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5.いざ、ネコール王国へ

 協議の結果、チャド族からは『ネコール王国』に弓を教えに行くことで話がついた。

 余談だが、ネコールって猫みたいでちょっと可愛い。住んでいるのは五メートル級の巨人だけれども。


 ネコール王国からの使者であるダライ様は、トルク王国まで船で来たそうだ。

 船の大きさから考えて、ネコール王国まで連れて行けるのは一人だけらしい。そこで、『和弓』の創始者であり、一番の使い手である私が行くことになった。


 私は服やらお土産やら日用品の他に、自分用に打った弓を五張ほど用意した。

 ダライ様の話だとネコール王国にも竹はあるらしいので、ゆくゆくは向こうでも作れるようになりたいが、とりあえずは弓の威力を知ってもらうことが先決だろう。


 矢も何種類か矢筒にセットした。この世界の魔物は多種多様なので、矢の種類は豊富だ。普通の物、毒を塗った物、鉄製の物など、相手によって使い分ける必要がある。あまり多くは持っていけないが、詰め込めるだけ詰め込みたい。


 空間魔法が使えたらいいのに、とぼやいたところ、ダライ様が渋い顔でマジックバッグをプレゼントしてくれた。

 超高級品なので申し訳ないと断ったのだが、「一国の姫を侍女も伴わずに連れて行くのだからこれくらい当然だ!」と目を吊り上げて押し付けられた。

 顔を真っ赤にして怒られてしまった。

 トルク王国では魔法系の道具は大層高価なのだが、トルク王国よりも大きなネコール王国では大した物ではないのかもしれない。プライドを傷つけてしまったのだろうか。

 扱いが難しいな、眼鏡男子。


 そんなこんなで、私は涙ぐむチャド族の仲間達に手を振って旅に出た。久々の遠出に胸が弾む。


 ダライ様とその部下2人に導かれながら、陸地での旅は順調だった。

 5日ほどかけて港に着き、ネコール王国の紋章の入った船に乗り込んだ。船はとても豪華で、テンションが上がる。私がキラキラした目で船の探索をしていると、「はあ」とダライ様にため息をつかれた。子供っぽくてすみません。以後気を付けます。


 ダライ様の冷たい視線に傷付きながらも、初めての船旅は最初の数時間は快適だった。

 が、その後の10日間は予想の遥か斜め上をいく辛さだった。

 船酔いが酷く、食べることも、起きることも、寝ることすら出来ない。

 何度もダライ様に冷たい目でため息をつかれたが、辛いものは仕方がない。私は終始涙目で、ぐったりとしていた。


(だいたい、何なのあのイカ!)


 二十メートルほどの巨大なイカが海中から現れ、船を襲って転覆しかけた時は、私は怒りのあまり最大限に引いた弓で鉄の矢を放ってやった。完全なる憂さ晴らしだ。


(船を揺らした罰だ! 思い知れ!)


 見事に矢はイカの目玉を貫き、イカは大人しくなった。

 ダライ様達がドン引きしていたが、私はニッコリ笑ってそのまま倒れた。

 あ゛あ゛、気持ち悪い。


 船が無事にネコール王国の港に着いた時には、私はすっかり痩せ細っていた。平衡感覚もおかしくなっており、私はしばらく歩くことも出来なくなっていた。

 あ゛あ゛、気持ち悪い。


 ダライ様の計らいで、王との謁見を数日後に延期してもらった私は、港町の宿屋でしばらく休むことになった。船酔いのせいで頭が朦朧としていたので良く覚えていないが、どうやらダライ様が宿屋まで運んでくれたらしい。私を運べるなんて凄いなギガン族。チャド族なら3人がかかりだろう。デカいって、素晴らしい。


(うう。情けない)


 私がようやく起き上がれるようになったのは、ネコール王国について三日後だった。

 重い頭と身体を無理やり動かしてベッド横の窓枠にしがみつき、宿屋から外を眺めた。


「わあ……!」


 思わず、感嘆のため息がこぼれる。

 ネコール王国はトルク王国とは比べ物にならないほど広大で、文明的だった。

 トルク王国では巨人族は洞窟に住んでいた。他の人族が住む様な家では強度が足りないからだ。だが、ネコール王国では巨人族も『家』に住んでいる。この宿屋もそうだが、石造りの頑丈な家は、人間から見れば一つ一つが神殿の様に思えるかもしれない。

 そして街を行き交う人々の服装や仕草も、洗練されていて美しい。


(凄い! トルク王国とは財力も文化も技術も何もかも違う!)


