表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/23

6. 謎のエルフに油断しまくりました

 ネコール王国の宿屋でお世話になること7日目。

 かなり体力が回復した私は、趣味とダライ様や女将さんへのお礼も兼ねて何かお菓子を作ることにした。これでも私は、前世ではパティシエとして働く予定だったのだ。今世でも色々作ってみたかったのだが、トルク王国では小麦粉や砂糖は高価であまり手に入らなかったことや、チャド族に合わせて作ったキッチン道具は私の手には小さすぎて料理らしい料理が出来なかった。

 だが、ここは私サイズの巨人が住まう金持ち国家ネコール王国!

 宿屋の台所には、巨大なキッチン道具に加え、卵にミルク、バター、小麦粉、そば粉、砂糖、ラム酒、種々のフルーツが揃っていた。


(やるしかないでしょ!)


 私は女将さんに許可を得て、「昼食後から夕食を作り始める前まで」という条件で台所を貸してもらえることになった。国から沢山滞在費をもらっているので、材料は好きなだけ使っていいと夢の様なお許しも頂いた。


(ふふふん。何を作りましょうか)


 時間は4時間しかないので、あまり手の込んだものは作れない。今世で初めての手料理になるし、上手くいくかも分からない。


(よし! 基本のお菓子と言えばクッキーでしょ)


 とりあえず、練習がてらクッキーを焼いてみることにした。クッキーはこちらの世界でも普通に食べられている。ダライ様が甘い物が好きかは不明だが、クッキーくらいなら大丈夫だろう。念のために、砂糖の分量を変えて二種類作ることにした。

 女将さんからオーブンの使い方を教わって、私は早速クッキー作りに取り掛かる。


(凄ーい! この卵割りやすい! ダチョウの卵かな? ニワトリサイズだと指で摘まめないんだよね!)


 女将さんや他の料理人さん達は休憩時間らしく、台所には私以外誰もいない。

 フッフフ フフフン フンフンフンと、前世の某お料理番組のテーマソングを歌いながら、私は手際よく作業を進めた。


「フフフフフンフン チャーラン! できたー!」


 オーブンを開けると、香ばしい良い匂いが台所に漂った。

 ミトンを嵌め、火傷に注意しながら鉄板を取り出すと、中々いい具合に焼けたクッキーが美味しそうに並んでいた。所々焦げたり割れたりしているが、初めてにしては上出来だ。


「へえ。旨そうだな」

「きゃあ!」

「危ない!」


 突然背後から声をかけられて、私は飛び上がってしまった。その反動で焼き立てのクッキーが宙を舞う。


「ああああああああああ!」


 スローモーションのように落下していくクッキーたちを眺めながら、鉄板を持ったままの私は悲鳴を上げることしか出来ない。


 さよなら、クッキー! と諦めかけたその時、ピタッと空中でクッキーの動きが止まった。


「ふう。間に合ったか」

「え? ……えええええ!?」


 振り返ると、そこにはエルフの青年が立っていた。故郷のトルク王国のエルフとは色彩の異なる、初めて見るタイプのエルフだ。だが、その顔立ちには見覚えがあった。ゲーム『聖女の行進』の攻略対象キャラである大魔術師リーン様(通称 エロエロフ)にそっくりだったのだ。リーン様よりもややがっしりした体格なので別人だと分かったが、控えめに言ってもモロタイプだ。ドストライクだ。え? 幻なの?


 思いがけないエルフの出現に、私はポカンと口を開けたまま立ち尽くした。


 エルフはニコリと微笑むと、立てた右手の人差し指をクルクルと回した。すると、空中で動きを止めていたクッキーが、礼儀正しく鉄板の上に戻っていった。


「魔法!?」


 私はようやく理解が追い付き、慌てて鉄板をコンロの上に置いた。大丈夫だ。被害は出ていない。


 ふう、と私が安堵のため息を漏らすと、リーン様似のエルフは「はは!」と爽やかに笑った。


「急に声をかけて悪かったな」

「いえ、こちらこそ驚いてすみません。誰もいないと思っていたので」


 私はエルフと目線を合わせるために勢いよくしゃがみ込んでから、頭を下げた。


「ふぅん。……なるほど」

「?」

「噂には聞いていたが、美しいな」

「え? えええええええ!?」


 思ってもみなかったエルフからの褒め言葉に、全身がかあっと熱くなる。元々、褐色の肌なので気付かれてはいないだろうが、きっと色白だったら真っ赤になっているに違いない。


 社交辞令だとは分かっていても、大好きなキャラクターと同じ顔で「美しい」と言われて嬉しくないはずがない。


(ヤバイ! 顔がにやける!)


