3.巨人会議と眼鏡男子
身だしなみを整えてから王の間に行くと、そこには一族の主要メンバーが揃っていた。一人だけ、見覚えのない眼鏡男が父の隣に座っている。父よりも大きい。私と同じか、それよりも大きいかもしれない。『ギガン族』だろうか。
大男はチラリとこちらを睨んだ。
遅れてきたことに腹を立てているのだろう。どうもすみません。とりあえず、頭を下げておこう。
「レダコート王国が魔王討伐のために『国連』とやらを作るらしい」
父は私が席に着いたのを確認すると、そう切り出した。
「んは!?」
思わず変な声がでた。
(レダコート王国!?)
自分でもドン引きするほど、頭の中が舞い踊っている。
(だって、レダコート王国ですよ!? 『聖女の行進』の舞台ですよ!? 魔王討伐ってことは、聖女や勇者が居るってことですよ!? マイフェイバリットエルフ・リーン様が居るってことですよ!?)
「どうした、リリ」
「いえ! 魔王討伐と聞き、武者震いです!」
慌てて取り繕う。キリッと眉を寄せるのがポイントだ。
「ふむ! さすがは『チャド族』一の弓取り! 勇ましいぞ!」
「お褒めにあずかり恐悦至極です。父上!」
んな訳あるかーい! と、心の中で突っ込みながら、私はドンと拳で胸を叩く。チャド族特有の敬礼みたいなものだが、とりあえず、これをやっておけば何とかなる。案の定、父は満面の笑みでドドン、と胸を叩いている。ちょろいゴリラだが、私はこの父が大好きだ。
「王よ。『国連』とは何ですか?」
この国の若い騎士団長が首を傾げる。「姫様は世界一美しい」と言っておきながら、私を振ってポピンと結婚したゴリラだ。
「ふむ……よく分からん!」
「「「なるほど!」」」
「お待ちください!」
(ちょっと待て、ゴリラども! 一致団結で考えることを放棄するな!)
私は慌てて説明を始めた。このままでは、何の収穫もないまま飲み会に突入してしまう。
「『国連』とは、国際連合、または国際連盟のことだと思います。様々な国が協力しあって、様々な問題に取り組む機関、といったところでしょうか?」
何となくそんな感じだったと思う、という程度の知識で、私が真面目な顔で発言すると、「さすが姫様!」と感嘆の声が上がる。チョロい。本当はもっと詳しい事が言えればいいのだが、それ以上の難しい説明をしてもこのゴリラ達には通じない。だって、本物のゴリラよりもゴリラだもの。
「おお、つまり……どういうことだ?」
案の定、というより、さっきの説明でも理解できなかったらしく、父が首を傾げる。
「……一緒に協力して魔王を倒しましょう、ってことだと思います」
「「「おお」」」
私のいい加減な説明に、皆が感動している。感涙しそうな勢いだ。
巨人族は知能が低い訳ではないのだが、大概の魔物も腕力でどうにかなってしまうので深く考えることをしない。戦略、何ソレ美味しいの? という種族なのだ。
「うむ。リリの言う事で間違いなければ、我が一族も協力しなければならないな」
「しかし、何をすれば良いのでしょうか。共に戦うにしても、魔王の住む旧アルバトロス王国は遥か西。転移の使えない私達では、移動している間に戦が終わってしまうのではないでしょうか?」
「「「うーん」」」
私の疑問に、一族総出で頭を抱える。すると、今まで別の意味で頭を抱えていた大男が「ちょっとよろしいですか?」と、片手を挙げた。
改めてよく見ると、男はデカいだけでなく、ちゃんと知性もありそうな顔をしている。眼鏡のせいだろうか。それにチャド族の男衆よりもスタイルが良い。眼鏡ギガン族男子、ちょっといいかも。是非、スーツ姿を拝みたい。
「何ですかな? ダライ殿」
「いえ。姫様が来られる前に一度説明したのですが、お忘れのようですのでもう一度繰り返します。姫様、よろしいですか?」
何故か既にぐったりしている眼鏡男子の視線が、じっとりと私に注がれている。ドキドキしそうになるが、「他に話が通じるやつがいない。お前が理解しろ。姫なんだろ」と心の声が聞こえた気がして、心臓ではなく胃が痛くなってきた。
「すみません。お手数ですが、よろしくお願いいたします」
「ええ」
ダライという男によると、先月、レダコート王国の国王からギガン族の族長に『国際連盟への参加依頼』があったのだという。国際協力という概念が無いこの世界では、国同士の結び付きは主に政略結婚によるところが大きい。そのため、他の人族の中にはレダコート王国に自国の姫を差し出したところもあるようだが、巨人族はそういう訳にはいかない。
「巨人族の中でも最も小柄なチャド族の姫ならば……とも思っていましたが、無理みたいですね」
「う! そ、そうですネ」
なんと! 私がこんなバカでかい体じゃなければ、レダコート王国に嫁ぐルートもあったらしい。せめて私がポピンくらいの大きさなら、メイン攻略対象の第一王子ユーティス様とのエンディングが実現していたかもしれない。
(せめて三メートル! あと三メートル小さければ! って、そんな新事実いらない! 余計悲しいわ!)
私はほんのり涙目になったが、そんなことには気にも留めず眼鏡男子は話を続ける。
「そうなると、金も魔法も技術も乏しい巨人族としては『戦力』として参加するしかないでしょう。先程、姫がおっしゃったように、戦場となる予定の旧アルバトロス王国はここからは遠い。魔王討伐がいつになるかは分かりませんが、できるだけ早い内に同盟国にレダコート王国かエルフの王国エルジアから魔術師が派遣され、転移が使える様に調整中だそうです。『トルク王国』でも、有事に備えて国連に派遣できる戦力を確保しておいていただきたい」
いかんいかん、泣いている場合じゃない。
私しか話を理解できる者がいないのだ。
「……なるほど。ですが、どれくらいの戦力を派遣すればいいのでしょうか。私の国はほとんどが森で、敵の襲撃に備える城塞と呼べるものがありません。魔族に襲われれば、皆がこの洞窟に逃れてくるでしょうが、ここは守るのが難しい立地です。なるべく戦える者はここに置いておきたいのですが……」
「ええ。姫のおっしゃることは分かります。おそらく巨人族の国はどこも同じような状況でしょう。実際に人を派遣できるのは、戦力に余力があるギガン族だけになるかもしれませんね」
「そうですか……」
それはそれで申し訳ない。魔王という人類共通の敵を前に、私としても協力したいのは山々なのだ。
他に何か別の形で協力できないか、と私が腕組をして悩んでいると、父達も一緒になって真剣な顔で唸り始めた。『冷静沈着』ぶっているが、あれは絶対に何も分かっていない顔だ。私が初めて弓造りを説明した時と同じ顔なのでよく分かる。
(あ……!)
私は急にあることを思いつき、パッとダライに顔を向けた。一瞬目が合うとサッと視線を逸らされてしまい、ちょっとだけ傷付いたが、私はめげずに立ち上がり身を乗り出した。
「弓です! 弓をギガン族に教えます!」
遠距離攻撃の出来る巨人族は他には居ない。
これは大きな戦力になるはずだ。
私は目を丸くする男衆に向かって、ニヤリ、と今年一番の笑顔を見せた。
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