過去の自分とは決別しているはずなんだ、とエリザは信じていた。
「それに、だ……、お前の考えているように、中途半端に復讐を思いとどまらせて、リアナはどうなるのだ?」
「えっ……、だから、それを忘れてしまうくらいに、私の魔法と能力を使って幸せにしてあげようと思います」
「それでも、リアナのなかで復讐の炎は、心の底でくすぶり続ける。ふとした時、ふとした瞬間、燃え上がる。セレナを殺してやりたいのだと。あの時、殺しておけばよかったのだと。そして、それは決して消えることはなく、影のようにリアナの人生につきまとうだろう。リアナは自身の復讐の炎にその脳を焼かれ続けて、いずれ死ぬ。この世に未練を残したままでな。お前は、それでいいというのか?」
魔王に問い詰められて、そこまで深く考えていなかったエリザはうつむいた。毎日、その日が幸せであればいい。そしてその積み重ねこそが、幸せにつながるのだと思っていた。
でも、リアナの気持ちを、考えていなかった自分に気が付いた。
生きている間、ずっと過去に苦しめられ続けているリアナ。優しい笑顔の裏に、心の闇を隠して生きるのは、大変なのかもしれない。
「先ほどの剣に込められた憎しみも、すべてリアナ自身のものだ。俺や剣から与えられたものではない。いいか、エリザよ、リアナの復讐を手伝うのだ。それが、リアナにとって、輝かしい人生最後のフィナーレとなるのだからな」
「……考えておきます」
エリザが答えると、魔王がなにかを言いたそうにしながら、目線を少しはずしていた。
「それに……、お前がリアナの世話にかかりきりになると、俺の世話はどうなるのだ?」
「………」
魔王の思わぬ告白に、エリザは返す言葉がない。魔王の心がいまいちよくわからない。でも、人間だって、同じようなものだ。あらゆる感情は、一人の人間の脳に同居しているのだから。喜怒哀楽あるいはその複合、そのすべてを内包しているのだ。
「わかったのなら、もらえるかな、お前の感情のエキスを、ここに……」
魔王から差し出された、新たにワインが注がれているグラスの上に、エリザは人差し指をかざして、その爪の先からエキスを垂らしたのだった。
「やはり、お前の感情エキスの風味は別格だな」
自分の感情エキス入りワインをうまそうにあおる魔王を見つめながら、エリザは、会ったこともないセレナさんには申し訳ないけれど、リアナのために全力でサポートしよう、と決意していた。
それが、結果的には、セレナを殺す手助けになってしまうとしても。
でも、エリザはまだ考え続けていた。セレナも、エリザも二人とも救われる方法を。
「それでは、エリザよ。明日は手筈通りにな。俺は、大雪原の封印の間で、リアナが復讐を遂げるのを、舌を長くして待ちかねているぞ……。失敗したときは、わかっているな? ククク…」
魔王はそう言い残すと、リビングに作り出した、魔王の道の黒い穴に姿を消した。
そこは首ではないでしょうか、と指摘しようと思ったが、あるいみ舌の方が適切かなと思い、エリザは黙っていた。
魔王が姿を消したあとも、エリザは両手で頬杖をついて、ぼんやりとテーブルのワイングラスを見つめていた。
気が付けば、もう9時前である。封印の洞窟で暮らしていた頃は、昼夜逆転していたから眠たくはないけれど、今日はいろいろあって、なんだか疲れている。
それに、明日の復讐計画のことも、エリザには重荷になっていた。
なにしろ500年、たまに魔物の狩りに出かける以外は、規則正しい静かな日々を送ってきたのである。
急にこんなにいろいろなイベントが起こると、さすがに疲れてしまうのであった。
お風呂から上がって下着姿になったエリザは、リビングを消灯して、リアナが寝ている寝室へ向かう。
寝室には、ベッドが2つ並んでいる。そして、ぼろきれを魔法で洗濯して、さらに裁縫の能力で縫い合わせて作ったふかふかの布団がベッドを覆っていた。
リアナは布団にくるまって、気持ちよさそうな表情で熟睡しているようだった。
無理もない、こんなふかふかで暖かい布団にくるまって寝るなんて、実家の薬屋を追放されて以来のことだろうから。
エリザはまるで、リアナのお姉さんのような気持ちになっていた。
起こさないように、そっと自分もベッドに身を横たえた。
エリザがうとうとし始めた時のことだった。
体が締め付けられる感触におどろいて目を覚ます。
「お願い、このまま、じっとしていて…、しばらく、こうしていたいから…」
そっと顔を横に向けると、ランプが照らす薄明りの中で、いつのまにか隣のベッドから移ってきたリアナの瞳が、エリザを見つめていたのだった。
(つづく)
次回更新は、1月14日(木)です。よろしくお願いいたします。
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