18. ダライ
(ダライ目線)
リリ姫が行方不明。
そのニュースが流れた時、私はネコール王城で仕事をしていた。
魔王が復活し、ゼダ王子をはじめとする戦士の多くは戦場で戦っている。
魔族の襲来に備えて城へと移動してくる民を誘導するため、我々文官も休む間もなく働いていた。
私が知り合いの老婆を避難所に案内して持ち場に戻る途中、「ゲートを通ったはずのリリ姫が予定の場所に現れない」と騒いでいるエルフに遭遇した。
一瞬、頭の中が真っ白になった。
一カ月ほど前にようやく長い眠りから覚めたリリ姫が、今度はゲートで転移中に行方不明になったという。
(リリ姫……っ!!)
考える間もなく、私はゲートに飛び込んでいた。
トルク王国に転移するようエルフに頼み、私はリリ姫を想った。
トルク王国に行ったところで、転移中に行方不明になったリリ姫を探せるわけではないが、じっとしていることなど出来ない。
この一年、ひたすらリリ姫の回復を願いながら、大事な時に傍におらず守れなかった後悔の念に駆られて会いに行くことが出来ずにいたのだ。
どれほどあの人の笑顔に恋焦がれていたことか。目覚めたと聞いた時、職務中だったにもかかわらず飛び上がって喜んでしまった。おかげで眼鏡が吹っ飛んで壊れたが、胸の奥から湧き上がる歓喜を抑えることが出来なかった。
すぐにでも飛んで行って、謝罪したかった。次は絶対に守ると、宣言したかった。
それでも会いに行くことを我慢したのは、リリ姫の気力と体力が回復していないと聞いたからだ。
それに、アーミャ様が亡くなられたことに自責の念を抱き、落ち込んでいるとも聞いていた。リリ様には何の落ち度もないのだが、責任感が強く、誰に対しても優しいリリ姫には辛い出来事だろう。
……責任を感じるのはリリ姫ではなく私の方だ。
あの日、私はアーミャ様達が魔族の手にかかり死んでいくのを呆然と眺めることしか出来なかったのだから。
アーミャ様の悲鳴が耳から離れない。
魔族はエルフの血が濃い、魔力の高い者から襲っていた。私が助かったのは、真っ先に犠牲となったアーミャ様の一族が居たからだ。次の次が自分だと認識するまで、魔族どころか魔物とさえ戦ったことのない私は身動き一つとれずにいた。
ああ、死ぬ。
そう感じた瞬間、閃光の様に脳裏にリリ姫の姿が浮かんだ。
自分よりも大きな弓を引き、凛としてクラーケンに立ち向かう美しい後ろ姿。
気が付けば、私は矢を放っていた。
その後はどうやって戦ったのか覚えていない。
しかし、瀕死の重傷を負いながらも、私は生き残ったのだ。
もう少し早く体が動いていれば、アーミャ様を救うことが出来たかもしれない。
きっと私は一生、自責の念にとらわれながら生きていくのだろう。
だが同時に、魔族に勝ったのだという誇りが私の中に芽生えていた。
もう、弱いだけの男ではない。
リリ姫から教わった弓道が、私を変えてくれたのだ。
(どうか、リリ姫の所に……!!)
ゲート内に魔力が満ちるのを感じながら、私は目を閉じて祈った。
一瞬、ゾワリと足の先から頭のてっぺんまでを貫く様な魔力の流れを感じた。何度か転移装置は使ったことがあったが、いつもと様子が違う。誰かの想いに引き寄せられるような、不思議な感覚だった。
「何だ……?」
ゲートの外が騒がしい。
恐る恐るゲートを開くと、景色が一変していた。
目の前に広がる光景は、どうみても緑豊かなトルク王国ではなかった。
「戦女神を守れ!!」
不意にそんな声が聞こえて視線を向けると、太ももの高さほどの人族に囲まれた凛々しい女性が見えた。
「リリ姫……!!」
グッと、胸と目頭が熱くなる。
最後に見た時よりも、ずっとやつれて弱々しい体。
だが、凛とした背中も、身に纏う雰囲気も何一つ変わっていない。……むしろ、血なまぐさい戦場で彼女の放つ高潔さは、人々を照らす灯台の様に一層輝きを放っていた。
誰かが『戦女神』と呼んでいたが、まさにその通りだと思った。
(ああ。やはりあなたは凄い人だ)
きっと本人には何の自覚もないだろう。
ただ必死に矢を放っているだけに違いない。
だが、彼女を取り巻く人々の目を見れば、どれほど彼女の存在が彼らに勇気と希望を与えているのかが分かる。
(見よ、魔物ども! これが巨人族の王女だ!!)
