7. 巨人族の王子 ゼダ
(エルフの青年 ゼダ目線)
俺の名はゼダ。
祖父が高名なエルフだったらしく、エルフ族だけでなく巨人族からも一目置かれる、生まれながらの王子だ。
今でこそエルフとの混血は珍しくないが、ほんの100年程まではこの国にはエルフが居なかった。当時は魔王が討伐されたばかりで、このネコール王国では魔王や魔族によって土地が荒らされたせいで食料がなく、体が大きく短命なギガン族は滅びる寸前であったらしい。僅かに残った者達が飢えと戦いながら細々と生きているだけであり、とても「王国」とは呼べない状態だったと聞く。
その状況を嘆いた当時の王は、長命で魔力の強いエルフに助けを求めた。エルフならば、何か強力な魔術や魔道具でどうにかしてくれるのではないか、という淡い期待を抱いてのことだった。
だが、エルフ達は巨人族に手を差し伸べるどころか、「さっさと滅びろ」と言わんばかりの対応だったらしい。
元々、美意識の高いエルフは、人間族や妖精族といった比較的見目の良い種族以外には関心が無く、そればかりか巨人族やドワーフ族を獣扱いする者もいたくらいだ。
遥か遠いエルフの国まで命懸けで旅をした王は、エルフから足蹴にされ、落胆のあまりその場で力尽きたそうだ。
そのことを聞きつけ、巨人族に力を貸してくれたのが祖父だった。
祖父はありったけの魔力を放出し、焦土と化していたネコール王国に緑を蘇らせ、人々や獣たちの怪我を癒した。更に、ギガン族の寿命が20年しかないと知った祖父は、エルフの血を混ぜることを提案し、王に即位したばかりの女王と自ら婚姻を結び、現在の王である俺の父ゼノが産まれた。
祖父はエルフの女王アルシノエの父でもあったため、女王の弟にあたるゼノに不自由があってはならないと、エルフの国から数名のエルフが護衛や世話係としてネコール王国に派遣された。
その際、「ゼノ様のお世話をするためには、エルフの血を持つ巨人族がもっと必要だ」と考えた忠誠心の強いエルフ二名が一時的に巨大化する魔術を用いて巨人族と交わり、子を成した。現在のギガン族の半分以上は、その子孫にあたる。俺の友人である文官のダライもその一人だ。
エルフ族と巨人族では性質が違い過ぎることも有り、エルフの特徴である「長命」と「高い魔力」という恩恵を受けたのは祖父の血を受けた父と俺だけだが、他のエルフとの混血達もそれなりの寿命と容姿、知性に恵まれた。純血のギガン族と比べて体格や筋力に劣ることはあるが、滅びかけていたこの国が持ち直したのは彼らの尽力があってこそだ。
純血のギガン族はその内いなくなってしまうだろうが、それも仕方のないことだろう。
「おい、ゼダ! 聞いてくれ! ダライがおかしい!」
「お前以上に? 重症だな」
「聞こえてっからな!? 心の声!」
俺が一族の未来を案じて物思いに耽っていると、ドガドガと足音が近づいて来た。友人の一人でガッツという。純血の巨人族であるガッツはまだ5歳だが成長が早く、人間で言えば20代半ばくらいに相当する。
単純だが戦闘力は高く、ネコール王国でも有数の戦士だ。
「お前、ぜってえ俺の事馬鹿にしてんだろ!」
「はは。で、ダライがどうしたって?」
「あ゛? ……ああ、おう……」
若干、何をしに来たか忘れかけていたガッツが言うには、チャド族の住む『トルク王国』に使者として出掛けていたダライの様子が「おかしい」のだそうだ。
「ぼーっとして壁にぶつかるし、食欲もないし、ため息ばかりついてやがる」
「ほう?」
「この間は、女物の服やら宝石を買い漁っていたらしい」
「ふむふむ?」
「それに、さっきはブツブツ言いながら木に抱き着いていたんだぜ? こいつはヤバイと思って引き剥がしたら『はっ! 木か! どうりで硬いと思った』とか言って、フラフラどっかに行っちまった。……どう考えても病気だろ!? あいつ、死ぬのか!?」
「死ぬな」
「うがっ!」
ダライー! 死ぬなあああ! と泣きながら去っていくガッツを微笑ましく見送りながら、俺はニヤニヤと口角が上がる頬を押さえつけた。
ダライがチャド族の姫を連れて戻って来たのは先週の事だ。
リリという名の姫は船酔いのせいで身動きが取れず、港町の宿屋で養生しているのだという。ダライは城と自宅と宿屋を目まぐるしく行き来しているらしい。
(あの、堅物のダライに春到来か?)