 目から鱗が落ちる思いだ。

 私と同じかそれよりも大きな人々を見るのも不思議な気分だ。

 ワクワクとした気分で外を眺めていると、他国に居るのだという実感がじわじわと湧いてきた。


(旅っていいな! ……船は最悪だけど!)


「あら、目が覚められましたか。リリ姫様」


 私が興奮していると、後ろから声をかけられた。宿屋の女将さんだ。自分よりも背が高い女性は初めてだ。ちょっと嬉しい。


「ご迷惑をおかけして、申し訳なく存じます」

「まあまあ! 迷惑だなんて思っていませんよ。他国の王族の方に利用していただく機会なんて滅多にありませんもの」


 私が恐縮して頭を下げると、女将さんはニッコリ笑って許してくれた。良い人だ! 


 その後、私は女将さんにお風呂を準備してもらい、軽い食事を済ませた。

 何をするにも身体がきつかったのだが、どうやら私はこの旅で20キロも痩せてしまっていたらしい。強制ダイエットだ。体力が完全に落ちている。女将さんに介助されながらの温かいお風呂と優しい食事は本当にありがたかった。ネコール製の部屋着も可愛くて気持ちいい。この宿、最高。


 私がお風呂に入っている間に、女将さんがダライ様に使いを出してくれていたらしく、食事を済ませてベッドの上でまったりしている時にダライ様がやって来た。息を切らしているので、急いで来たのだろう。三日も寝込んでいたのだ。大層迷惑をかけたに違いない。


 久々に私を見たダライ様は、目を丸くしてポカンと口を開けていた。顔色はだいぶ良くなったと思うが、20キロ痩せた影響は大きい。今だって、失礼だとは思いながらベッドの縁に腰かけるのが精一杯なほど弱っている。別人だと思われても仕方ない。


「あの……リリでございます」

「分かっています」


 おおう、睨まれた。相変わらずの塩対応だ。ちょっと悲しい。

 とは言え、「弓を教える」と豪語していた私がこんな体たらくでは、私を連れてきたダライ様としては期待外れもいいところだろう。自分でも、弓が引けるか心配だ。


「あの、ダライ様。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳なく存じております。なるべく早く体力を回復させて弓を引けるように精進しますので、どうかお許しください」

「……無理はしなくていい。また倒れられては困る」


 私が謝罪すると、ダライ様は不機嫌そうに視線を外し、苦々しく「困る」と言った。

 ヤバイ。これは完全に厄介者だと思われている。

 今夜から早速筋トレして、速攻で体力を戻そう。


「あ」


 ふと、大事なことを思い出して、私は立ち上がった。が、急に動いたせいか強烈な眩暈に襲われた。


「あっ!」

「危ない!」


 倒れる! と思った瞬間、背中と腰と胸の辺りに温かい感触がした。近くにダライ様の怒った顔がある。


「ひゃっ! す、すみません!」


 受け止めてもらったのだと気付き、思わず顔が赤くなった。インテリっぽいのに、力強い。さすがはギガン族だ。


「まだ動ける体ではないでしょう。急に立ち上がるなど……さあ、寝てください」

「あ、いえ、お待ちください!」


 思わず、憤怒の表情で私をベッドに転がそうとするダライ様の腕を掴むと、ダライ様に思い切り睨まれた。だが、めげない。これだけは言っておきたいのだ。


「ダライ様」

「何ですか」

「ありがとうございます」

「……は?」


 私はポカンと口を開けるダライ様を正面から見つめて、出来る限りの笑顔を作った。本当に、感謝しているのだ。


「船からここまで運んでくださったそうですね。重かったでしょう? それに、素敵な宿屋まで手配していただいて。実は、初めての国で少し不安だったんです。ダライ様が居てくださって本当に助かりました。またご迷惑をおかけするかと思いますが、私も精一杯頑張りますので、どうかしばらくお付き合いくださいませ」


 頼りにしています、と私は軽く頭を下げた。本当は土下座したいくらいなのだが、体力がない。


 顔を上げると、ダライ様が何とも言えない奇妙な表情で固まっていた。

 私の面倒をみるのがそんなに嫌なのだろうか。まあ、私がダライ様の立場だったら、さして親しくもない役立たずの相手は嫌だと思う。そう考えると、態度は素っ気ないがダライ様はかなりできた人物だと思う。神か仏なんじゃなかろうか?


 ピクリとも動かなくなったダライ様から手を離して、大人しくベッドに横たわりながら、私は「体力が回復したら真っ先に土下座しよう」と心に決めたのだった。


ご覧いただきありがとうございます!

また、ブックマーク、評価もありがとうございます。とても励みになります!


今後ともよろしくお願いいたします。

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