 私は必死でミトンを付けたままの手で顔を隠し、背を丸めた。心臓が有り得ないほど早鐘を打っている。今死んだら、死因は『照れ死』だ。


「ん。熱っ……美味いな! 変わった味だが、何が入っているんだ?」


 質問されたので顔を上げると、私を『照れ死』寸前まで追い込んだ本人は、褒めることも相手を『照れ死』させることにも慣れているのか、気にする様子もなく無断でクッキーに齧り付いていた。どうやら遠慮のない性格らしい。


「あっ、それは紅茶の茶葉入りなんです。砂糖を控えめにした分、香りを良くしようと思って」

「ほう。俺は甘いものは苦手なんだが、これはイケるな。……この体だと一枚で腹いっぱいになるな……失敗した」


 ブツブツと最後は独り言を呟きながら、エルフはクッキーを咀嚼している。勝手に食べられたのは想定外だったが、ちゃんと割れたやつを選んでくれたみたいなので一応気は使ってくれたらしい。それに、初めての作品を褒められたことは素直に嬉しかった。


「エルフ様は、この宿にお泊りなのですか?」


 気を良くした私は、エルフにニコニコと話しかけた。大きなクッキーを両手に持って齧りついている姿が、ハムスターみたいでちょっと可愛いと思ってしまったこともあり、自然と笑顔になる。


「……いや。知り合いが来ていると聞いて、寄っただけだ。いい匂いに釣られて台所に来てみたら、あなたが楽しそうに歌っていたから様子を見ていた。オーブンを開けたので、完成品を見てみたくなって声をかけたんだが、危うく台無しにするところだったな。悪かったな。次からは気を付ける」


 あ、次もあるんだ。とは声に出さず、私は「気になさらないでください」と笑った。それよりも、一人歌謡ショーを見られていたのかと思うと、ちょっと恥ずかしい。自慢じゃないが、音痴なのだ。


「姫はいつまでここに居るつもりだ?」

「そうですね。腕立て伏せも100回は出来るまで回復しましたし、あと2、3日もすればいつも通り動けるようになると思います。あとは、王様のご都合で……え? 姫?」


 どうしてそのことを? と私が目を丸くすると、エルフは「はは!」と爽やかスマイルを披露してくれた。


「異国の姫がここで養生していると噂になっている。チャド族と聞いていたから、てっきりもっと小さいかと思っていたんだが、ギガン族でも通じる大きさだな。15歳と聞いているが、ギガン族の15歳は初老だ。チャド族はずいぶん若いんだな」

「う。チャド族でも、15歳は適齢期を過ぎたおばちゃんですよ? 私はこの体ですから、チャド族じゃ嫁にいくあてがないんです」

「なんだ。それならギガン族にくればいい。歓迎す……歓迎されるぞ」

「私はトルク王国の跡継ぎなので、嫁ぐのは無理なんです。婿に来ていただけるなら、大歓迎……されると思います」

「ん? あなたは歓迎してくれないのか?」

「私は……筋肉隆々としたゴツゴツした殿方が苦手なのです」

「……へえ?」

「顔が怖いのも駄目です。それに、巨人族の殿方は何でも拳で解決しようとなさるでしょう? 贅沢が言えない立場なのは分かっているのですが、あんな大きな体で来られたら……と想像すると、怖いです」

「ダライ……様みたいなタイプでも駄目なのか?」

「え? ダライ様ですか? んー。チャド族の殿方よりは素敵ですけど、いつも不機嫌そうにされているので、恐縮してしまいます。ご迷惑をおかけしてばかりで申し訳ないし。それに……そうですね。やっぱり、怖いと思います」

「……なるほど。では、エルフみたいな巨人なら大丈夫なのか?」

「まあ! そんな巨人族、聞いたことありません。……ふふ。それ、面白いですね! 私、生まれ変わったらエルフになりたかったくらいなので、素敵です」

「ふうん? エルフにねぇ」

「はっ! すみません。エルフ様には関係ないお話だと思ったら、ついつい油断して余計なことを申しました。忘れてくださいませ!」 


 エルフのコミュニケーション能力の高さにつられて、ベラベラと言わなくていい話までしてしまった。これほど饒舌に自分の好みを話すのは初めてだ。従妹のポピンとさえ、こんな話はしたことがない。相手が恋愛対象とならない見知らぬエルフ族だと思ったから、口が滑りまくってしまったのだ。ダライ様の知り合いらしい相手に、大失態だ。


「あの! 今の話、ダライ様には秘密にしていただけますか?」

「なぜだ?」

「え!? なぜって……恥ずかしいからに決まってるじゃないですか!」


 こんなデカい体で巨人族よりエルフが好きなど、「身の程をわきまえろ」と冷たい視線を浴びせられるに決まっている。辛すぎる……!


「分かった。約束する……このクッキーはもらっていくぞ?」

「どうぞ!」

「はは!」


 爽やかに笑うと、謎のエルフはクッキーを全て空間魔法に収納して、軽やかに去っていった。


 翌日。

 試作品のパウンドケーキも「これも美味いな!」と強奪されたが、目の保養と会話を楽しませてもらったのでWIN-WINの関係だと割り切ろう。


 結局、ダライ様と女将さんにお礼の品を渡せたのは最終日になってしまったが、完成度が上がった物をプレゼントできたので、結果オーライだ。女将さんはその場で食べて「美味しいわ!」と感激してくれたが、ダライ様は一口食べた後、無言で懐にしまい込んでしまった。口に合わなかったのだろうか。……うう。やっぱり怖いよぅ。


 こうして私は、10日目にしてようやく宿屋から足を踏み出すことができた。

 明日は王との謁見だ。


 いざ、王城へ!


ブックマーク、評価、感想等、ありがとうございます! 嬉しいです!


今回は、謎のエルフの登場です。

自分の2/5サイズの相手に油断するのは仕方ないと思います。

そして、リリ姫から恐れられているダライ氏。

頑張れ、眼鏡!


ではでは、次回もお付き合いいただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