8. ダライ様との距離
「どうでしょうか。ダライ様」
「ダフッ!」
王へ謁見する当日の朝、私は実家から持参したチャド族の衣装を身に纏ってダライ様の前に立った。
ここは王都にあるダライ様のご自宅で、港町を出た昨晩はこちらでお世話になった。石造りのシンプルな邸宅だが、私の住む洞窟が丸々入りそうな大きさだった。ご両親も使用人の皆さんも、礼儀正しく真面目そうな人たちだった。
……良いところのお坊ちゃんなんだろう。益々、ご迷惑をおかけして申し訳ない。
ダライ様のためにも、王との謁見は絶対に失敗できないぞ、と私は気合を入れて着替えた。普段は一つに結んでいるだけの髪も高く結い上げて、化粧もする。
今生ではお洒落をする機会はほとんどなかったが、前世ではお洒落は大好きだった。可愛い服に身を包んで、メイクをするとテンションが上がる。
ドキドキとワクワクが入り混じった気持ちで、私はダライ様の前でクルリと回った。
ところが、目いっぱい着飾った(つもり)の私を見て、何故かダライ様は「ダフッ!」と噴き出して後ろを向いてしまったのだ。
「その服では駄目です……!」
「!?」
ちょっと……いや、かなり傷付いた。
似合う似合わないは別として、この膝丈のワンピースタイプの白いドレスは、お父様やお母様が精一杯尽力して誂えてくれた一張羅なのだ。それを一目見て笑うとは、失礼にもほどがある。
少しくらい褒めてもらえるかと期待していただけに、私は怒りと悔しさと恥ずかしさが混じって感情が高ぶり、ぶわっと涙が込み上げてきた。
自分の事を笑われるのは我慢できるが、私の国を侮辱するのは許せない……!
「笑わないでくださいませ! お金持ちのダライ様から見たら粗末な衣装かもしれませんが、この服一枚でチャド族の何人分の服が作れると思っているのですか!? 失礼ですよ!?」
「なっ……! 笑ってなどいない! ななな泣かないでいただきたい!」
ワタワタと慌ててダライ様が何か言っているが、よく聞こえない。
いい年をして情けないが、涙が止まらない。
見知らぬ国で唯一の保護者であるダライ様と意思疎通が上手くいっていなかったことへのストレスが、思っていたより蓄積していたようだ。
私は堰を切ったように泣き喚いた。
「だいたい、ダライ様は私と目を合わせてくださらないではありませんか! 確かにチャド族は野蛮で無知な一族ですけど、馬鹿にされるほど愚かではありません! 私だって、ダライ様のお役に立とうと頑張っているのに……お菓子も一口しか食べて下さらないし! まずいなら、まずいと言えばいいじゃないですか! 無反応って一番堪えるんですよ!? 沢山ご迷惑をおかけしている自覚はありますが、これから挽回しようって気持ちを削ぐのはお止めください!」
服の話からお菓子の話に飛び、更にダライ様批判になってしまった。
最悪だ。
ダライ様を怒らせただろう。呆れさせ、失望されたかもしれない。だけど、ダライ様の態度に問題があるのは事実だ。お金持ちのお坊ちゃまだからと言って、貧乏人を笑っていいはずがないのだ。
足の力が抜けた私は、その場に崩れ落ちた。両手で涙を拭うが、いっこうに止まらない。
「ダライ様なんて……大嫌いですっ!!」
「………………!」
がたん、と大きな音がした。
「? ……!」
見ると、ダライ様が膝を突いて、無言でハンカチを差し出している。相変わらず不機嫌そうな表情だが、その目はしっかりと私に向けられていた。
ドキッと、心臓が跳ねる。その衝撃で、涙が止まる。
「ダ、ダライ様……?」
「……その……本当に笑ったりなどしていません。あなたが余りにも魅力的なので、直視できなかったのだ」
「………………うぇ?」
よくよく見ると、ハンカチを差し出すダライ様の手は小刻みに震えていた。
不機嫌そうに眉を寄せて睨んでいる様に見える目元も、少しだけ尖った耳も、赤く染まっている……気がする。
「チャド族の衣装は……と、とても美しい。ですが、そのように太ももまで見える衣装の若い女性を、王の御前に連れて行くことは出来ません」
『目のやり場に困るので視線を外したいが、目を合わさないと泣かれるのでどうしたらいいか分からない』と、顔の横に注釈が出ていそうな様子で、ダライ様が震えている。
「え……!? そんなはずありません! このドレスは膝丈だったは……ず!?」
ダライ様の指摘を受け、思わず立ち上がって丈の長さを確認した私は愕然とした。
半年前に15歳の誕生祝いにと作った衣装はすっかり短くなっており、足の付け根と膝の中間くらいの丈になっていた。サアーッと血の気が引く。
「ええええ!? 短っ! せ、成長期!? 怖っ!」
「めめめめくって確かめないでください! 殺す気か!?」
ついに、ダライ様が床に伏せた。
普段の恰好はもっと露出が多いので私としてはどうという事もないのだが、確かに、ギガン族のお坊ちゃまからすれば破廉恥なのかもしれない。
(ヤバイ! 私、完全に痴女だと思われた!?)
ダライ様への数々の暴言を思い出し、私は顔面蒼白になる。
「侮辱罪とわいせつ物公然陳列罪で死刑ですか!?」
「何だそれは!?」
その後、大人しくなった私はダライ様の使用人達にピカピカに磨きあげられて、ダライ様が用意してくれた衣装を纏い、ダライ様の騎獣に乗って王城へ向かったのだった。
(……ううう。申し訳ない)
穴があったら入りたい。穴が無ければ掘ればいいのよ。そうよ、穴を掘ろう。弓はどこかしら。
「騎獣の上で暴れないでください」
「うう……すみません……」
丈の長いスカートのため、十五メートルはありそうな土竜の上で横座りになった私を後ろからダライ様が支えている。何とか腹筋と背筋を総動員して真っ直ぐ座っているつもりだが、土竜が揺れる度に私の左腕がダライ様の胸に触れて心臓に悪い。
「王に謁見するのですから、緊張なさるのは分かりますが……その、何というか……もう少し力を抜いてもいいのですよ?」
「い、いえ! 頑張ります!」
あんなに出鱈目に理不尽に泣き喚いた女相手に、ちゃんと紳士的に対応してくれるダライ様はマジで神ではなかろうか。
チラリ、と横目で見上げると、ダライ様は相変わらず硬い表情をしていたが、私の視線に気付いて少しだけ口元を緩ませてくれた。
(わ、笑った……!? 分かりにくい!!)
結局、私はダライ様を正面からまともに見ることが出来ないまま、王城へと辿り着いた。
「リリ姫」
土竜から降りる時、私の手を取りながらダライ様が小さな声で名前を呼んだ。私と目が合うと、キリッと目元が険しくなった。
(あ……もしかして照れてる……?)
少しだけ、顔を赤く染めて。
少しだけ、早口になった低い声で。
「とても、お似合いです。……あなたは美しい」
「……ありがとう、存じます」
私は、上手く笑えただろうか。
色々反省すべき点も多いが、ダライ様と、ほんの少しだけ距離が縮まった気がした。
ブックマーク、評価、感想等、ありがとうございます!
衝動的に怒りをぶちまけると、大概反省することになります。
でも、抱え込むだけだと、後々後悔しますよね。
バランスが難しいですね。大人って大変。
次回は、王との謁見です。ではでは!