旅から戻ってすぐに王に謁見したダライが「チャド族の姫をレダコート王国に嫁がせるのは無理であり、代わりに弓を我らに教えるということで話がつきました」と言いだした時には、その場にいた全員が「?」と首を傾げた。
嫁げないのは仕方ないとして、そこで何故「弓を教える」に繋がるのかが分からない。確かに、一昔前のギガン族で弓を使う者はいなかったが、今のギガン族は普通に弓を使える。エルフの得意武器は弓だからだ。そもそも、体の小さなチャド族が使う弓など、ギガン族に扱えるはずがない。
ダライらしくもない、と誰もが思ったが、ダライがリリ姫に懸想したとなれば話が繋がる。
(ダライのやつめ。惚れた女と離れがたくて攫って来たか。……やるじゃないか)
俺はあのダライを狂わせたリリという女に興味が湧いた。
一.普通の女なら、客人として丁重にもてなし適当に弓の相手をしてやって国に返す。
二.悪女ならば、二度とその気が起きないほどに(精神的に)痛めつけて国に返す。
三.ダライに相応しい女なら、ギガン族に迎え入れる。
そんな三択を考えながら、俺は姫のいる宿屋に向かった。
どんな女か、直接会って調べる必要がある。
だが、巨人族の姿では警戒されて本心を見せないかもしれない。
逡巡した挙句、俺は魔法で体を小さくし、エルフとして会うことにした。
宿屋に着くと、女将やシェフたちが珍しく食堂で寛いでいた。この『大鷲亭』はこの町で一番大きなギガン族向けの宿屋であり、俺も何度か利用したことがあった。そのため女将たちとは顔見知りである。
女将にリリ姫は何処かと尋ねると、絶妙に微妙な顔をされた。聞けば、台所で菓子作りをしているらしい。
男を落とすのに菓子を作るとは、ずいぶん古典的な手を使うじゃないか。と、半分呆れながら俺は台所へと向かった。女将やシェフからしつこく止められたが、大事な友人の未来がかかっているのだ。この目でリリ姫とやらを確かめなければならない。
「フッフフ フフフン フンフンフン」
台所の扉を開けようとドアノブに手をかけた時、中から歌の様なものが聞こえた。音程がありそうでなさそうな、絶妙にむず痒い感じだが、声は明るく楽し気だ。相手に気が付かれないようにそっと扉を開けて侵入し、俺は作業台の陰から声の主を見上げた。
「わあーい! 久しぶりのお料理、たーのーすぃーいー!」
「!?」
思わず、声が出そうになった。
長くて適度に引き締まった褐色の手足。
腰まで届く翡翠色の髪。
机の下から見上げているため顔は確認できないものの、クルクルと楽しそうに動き回る女は、とんでもなく破廉恥な恰好をしていた。
(女将が言っていたのはこれか!)
何故か女将やシェフたちに執拗に「行かない方がいい!」「目に毒です!」「チャド族とは文化が異なるのです!」「行くなあああ!」と止められたのだが、得心が行った。おそらく、彼女は今、チャド族の服を着て調理をしているのだ。体の大きな巨人族にとって、高価な布を沢山使った衣装を纏うことは最高の贅沢だ。そのため、どの部族も男は腰のみ、女も胸と腰元を隠す程度の服しかない。ギガン族はエルフの美意識が許さないため、金がかかってもある程度体を覆う服を着るのが常識になっているが、田舎に行くと裸同然で暮らしている者も多い。
この女も、非常に丈の短いショートパンツと、「それ意味あんのか?」と言いたくなるような長さのタンクトップを着ているだけだ。正直な所、この高さから見上げると色々ヤバイ。
上を見ると形の良い胸が丸見え(ギリギリで大事な所が見えないのがツボ)だし、正面を見ていても艶めかしい太ももが行ったり来たりと忙しなく通り過ぎていく。
彼女はよほど菓子作りが楽しいのか、下手な鼻歌を口ずさみながら時々ステップを踏んでいる。細く長い足が跳ねるたび、女性慣れしているはずの俺の心臓も跳ねまくる。
(これは……ダライには辛いな!)
