2.五メートル級乙女の趣味は弓道です
私の生まれた国は、巨人族の中でも人間に近い大きさの『チャド族』が治める『トルク王国』だ。国土の95%が森林地帯であり、巨人族の他、エルフ、妖精、獣人、リザードマンなどが暮らしている。時々、冒険者らしき人間を見かけることがあったが、みな私を見ると後退りして逃げていく。
「食われる」って、何よ!? 私はただ、仲良くしたいだけなのに……!
「お姉様。また落ち込んでいたんですか?」
「ポピン……」
私が『大樹の森』で膝を抱えていると、従妹のポピンが隣に座った。今年で12歳になるポピンは、巨人族でありながら身長は二メートル程であり、可憐で可愛らしい。二メートルを可愛らしいと思ってしまうあたり、私の基準も随分と巨人っぽくなってしまった。
「小さい者達のことを気にしてはいけませんわ、お姉様! お姉様の美しさは巨人族にしか分からないのです。いつか素敵な殿方が婿に来てくださいますから、元気をだしてくださいませ!」
「う……ウン。ソウダネ」
優しい従妹に愛想笑いを返しながら、私の心は一層落ち込んでいた。
なぜなら巨人族の男性は私の好みの正反対なのだ。
私の好みはゲーム『聖女の行進』に出てくるような、細身で繊細でシュッとした線の細いキラキラの美形なのだ。もちろん、現実にそんな男性がいるとは思っていないし、ごく普通の一般庶民だった私では分不相応だ。ドキドキし過ぎて死んでしまう。
だからと言って、せっかく憧れのゲームの世界に生まれ変わったのに、恋愛対象が巨人しかいないってどういう嫌がらせなのだろう。
しかも、私の生まれた『チャド族』は平均身長三メートル(女性は二メートル八十センチ)と巨人族の中でも非常に小柄な種族なのだが、私は13歳の時には四メートルまで成長し『一族一の美丈夫』と名高い父を超えた。15歳になった今では一族の長身記録を更新し、生きた伝説と化している。
つまり、同じ一族の男たちは太くて粗野でごつくて荒々しいメガゴリラにも関わらず、私の胸ほどの高さもないのだ。『でかい=素晴らしい』という巨人族において、私は文字通り『高嶺の花』なのだ。要するに、相手がいない。
全く好みではない一族の者にモテないのは好都合なのだが、この国の跡取りである姫が適齢期を過ぎても独り身というのは、国の存続にかかわる大事件である。そのため国王である父は、手当たり次第に側近の息子達に声をかけたのだが、皆自分よりも一メートルもデカい女と付き合う勇気はないらしい。誰もが「姫でけえ!」「姫すげえ!」「姫様かっこいい!」「ありがたや、ありがたや」と憧れの眼差しを向けてくれるのだが、恋愛対象というよりもはや神扱いだ。
こっちこそ、脳筋ゴリラなどお断りだ。……と強がってみたが、本当は辛いです。ごめんなさい。
しかし、国の事を思うと本当に時間がない。
他の巨人族よりも長いとはいえ、『チャド族』の平均寿命は40年しかないのだ。そのため、10歳前後(人間だと18歳くらいらしい)で結婚するのが主流で、私と同じ15歳ともなると子供がいるのが当たり前なのである。従妹のポピンも結婚しており、既に一児の母だ。現代の日本人の感覚から言うと信じられない話なのだが、生物学的に人間とは種が違うのだから受け入れるしかない。
(とはいえ、この国じゃ無理じゃない……?)
早く結婚しろ、世継ぎを産め、と言われても相手がいなければ話にならない。私だって、普通に恋愛したい。前世ではゲームキャラに恋していたが、今生ではそれすらないのだ。
いっそ、この国を出て他の巨人族で探すしかないか、と本気で家出を考える今日この頃である。
この世界には、一口に『巨人族』と言っても数種類の種族がいる。
私の生まれた『チャド族』は最も小さく、その気になれば人間との婚姻も可能なのだそうだ。……普通の大きさならば。
私の身長は将来五メートルを超えることが予想されるが、これは巨人族でも最大の『ギガン族』の女性と同じくらいなのだそうだ。
おかげで、私は実はギガン族の血が混ざっているのではないかと疑う者もいたが、顔が父にそっくりなので口に出して言う者はいない。
(ギガン族の国に行けば、私と釣り合う男性がいくらでも居るはず……?)
ふと、そんな考えが頭をよぎったが、秒で消し去る。
(ああ、無理!!)
