4.眼鏡男子の葛藤
(ギガン族眼鏡男子 ダライ目線)
ギガン族の族長であるゼノ様の命を受け、私は海を越えてチャド族の治める『トルク王国』にやって来た。
トルク王国は緑豊かな土地で、多種多様な生命に溢れている。私の暮らす『ネコール王国』では人族は巨人族しかいない。巨人族以外の国との交流もほとんどない。私は文官として国交に関わることも多いため、ゼノ様の父方の親族が暮らすエルフの国にも行ったことがあるが、私の国の民のほとんどは『ネコール王国』の中だけで一生を過ごす。
というのも、巨人族の中でも最大級のギガン族の寿命は20年ほどしかないため、他国を回る余裕などないのだ。幸い私はゼノ様の血縁であり、エルフの血が薄く混ざっているため、40年から50年は生きられるだろう。だからこそ、今回のトルク王国への使者に選ばれたのだ。他国を巡り見聞を広めろ、という意味もあるのだろう。
今回の旅の目的は、レダコート王国発案の『国際連合』とやらへの参加についてチャド族に意見と協力を求めることだ。
正直な所、意見の方は期待していない。
他の巨人族にも言えることだが、基本的に巨人族の頭はスカスカだ。特に男は、食い物と女と戦のことしか頭にない。少しでも難しいことを言おうものなら、白目をむいて寝るか、暴れだすかの二択だ。話にならない。
したがって、チャド族に求めるものは協力の方なのだが、小柄なチャド族に戦力は期待していない。もちろん、他の人族に比べれば圧倒的な腕力なのだが、頭を使わない彼らの戦い方ははっきり言って邪魔だ。控えめに言っても迷惑だ。
我が国がチャド族に要求するのは『姫』である。
信頼の証としての政略結婚は巨人族同士でもままあることだ。今回は、相手が人間であるため、ギガン族ではどうにもならない。そこで白羽の矢が立ったのが、小柄で人間との婚姻も有り得るチャド族だった。
チャド族には今年15歳になった未婚の姫がいたはずだ。ギガン族で15歳と言えばまあまあ高齢(人間だと60歳くらい)なのだが、人間の15歳は適齢期だと聞いている。
15歳で未婚というのが気にはなったが、私も17歳で未婚なので、そこはとやかく言うまい。忙しいと、結婚などは後回しなのだ。
(きっと、何か事情があるのだろう)
むしろ、早く結婚しろだの、孫の顔が見たいだのとうるさく言われている自分と重ね合わせて、姫に同情しながら私はチャド族の王に謁見した。
しかし、困ったことが起きた。
なるべく分かりやすい言葉を選んだつもりだったが、チャド族の首脳陣は全く理解していないように見える。いや、顔だけは真剣そのものなのだが、何か言う度に「……はて」「……さて」「……分からん!」と言うのは止めて欲しい。いや、考える素振りを見せるだけでも、他の巨人族よりマシなのだろうか。
誰か助けてくれ、と心の奥底から願ったその時、一人の女が『王の間』に現れた。
「遅くなりまして申し訳ございません」
(……美しい)
思わず、息を呑んだ。
背丈はギガン族の女性と同じくらいだが、ギガン族よりも線が細く、筋肉の付き方も違っている。すらりと伸びた手足は長く、松明に照らされた褐色の肌が光り輝いている。翡翠色の髪は豊かに波打って腰まで伸びている。凛々しい顔立ちには、巨人族らしい好戦的な野性味と深い知性が同居しており、妖しい魅力に溢れていた。
女は私と目が合うと、淡く微笑み軽く頭を下げた。
(ぐはっ!)
ギガン族の女性にあまり魅力を感じたことのない私だったが、初めて会うこの女に胸を鷲掴みにされた気分だった。
(いったい、どこの誰だ! 大きさ的にはギガン族だが、こんな娘は知らん!)
「リリが揃ったところで、もう一度話し合いだ!」
王が嬉しそうに手を叩いた。リリと呼ばれた女は、当然の様に王の隣、姫のための席に座った。
(……姫なのか!?)
衝撃的だった。チャド族の姫というからには、もっと小柄な……二メートルくらいを想定していたのだが、実際のリリ姫は五メートル級の美女だった。
しかも、話が通じる。
久々に会話が成り立つことへの喜びと、思いがけない美女を前に緊張していたこともあり、ついつい饒舌になる。今まで女性に現を抜かす仲間達を馬鹿にしてきたが、正直に言おう。ごめんなさい。
あまりに舞い上がり過ぎて、私は彼女と目が合って思わず直視できずに目を逸らすという失態までおかしてしまった。気を悪くしていないだろうか。
(情けない……!)
私はあまりの恥ずかしさに、壁に穴を空けて入りたい衝動に駆られたが、姫は気にする様子もなく、私に向かって身を乗り出してきた。
「弓です! ギガン族に弓を教えます!」
「……は?」
姫の胸元に気を取られ、一瞬返事が遅れた。
国連への協力について話をしている最中だったことを思い出す。
「巨人族で遠距離攻撃を行う部族はうちだけです。これは大きな戦力になりますよ?」
そう言って鮮やかに笑う姫に、私の心は完全に射抜かれてしまった。
―――こうして、ギガン族に『和弓』を教えるためにリリ姫はネコール王国に向かう事となった。
船の大きさを考え、私とリリ姫と護衛二人のみという少人数での旅となった。
はっきり言おう、護衛が邪魔だ。
彼女の全てが輝いて見える。眼鏡か? 眼鏡の調子が悪いのか? いや、悪いのは私の精神状態だ。
麗しく、勇ましいリリ姫との船旅で、私の心が穴だらけになったことは言うまでもない。
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今回は、眼鏡巨人男子の回でした。
頑張れ、青年!
次回は最大級の巨人族、ギガン族の国『ネコール王国』です。
次回もお付き合いいただけると幸いです。