うっかり伸ばしそうになる右手を左手で押さえながら、俺はなるべく距離を取って彼女の調理が終わるのを待つことにした。うん。いい眺めだ。
「できたー!」
しばらくすると、彼女が少し屈んでオーブンを開けた。中にはきつね色に焼かれたクッキーが大量に並んでいる。
ふわっと、香ばしい良い匂いが辺りに漂った。
「へえ。旨そうだな」
もういいだろう、と俺は机の下から顔を出した。
「きゃあ!」
「危ない!」
驚かすつもりはなかったのだが、彼女は盛大に驚き、手にしていた鉄板からクッキーが派手に舞い上がった。俺はとっさに重力魔法を使い、空中にクッキーを固定した。
「ふう。間に合ったか」
「え? ……えええええ!?」
俺の存在に気付き、彼女が振り返った。エルフが居るとは思わなかったのだろう。ポカンと動きが止まってしまっている。俺が苦笑しながら魔法を駆使してクッキーを鉄板に戻すと、彼女は慌ててコンロに鉄板を置いた。俺が謝ると、彼女は急にしゃがみ込んだ。
正面から、視線が合う。
ギュッと、内臓が搾り上げられるような感覚がした。
間近で見る彼女は、エルフ族にもギガン族にも居ない顔立ちをしていた。
「こちらこそ驚いてすみません。誰もいないと思っていたので」
視線を合わせたうえで、きちんと頭を下げる姿は品があり、教養を感じさせる。柔らかな物腰も、耳に心地よい落ち着いた声もとても魅力的だ。
(なるほど、グランがおかしくなる訳だ)
「噂には聞いていたが、美しいな」
「え? えええええええ!?」
俺が思ったことを口にすると、彼女はひどく狼狽した。
褒め慣れていないのか、ミトンを付けたままの手で顔を隠し、丸まってしまった。
いやいや、チャド族とは思えない大きな体で猫みたいに丸まられても……うん。それはそれで可愛い。困ったな。
俺は動揺を隠すために、魔法でクッキーを一つ手繰り寄せ、齧り付いた。さっきチラリとみえた時に見えた、割れているものを選んだ。一瞬、毒見を忘れていたことを思い出したが、クッキーの美味さに警戒心が吹き飛ぶ。
「美味いな!」
思わず叫ぶと、彼女は嬉しそうに説明を始めた。紅茶の茶葉を使っているらしい。
外見を褒めた時には丸まってしまった彼女だったが、クッキーを褒められて気を良くしたのか、はたまた俺を小さなエルフだと認識して気を許したのか、急に饒舌になった。
ニコニコと、大人びた顔を破顔させて無邪気に笑うギャップが良い。
それとなく、ダライの事をどう思っているのか探りを入れると、「怖い」と返事があった。どうやら、彼女には悪意も下心もなく、一方的なダライの片思いらしい。
ならば、と、試しに「エルフみたいな巨人族ならどうか」と訊くと、リリ姫は一瞬目を丸くした後、弾けるように笑った。
「ふふ。それ、面白いですね! 私、生まれ変わったらエルフになりたかったくらいなので、素敵です」
リリの笑顔に、俺の胸が疼く。こんな感情は久々……いや、初めてだ。
(すまないな、ダライ。リリは俺がもらうぞ……!)
俺の中で、先に決めていた三択の内容が書き換えられた。
(修正前)
一.普通の女なら、客人として丁重にもてなし適当に弓の相手をしてやって国に返す。
二.悪女ならば、二度とその気が起きないほどに(精神的に)痛めつけて国に返す。
三.ダライに相応しい女なら、ギガン族に迎え入れる。
(修正後)
一.全力で惚れさせ、俺の妻にする。
二.三はない。……一択だ!
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今回は、ギガン族の王子ゼダ君のターンでした。
副題は「ゼダ、本気だすってよ。ダライ、頑張れよな」でした(笑)
地元じゃ非モテでしたが、ギガン族にはモテまくりのリリ姫様です。
ではでは!