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21. チャンスの神様

 ネコール王国を去って、1カ月が過ぎた。


 世界は、魔王戦の衝撃から徐々に落ち着きを取り戻しつつある。ここトルク王国は元々魔族による影響がほとんど無かったこともあり、平穏そのものだ。

 少し変わったことと言えば、皆が私の事を以前にもましてキラキラした目で見てくることだろうか。魔王戦での活躍が伝わったらしく、『戦女神』などと大層な二つ名を付けて拝んでくる。他国からの移住者も増えたようで、ゴリラ達に交じって人間やエルフ達からも熱のこもった視線を向けられ、若干恥ずかしい。


(いや、本当に止めて!)


 魔王戦から目覚めた直後は『この世界に生まれた意味』を実感し感慨にふけっていたが、1カ月も経つと客観的に自分の行動を振り返られるようになっていた。


 皆は褒めてくれるが、私は二つ名で呼ばれるほどの活躍はしていない。

 それに、ダライ様が助けてくれなければ、あの場で力尽きていたはずなのだ。そうなっていれば、私を守って戦い続けてくれた連合軍の兵士たちの士気は落ち、多くの死傷者が出たことだろう。中途半端な状態で参戦して、危うく多大な迷惑をかけるところだった私が『戦女神』であるはずがない。


 その上、2人の男性に心を寄せて、結局どちらも選べなかった『こじらせメガゴリラ』だ。


「こじらせメガゴリラ……」


 自分で言っておいて涙が出てきた。


 こんな人生を望んだ訳じゃない。

 前世では若くして死んでしまったからこそ、ちゃんと恋をして、結婚して、子供を産んで育てたかった。


 誰よりも大きく育った故に、故郷であるトルク王国では相手がいなかった。ネコール王国にくれば結婚相手が見つかるかもしれないと、ちょっとだけ期待し、実際に素敵な殿方達と知り合うことができた。

 求婚されて、嬉しかった。

 だけど、王女である私が異国に嫁ぐわけにはいかない。

 どんなに愛しくても、叶わぬ望みだ。


「……お元気だろうか……」


 一日たりとも、2人の事を考えなかったことはない。考えれば考えるほど、愛しさが募っていく。

 今なら、あの時とは違った返事が出来る。

 だけど、もう遅い。

 前世の逸話に、『チャンスの神様は突然やってくるが、前髪しかないために、後ろからは捕まえることはできない』という話があった。初めてその話を聞いた時は、「おいおい、神様の髪を掴むなよ。っていうか、前髪しかない神様って……ファンキーが過ぎる」と思ったものだが、『いつでもチャンスを掴めるように、心構えをしておきなさい』という教訓だったのだろう。今、それを痛感している。


「リリ、入るわよ」


 バサッと、廊下と私の部屋を仕切る革製のカーテンをめくって、母上が入って来た。


「……母上……父上も?」


 よく見ると、母上の後ろに縮こまるようにして父上が立っていた。父上の方が1メートルはでかいので、全然隠れられていない。


 2人の様子は対照的だった。

 母はニコニコと満面の笑みを浮かべているのに対し、父は怒ったような、泣き出しそうな、今まで見たことのない表情をしている。いい話をしに来たのか、悪い知らせを伝えにきたのか、判断がつかない。


「……どっちですか?」

「ゔゔゔ、リリィィィィィ!!」

「父上!?」


 何かに耐えられなかったのか、父が突然猛ダッシュで飛び込んできた。母が素早く足をかけて転ばせたので、父は勢いよく転がり、そのまま岩の壁を突き破った。私の部屋の外は、断崖絶壁だ。父は変な悲鳴を上げながら、谷底へと落下していった。


「……何しに来られたのでしょう……」


 木枯らしが、ピューッと部屋を駆け抜ける。

 父の無事が気になるが、まあ、大丈夫だろう。ボスゴリラだから。


「リリ。あなたに大事な話があるのよ」

「母上?」

「でもその前に……」


 ニコニコと笑顔のまま、母は部屋に入るとちょこんと私のベッドに腰かけた。トントンと片手でベッドを叩いて、私に横に座るよう促して来る。私は大人しく従った。


「リリ。あなたの気持ちを確かめたいの」

「気持ち?」

「ええ。あなた、結婚する気はある?」

「!?」


 突然の質問に、ドキッと心臓が跳ね上がる。


 いつかは聞かれるだろうと思っていた。

 私が暗い顔でネコール王国から帰って来た時、母は何も聞いてこなかった。だが、勘の鋭い母のことだ。娘が異国で失恋したことに気付いていたのだろう。

 実は魔王戦が終わって以降、様々な国や種族から『戦女神』に見合い話が殺到しているのだと、侍女からこっそり聞いている。

 と言っても、巨人族や大型獣人がほとんどで、僅かに、魔術で大きさが変えられるエルフやドラゴン族も居たらしいが、両親の一存で全てお断りしていたそうだ。

 今まで、あえてその手の話を避けてくれていたのに、父と揃って話をしにきたという事は何かが起きたのだ。

 おそらく、断ることが出来ないところからの見合い話だろう。

 父が浮かない顔をしていたのも納得がいく。


 ずっと覚悟は決めていた。

 私は適齢期をとっくに過ぎた跡取り王女だ。どこからか婿を迎えなければならない。独身のまま、従妹のポピンの息子を養子にすることも考えたが、それは最終手段だ。


「……父上と母上が認めた方なら、どなたでも結構です」


 私の愛した人は、手に入らない。

 だから、他の誰でも構わない。


「そう……。なら、問題ないわね!」

「へ?」


 ガバッと立ちあがると、母は私の腕を引っ張った。


「さ、行くわよ。服は……ネコールから贈られてきたドレスがいっぱいあったわね! この際、目一杯お洒落しましょ」

「へ!? 行くって、何処に!?」

「もちろん、応接間よ。お客様が首を長くして待っていらっしゃるわ」


 母は意味ありげにチャーミングに笑った。


(まさか……!?)


 母がこんなに喜んでいるならば、普通の相手ではない。


 バクバクと鼓動が早くなり、体温が上がっていく。


(……どうやら、チャンスの神様は一周回って戻って来てくれたらしい)


 私は頭の中で、神様の儚げな前髪をギュッと握りしめた。


(もう、逃げない……!!)


いつもご覧いただきありがとうございます!



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