10.魔王とサンダーバード
おはようございます。読んでくれてありがとうございます。
500年の間に、地上へ食料を狩りに行くたび、何度となく往復したらせん階段。
エリザは魔王と一緒に、階段を昇っているこの現実が、嬉しかった。
階段を上り切ると、まっくらで平面な空間に出た。
エリザは魔王の前に出て、手に持っていたランプをかざした。
洞窟の天井からは、細長くとがった岩が無数に突き出している。
地上へ出るたびに通り慣れているとはいえ、ごつごつとした岩につまずき、エリザは転びそうになった。
地面すれすれで、エリザの体を魔王の腕が抱き留める。
「あ、ありがとうございます」
もう一人じゃないんだと、エリザは潤んだ目で魔王を見つめた。
魔王はエリザを地面に立たせると、何事もなかったように歩き出す。
「大切なガイドに怪我されても困るからな」
ガイド? どういう意味なんだろう。
エリザが深く考える間もなく、目の前に真っ白な光が飛び込んできた。
洞窟を出ると、雲一つない青空の下で、一面の大平原が輝いていた。周囲には雪をかぶった山脈がそびえている。
北の最果てのこの場所で、こんなにいい天気なのは、年に両手で数えるほどしかない。
時間を忘れて、景色に見とれていると、魔王の手が肩に触れて、エリザは振り返る。
魔王の冷たい微笑みが、山の向こうを見据えていた。
「さて、どうやっていったものか」
北の大雪原は、ちいさな大陸ほどの大きさがある。
人間が一度迷い込んだら、まず無事で出ることはできない。
魔王やエリザなら歩いていけないこともないが、途方もない日数を歩くことを、このめんどくさがりの魔王がするとは思えない。
「魔王様の闇魔法で、なんとかならないのですか?」
少しでも魔王の助けになればと思い、エリザは提案してみる。
「魔王の道は行く先にゲートを作らなければならない。そして、500年前にあったゲートは、長い時間を経て、すべて失われている」
魔王はそれ以上言わなかったが、魔王の道が消えてしまったのは、管理が悪い自分のせいかもと思い、エリザは一生懸命解決策を考え続けた。
「それなら…、えーっと…」
頭をひねるが、よい考えが浮かぶはずもない。
考えながら、空を見上げると、巨大な影が空を横切った。
隣で魔王が身構えるのが、エリザにはわかった。
「ふふ、いい乗り物がやってきたな」
魔王は飛び上がると、その巨大な白い影を追う。
エリザは魔王の声に耳を澄ませる。
巨大な白い影は、この辺りに生息する、巨大な白い鷹だった。羽を広げた大きさは、5メートルほど。
全身真っ白な羽毛に覆われ、目は赤くそして鋭い。
500年前は知性があり、言葉も理解したが、魔王がいなくなり、ただの巨大な動物に成り下がっていた。
魔王を獲物だと思ったのか、白い鷹は旋回して、魔王めがけて突っ込んできた。
「あわれな…、バカになり下がったか。俺の下僕として生まれかわるがいい」
魔王は上空で微動だにせず、白い鷹に向かい、右の手のひらを突き出した。
「闇魔法、魔族転生!」
魔王の手から黒い闇が放出され、それが突っ込んできた白い鷹を飲み込んで、消し去ってしまった。
一仕事終えた魔王は、エリザの下へと降りてきた。
「あの…、さっきの鳥はどこへいったんですか?」
「お前の目の前にいる」
エリザは正面に目を移すと、雷のような色をして、青い瞳の大きな鷲が、行儀よく羽を閉じて、こちらを見つめていた。
魔王は飛び上がり、エリザをよそに、さっさとその背中に乗ってしまった。
「俺の下僕として、魔族として転生させた。サンダーバードだ。さあ乗れ」
「は、はい…、うぎゃああああああああ!」
魔王にせかされ、その体に手をかけると、衝撃から体を駆け巡り、エリザは悲鳴を上げた。
間違いない、これは電撃だ。人間だった頃に、海で電気クラゲに触ってしまったときと、同じ感触。
でも、それとは比べ物にならないほど、強力で、人間なら間違いなく死んでいただろう。
「なに遊んでるんだ。さっさと乗れ、俺は腹ペコなんだ」
「で、でも、体がしびれて…」
すると魔王はあきれたような顔で、雪の上でうずくまっているエリザの下へ飛び降りてきた。
そして、その真っ黒な背中を向けてかがみこむ。
「乗れ」
「え、いいんですか?」
「エリザの丸焼きなんて、おいしくなさそうだからな。特別に背中に乗せてやる」
おんぶされるなんて、子供の頃以来で、なんだか恥ずかしいけど、サンダーバードにおんぶされて、電撃を受け続けるよりはよっぽどマシだ、
エリザは思い切って、魔王の背中に手をかけて、そして体全体を預けた。
魔王は飛び上がり、エリザをおんぶして、サンダーバードの背なかに舞い戻った。
「さあ、どこへ行ったらいいんだ? ガイドを頼む。間違ったら殺すぞ?」
魔王が振り返る。おんぶされているので、その鋭い眼光とすっきりした冷たい表情が目前にあった。
間違えてはいけないという緊張と戸惑いに、エリザは意識的に、遠くの景色に目をそらす。
「500年前の記憶だと、まっすぐ南に行った、大雪原の入り口辺りに、スノーフィールドという町があったはずです」
「なら、そこへ行くとしよう」
魔王が命じると、サンダーバードは空高く舞い上がり、山脈を超えて、まっすぐ南に飛び始めたのだった。
魔王が風を受け止めてくれたので、エリザは、あまり寒さを感じなかった。
(つづく)
次回更新は、1月8日(金)午後6時です。