エルフ好きの私としては、三メートルのゴリラの相手さえ泣きたくなるというのに、これ以上でかいゴリラが夫など考えたくもない。キングコングが攻略対象など、どんな乙女ゲームだ。返品したい!
「ポピン。私、弓を引いてくるね」
私は泣き出したい衝動を抑えてポピンと分かれると、鍛錬とストレス発散を兼ねて弓道場へと向かった。
前世では、私は子供の頃から高校を卒業するまで弓道を習っていた。
私の住んでいた町は弓道が盛んであり、実家のすぐ隣にも弓の工場があった。そこの弓師のおじさんがとても気さくな人で、私に弓の打ち方や引き方を一から教えてくれた。
小さくて可愛い物が好きな私だったが、弓道は別だ。
二メートルを超す大きな弓を引く時の、凛と張りつめた空気が好きだった。初めて弓道場を覗いた時、幼心に「美しい」と感じた衝撃を今でも覚えている。
姿勢を正し、心を整える。水面に広がった波紋が消えていく様なイメージで集中していくと、ふっ、と静謐が訪れる。その時の、この世と隔絶した様な感覚が堪らなく好きだった。
破魔矢、破魔弓というものがあるが、ファンタジー好きの私にとって、弓矢は魔物と戦う武器であり、弓道場は聖域だった。
弓を引いているあの瞬間だけは、地味で目立たない少女ではなく、魔王に立ち向かう勇者の気分に浸ることができた。
おかげで、自分の趣味と弓師のおじさんの指導もあって、中学生の頃には全国レベルの実力を身に着けることが出来たのだった。
だから、この世界には和弓がないと知った時、私は真っ先に「自分で弓を打とう」と思った。その時10歳だった私にとって、一から弓を作るのは大変な作業だった。
まず、材料がない。
一般的な竹弓の素材には、真竹と黄櫨がよく使われているが、私の住む『トルク王国』にはどちらも無かった。そこで、黄櫨の代わりになる堅くて弾性に優れた素材を一族の者に探してもらう間に、私は竹を求めて旅をすることにした。
その時すでに三メートルを超えていたとはいえ、10歳の王女が突然「旅に出たい」と言い出したことに、国は大騒ぎになった。さすがにまだ無理かな、と半分諦めていたのだが、旅の目的が武器の材料集めだと知ると、父は「さすがは『チャド族』の姫だ! 勇ましい!」と感涙し、護衛に女性戦士1名と、元冒険者という珍しい経歴のおじさんを付けて、笑顔で送り出してくれた。
おかげで私は1年かけてようやく目的の竹(竹に似ている何か)を手に入れることができた。
ちなみに、巨人族が旅をすることはほとんどないらしく、何処へ行っても奇異な目で見られた。もちろん、冒険者にも巨人族はほとんどいない。巨人族は他の人族よりも力が強く、食事の量も多い。しかも、ガサツだ。そのため、巨人族が通った跡は草木も残らないと根も葉もない噂があり、私達の姿を見た者達のほとんどが、近づく前から逃げていった。
失礼な。獣や木の実は食べ尽くすけど、草や木は食べませんヨ。
国に戻った私は、前世の記憶を総動員して、2年がかりで満足のいく和弓を作ることに成功した。もっとも、巨人サイズに合わせて作ったので四メートル級の大きさになり、もはや和弓と定義して良いのかは疑問である。ちなみに、私用に作った物は六メートルを軽く超えており、私以外で引ける者はいない。
自分の規格外っぷりに、ちょっと泣けてくる。
それから更に2年が経ち、今ではこの国のほとんどの者が和弓を扱えるようになった。そのせいか、短気で落ち着きのない『チャド族』にも、『冷静沈着かっけえ』という概念が定着してきて、ちょっと嬉しい。知力アップだ。
「……!」
ズドン、と的のど真ん中に矢が突き刺さる。
今日も百発百中。
巨人族の体は美的感覚的に好きにはなれないけれど、体幹の強さと筋力、持久力、そして視力は人間だった頃とは比べ物にならず、そこだけは気に入っている。
「ふう」
深く息を吐いて、ようやく気を緩める。先程までの沈んだ気持ちが嘘の様に清められていた。
「姫様。王がお呼びです」
「すぐに行くわ」
私が一通り引き終わるまで待っていてくれたらしい侍女に礼を言って、私は弓道場を後にした。
……汗臭い。軽く水浴びをしてから王の間に行くことにしよう。
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前半はサクサク進みます。