何故か誇らしい気持ちになり、私は自然と頬が緩むのを感じていた。
常に持ち歩いている弓矢をいつでも放てる状態に保ち、私も走った。
北門へ向かって移動するリリ姫一行を後ろから守る。
手にしている弓矢は、見よう見真似で手作りしたものだ。それでもその辺の魔物や低位の魔族を貫くには十分な威力がある。
矢が10本しかないのが悔やまれる。矢を節約するため、私は矢を剣の様に握り振り回した。幼い頃、自分の才能に見切りをつけて止めた剣術だったが、基本は体が覚えていた。弓を引くために体を鍛えたことが功を奏したのか、面白いほど体が良く動いてくれている。
近距離の敵には剣や拳で。中距離、遠距離の敵には矢を放ちながら、私はリリ姫を守り続けた。
リリ姫の目的は、ゼダ王子だろう。
弱った体で戦場に駆け付けるほど、リリ姫はゼダ王子に想いを寄せているのだろうか。
そんな考えが胸を過り、ギュっと締め付ける。
それでも構わない。
私は、今度こそ守ると決めたのだ。
雨の日も風の日も鍛錬を欠かさなかった。何度も指の皮が裂け、固くなった。
ただ愚直に、この時のために。
「危ない!」
突然、前方からリリ姫の声が響いた。
リリ姫の視線の先、巨大なカバの後ろで門を潜ろうとしているゼダ王子らしき足が見えた。
そしてそれを狙う魔族。
リリ姫は必死で矢を番えているが、全く引けていない。体力の限界なのだろう。
(何と、健気な)
胸がグッと熱くなる。
私は自然にリリ姫の元へ向かっていた。
「動け、私の体ぁっ!!」
「全く無茶をなさる」
リリ姫の後ろから細い手に自分の手を重ねた。
一瞬、リリ姫が驚いたのが背中越しに伝わって来た。が、すぐにリリ姫は私に身を委ねてくれた。
信頼されているのだと勘違いしそうになる。一年ぶりに感じるリリ姫の熱が、心地いい。
「リリ姫」
「はい」
「よくぞ、ご無事で」
「……!」
二人だけの静寂。
ピタリと体を合わせ、リリ姫と共に引く。
弓道を初めて習った時とは、真逆の立ち位置だ。
あの時の私ではない。
「「いけええええええ!!」」
私達の想いと声を乗せて、運命の矢が放たれた。
ぶれることなく、愚直に、ただひたすらに。
その姿はまるで、私の様だった。
矢は、ほぼ真っ直ぐに空を裂き、今まさに王子の足を掴もうとしていた魔族の頭を―――貫いた。
「やった! やりました、リリ姫!」
頭が吹きとんだ衝撃で魔族は魔力を保てなくなったのか、砂塵の様に体が崩れていく。王子は無事に門の向こうへ消えた。
「王子も無事です。……リリ姫? リリっ!」
急にリリ姫の力が抜けた。
私は慌てて細い肩を受けとめ、そのまま横向きに抱え上げた。
両手が塞がるが、そんなことはどうでもいい。
そこでようやく、リリ姫と目が合った。
リリ姫はくったりとしながら、微笑んでくれた。相変わらず、美しい笑みだ。
「あなたこそ……」
「?」
「ダライ様こそ、よくぞ、ご無事で」
今にも力尽きそうな右手が、私の頬に触れた。血だらけの、強く、気高く、優しい指だ。
私の胸は締め付けられ、目頭が熱くなった。
私の事も心配してくれていたのだと、愛おしさが込み上げてくる。
リリ姫の気持ちがゼダ王子に向いているとしても構わない。
「! ……あなたのおかげです……!」
胸の奥から言葉を絞り出し、私は勢いのままリリ姫の唇を奪った。
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のろのろ更新ですみません。
あと3話前後で終われる予定です!
最後までおつきあいいただければ幸いです。




