16.意味は作るもの
本日3話目です。
翌朝、目を覚ますと真っ赤に目を腫らした父のゴツイ顔が目に入った。記憶の中では一カ月会わなかっただけなのに、父はとても老けたように見えた。よほど心配させてしまったのだろう。
私が「おはようございます」と言うと、父は融けそうなほど破顔し、私を抱きしめてくれた。
それから一カ月が過ぎた。
私が目覚めてすぐ、ネコール王国から大量の快気祝いが届いた。
だが、ゼノ王もゼダ王子も見舞いには来なかった。
魔王戦が間近となり、ゼダ王子は戦場となる旧アルバトロス王国に出兵しており、王も国を離れられないのだという。
一方で、トルク王国はすっかり本来の明るさを取り戻し、毎日がお祭り騒ぎだった。
そんな人々の様子とは逆に、私はとても焦っていた。
さすがに1年近くも寝込んだせいで、筋力がすっかり衰えてしまっていたのだ。
気を失っている間、ネコール王国から派遣された治療師たちが毎日回復魔法をかけてくれたおかげで、日常生活を送る分には問題ない。しかし、走ったり弓を引いたりする筋力は失われていた。
ゆっくり取り戻せばいいと両親も家臣達も言ってくれるが、魔王戦は目の前だ。ゆっくりしている場合ではない。
魔王に立ち向かうゼダ王子や、魔族に襲われて傷付くダライ様が脳裏に浮かぶたび、私の焦りは募っていく。
それでもこの一カ月、両手に血豆を作りながら一日も休むことなく練習を続け、近距離なら矢が的に当たるようになってきた。
だが、本来の半分以下の力も発揮できていない。
「駄目だぁ……」
放った矢がかろうじて的の端に当たるのを眺めながら、私は膝から崩れ落ちた。
弓道場には他に誰もいない。悲壮感を漂わせる私に気を遣って、皆そっとしてくれているのだ。
「こんなんじゃ、誰も守れないのに……!」
弱々しく私が呟いたその時だった。
ぐらり、と世界が揺れた。
まるで強力な磁場に一瞬だけ引き寄せられるような、奇妙な感覚だった。
(魔王が復活した……!?)
何故かそれが分かった。
私は手当たり次第に弓矢を担ぐと、広場へ向かって走りだしていた。
そこにはゼノ王が設置してくれた転移ゲートがある。緊急時にネコール王国とトルク王国を行き来するためのゲートだが、一度に転移できるのは1名だけだ。しかも大量の魔力を消費するため、ゲートの整備と警備を兼ねて在住しているエルフの魔術師の力を借りなければ作動しない。
私はまだ使ったことがなかったが、今がその時だと思った。
ゲートに着くと、数人のエルフとたまたま視察に来ていたらしい父が居た。皆、先程の揺れを感じたらしく動揺している。父は私に気が付くと大きく手を振った。
「リリ! さっきの地震は大丈夫だったか?」
「大丈夫ではありません!」
「何!?」
「父上、私、行ってきます! エルフさん、ゲートを開けてください! 急いで!!」
「ちょっと待て、リリ!」
目を白黒させて私の前に立ちふさがる父を勢いで跳ね飛ばし、「ごめんなさい、父上!」と叫びながらゲートに辿り着いた。ゲートは直径10メートルほどの半球状で、正面に両扉のドアが付いている。私はエルフ達の制止を無視し、ドアをこじ開けて中に侵入した。
「魔王が復活したの! 急いでゼノ王に会わなきゃ!」
「「「!?」」」
サッと、エルフ達の眼の色が変わった。私の言ったことを瞬時に理解してくれたらしく、彼らは何も言わずにゲートに魔力を込め始めた。
転移は初めてだ。
後先考えずに飛び込んだが、よく考えるととても怖い。
だが、迷っている場合ではない。今の自分では足手まといかもしれない。それでも、何か手伝いは出来るはずだ。
このゲートはネコール王国に繋がっている。
ネコール王国にはもっと性能の高いゲートがあり、旧アルバトロス王国に繋がっていると聞いている。
ゼノ王に会って、そのゲートを使わせてもらうつもりだ。
「リリ姫! このゲートはチャド族を想定して造られているので、姫様の大きさだと魔力が少し足りません。中央の水晶に手を当てて、魔力を流してもらえませんか!?」
ゲートの外からエルフ魔術師の声がした。
「やってみます!」
反射的に大声で答える。
やってみますと言ったものの、本来、純血の巨人族に魔力は無い。だが、何故か出来る気がしていた。
前世では小さな頃から散々ファンタジー小説や漫画を読み漁っていたのだ。日本のオタク舐めんな、と闘志が湧いてきた。
息を整えて、水晶に触れる。
私が弓の弦を弾くイメージをすると、呼応するように体内で何かが震えた。それは水面に雫が落ちるのに似ていた。波紋の様に、体内に揺らぎが広がっていく。
これが魔力か、と私は静かに感動を味わった。
私の魔力など微々たるものだが、確かに感じることが出来る。
意識から遠い所で、父の『リリ頑張れ!』という声援が聞こえる。『もう少しです!』と、エルフが力を振り絞るのが伝わってくる。
グワン、グワンとゲート内が揺れ始めた。だが、あと一息というところで転移が発動しない。
(もう少し、ほんのもう少しだけ……!)
逸る気持ちを抑え、必死に意識を集中させる。
ふと、頭の中にスチルが浮かんだ。
巨大な扉を見上げるゼダ王子の後ろ姿。
私に出来ることなど、何も無いかもしれない。
それでも、一緒に戦いたい。
私は王女だ。
ゼダ王子と同じ一国の後継者だ。
『誰か』に任せてはいけない。
ちゃんと向きあえ。
ちゃんと戦え……!!
「ここに生まれた意味は、自分で作るんだ……!!」
腹の奥から叫ぶ。
すると呼応するように大気が揺れ……私は大きな渦に引きずり込まれるような感覚に陥った。
(あ……この感じ知ってる……)
それは、前世の最期の最後、そしてこの世界で目覚める直前に味わった感覚。
きっと、異世界を渡った時の感覚だろう。
(お願い神様! ゼダ王子の所に……!!)
強く神に願う。
「!?」
一瞬の重力の後、突然体がふわりと軽くなった。
転移が無事に発動したのだと直感した。
そして、ヨロヨロとゲートの外に出た私は絶句する。
そこにあったのは見慣れたネコール王国の石畳ではなく、魔物と戦う人々と、砂漠にそびえる巨大な城塞都市の姿だった。
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