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11.クレリアを慕うリアナ

こんばんわ。今夜も読んでくれてありがとうございます。

「くしゅん!」


 12月25日の生誕祭、つまりセレナへの復讐の決行日を明日に控えた朝、リアナは自分のくしゃみで目を覚ました。


 リアナは、ここ最近、自分のくしゃみで目を覚ましてばかりだった。

 かびかびになったドレスの袖で、鼻水を拭う。すきま風のひどいあばら家に住む、ホームレスのリアナにとっては、もうおなじみになった朝の習慣だ。


 薄汚れた低い天井を見て、やっぱり昨日までの出来事は、現実だと知る。

 ずっと目覚めなければいいのにと、リアナはがっかりする。


 外の様子を見ようと、リアナはいやいやながら、布団代わりのぼろきれから身を起こした。

 外れかかったドアを開けると、辺り一面の雪景色が目に入って、やっぱり雪かと、うんざりしてしまった。


 こんな日は、家で暖炉の日に当たりながら、温かいミルクを飲んで過ごすに限るのだけど、それは、リアナにとってはもう、かなわぬことだった。


 肩まで伸びた黒が勝った茶色のぼさぼさ頭に、物はいいが汚れ切って悪臭を放つドレス。そして、素足で雪の上に立っていた。


 ごみをかき集めてつくった橋の下のリアナの家は、スノーフィールドの冬を越すにはあまりに粗末なものだった。


「お父さん、お母さん…」


 リアナはしばらく空想にふけっていたが、しばらくして夢から覚めたように、肩まで伸びたぼさぼさの頭を激しく振った。


「こんなことになったのも、姉の…、いえ、セレナのせいなのよ…!」


 あかぎれだられの拳をふるわせながら、リアナはその場で立ち尽くす。


 顔を上げると、もさもさと雪が顔面に降り注いでくる。

 両脇には、ホームレスに落ちぶれたリアナを見下すように、高級そうな洋館が並んでいた。


「復讐よ…! セレナを殺してやる。そして、私から奪い去ったものを、全部返してもらうんだから!」


 これまで、なんど川に飛び込んで死のうと思ったかわからない。

 でも、姉セレナへの恨み、自分を捨て去った世界への恨みが、リアナをこの世につなぎとめていた。




 

 夕方、リアナは、同じ橋のたもとに住む、ホームレスのクレリアの家を訪れていた。

 家とはいっても、もちろん、リアナのあばら屋と大差ない。

 壁は薄くて、あちこちから隙間風が吹き込んでくる。


「はい、クレリアさん」


 リアナは、教会から配られた、パンとミルクを、高熱で横たわるクレリアに差し出した。


「ありがとう…、たすかるわ…。こんな体だから、行けなくて」


 起き上がろうとするクレリアを、リアナはあわてて手で制した。


「いいんです。困ったときはお互いさまですから」


 リアナの笑顔を見て、クレリアは安心したように目を閉じる。

 クレリアは40代半ば。生きていれば、リアナのお母さんと同じぐらいの年齢だ。

 背恰好や雰囲気も、リアナのお母さんによく似ていた。

 そして、リアナがスノーフィールドの町に命からがら逃げてきたときに、クレリアに、助けてもらったのだった。


 教会での配給や、市場やレストランでの残飯集めなど、ホームレスとして生きていく術を、クレリアから教えてもらったのだ。

 まるで本当のお母さんのように、優しく、手取り足取り教えて、面倒を見てくれた。


 とはいえ、クレリアだって、生まれたときからホームレスだったわけではない。

 クレリアは、このスノーフィールドで薬屋を経営していたのだが、安価で高性能なセレナの薬に圧倒されて、経営が悪化し、多額の借金を抱えたまま廃業を余儀なくされたのであった。

 そして、収入がなくなったクレリアは、お店も住むところも失い、この橋のたもとへたどり着いたのだった。

 

 クレリアは、自分で調合した薬を飲んでいたけれど、劇的な効果は得られなかった。

 このまま熱が下がらなければ、死んでしまう。それは、薬学の勉強をおろそかにしていたリアナにさえ、予想できた。


 リアナは、苦しそうに肩で息をするクレリアの前で、悔しくなって、こぶしを握り締めた。


──セレナの治療薬さえあれば…。


 天啓の才能、”薬師”によって生み出される、聖女セレナの回復薬は、常識では考えられない効果を秘めている。

 一口飲めば、間違いなくあっという間に治るだろう。


 問題は、今のリアナにそれを買うお金がないことである。

 セレナしかつくることのできない薬は、いくら値段を吊り上げても、その効果のおかげで飛ぶように売れ続けている。バスラ王国の収入源の柱の一つになるほどだ。

 だから、値段が途方もなく高い。一部の貴族や聖職者、あるいは大物政治家や大商人しか購入ができないものになっていた。


「リ…リアナさん、病気がうつっちゃうといけないから…、もう、帰りなさい…」


 こんなときでも、自分の心配をしてくれるクレリアをみて、リアナは、薬局からセレナの薬を盗もうと決意していた。


「待っててね。すぐ、もどるから」


 リアナはクレリアの家を出ると、覚悟を決めるかのように、ギュっと唇をかみしめて、走り出した。


(つづく)

次回更新は、1月9日(土)を予定しています。

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