13. 悪役令嬢は突然に
弓を教えるようになって、1カ月が過ぎた。
あの日以来、ダライ様とは疎遠になっている。
弓道場に現れないだけでなく、同じ屋敷に住んでいるのに全く会おうとしてくれないのだ。家を空けている時間も長く、せっかく戻って来ても部屋に閉じこもって面会謝絶状態だ。
何度もお菓子を持ってダライ様の部屋を訪ねたが、返事すらしてくれない。
完全に、避けられている。
ショックだ。
どうやら私は、親切で真面目で礼儀正しいダライ様の事をかなり信頼していたらしい。会ってもらえないだけなのに、心も体も鉛を飲んだように重い。
……まあ、お菓子を部屋の前に置いておくと次の日には空になった容器が返却されているので、完全に嫌われたわけではないと思う。……そう信じたい。
ダライ様のいないネコール王国は、とても心細い。
「あなたが噂のリリ姫ですわね?」
ため息を吐きながら王城を弓道場に向かって一人で歩いていると、不意に後ろから呼び止められた。
振り返ると、サラサラの金髪がそよぐ、青い瞳が印象的な美少女と目が合った。その後ろには護衛らしき男や侍女らしきマッチョな女達が続いている。
この国に来て、これほどエルフの血が濃い女性を見たのは初めてだ。本物のエルフよりは骨格がガッチリしているが、ギガン族の中では明らかに華奢で美しい。あまりの美少女っぷりに、綺麗なものが大好きな私は思わず息を呑んでしまった。
「リリ姫ですわね? と、お聞きしたのですけれど」
「え? あ、はい。そうです!」
私の返事が遅れたことに気分を害したようで、美少女はやや口調がきつい。後ろの女達が私を見てクスクスと笑っている。……美少女だけど、何か感じ悪い。
「私はネコール王国唯一の公女、アーミャですわ」
「トルク王国、チャド族の王女リリでございます」
なぜかふんぞり返っているアーミャに対し、私は片膝を曲げて丁寧な礼を返した。
アーミャの噂は聞いている。たしかゼダ王子のお母様の妹の娘だったはずだ。アーミャの一族は、女性の王族がいなかったネコール王国で、対外的な公務を行う女性を確保するために特例で公爵家となった一族だ。ゼダ王子の従妹であり、婚約者とも言われている。
偉そうなのが鼻につくが、美少女だし、ゼダ王子の従妹なので礼は尽くそう。美少女だし。
「……」
「……?」
「それで?」
「へ?」
「私が挨拶をしたのに、それで終わりですの? 無礼ではありませんこと?」
「……」
何を言っているの、この子。
私は思わず目が点になってしまった。
公女と王女では、当然のことだが王女の方が位が高い。いくらネコール王国が大国といっても、その順位は変わらないはずだ。まさか、知らない訳ではあるまい。
「……おっしゃる意味が分かりかねます。私が何か無礼をいたしましたでしょうか」
「鈍い方! これだから野蛮な一族は困りますわね。今日は……それなりの格好をされていますけど、いつもは裸同然で歩き回っているそうじゃありませんの。殿方達に色目を使って、大層な騒ぎを起こしたそうですね」
「んな……っ!?」
あまりの言い分に声が裏返った。
アーミャが私に敵対心があることは、今の発言からよく分かった。だが、初対面の相手にこれほど侮辱される理由が分からない。後ろの侍女達も生ごみを見る様な目つきで私を睨んでいる。
(な、何なのこの状況!?)
怒りで思わず手が出そうになったが、護衛らしき男性が申し訳なさそうな顔をしているので、グッと堪えた。
アーミャは見た目こそ10代後半だが、成長の早いギガン族の血が混ざっているため実際は10歳以下かもしれない。
実年齢30代の自分がムキになる相手ではない。
とはいえ、次期王妃候補ともあろう者がこれではいけない。今後のためにも注意はしておこう。
「……どんな噂を聞いたのか存じませんが、私にそのような意図はございません。アーミャ様。誤解とはいえ、一国の王女に対し無礼な発言はお控え下さいませ」
「まあ! 皆様聞きまして!? 野蛮な小国の分際で、私に口答えしましたわ! ゼダ様方から優しくされて調子に乗っていらっしゃるのね? 嫌だわ、社交辞令も分からないのかしら。無様ね!」
(あ、駄目だこれ)
バチーン
「……」
「……あ」
しまった。思わず手が出てしまった。
アーミャの可憐な頬に、私の手形がくっきりと浮かぶ。
「ごめんなさい……お似合いですね。手形」
ついでに口も出てしまった。
「……い……いたああああああい!! 何してるの!? 早くこの者を捕らえなさい!」
「「「はい! 公女様!」」」
「え!? 悪いのはそっちじゃん!?」
自分が国際問題を起こしたことに気付き、サアーッと血の気が引く。素で訴えたが、後の祭りだ。
お父様なら「よくやった!」と褒めてくれそうな気もするが、それで済む問題ではない。
ギガン族がその気になれば、チャド族など簡単に滅ぼすことが出来るのだ。
「うっ……!」
顔に激痛が走った。
これ以上問題を起こす訳にいかない私は、抵抗することなくマッチョな侍女達に抑え込まれた。腕を折らないように体を捻っていたため、変な角度で地面に顔を叩きつけられてしまったらしい。頭が割れるように痛い。鼻が折れたかもしれない。
「許せませんわ! こんな女のどこが良いのかしら!?」
アーミャが片足を大きく後ろに引くのが見えた。
(蹴られる!!)
いくら美少女でも、アーミャは4.5メートル級の巨人だ。この体勢で蹴られたら、死ぬ。
私は死を覚悟して、ギュッと目を瞑った。
「そこまでだ」
「「「!?」」」
私の目前5センチのところで、アーミャのつま先が止まった。
私を抑え込む侍女達の手が緩む。
恐る恐る顔を上げると、ゾッとするほど怒気を顕わにしたゼダ王子が視界に入った。あんな顔は初めて見る。
ゼダ王子はアーミャの首根っこを掴んだまま、荒々しく背後の騎士達に向かって放り投げた。
「牢に閉じ込めておけ」
「はっ」
「なっ!? 私は悪くありませんわ! ゼダ様、その女が私に無礼を働いたのです。罰を与えねば示しがつきません!」
「何をしている、早くこいつらを連れて行け。一国の王女であり、我が王の客人である女性に怪我を負わせたのだ。追って罰を与える。……示しがつかないからな」
「そんなっ……! ゼダ様! 私はあなたの婚約者でしてよ!? 私より、そんな小国の姫を優遇するとおっしゃるの!? あなたは騙されているだけですわ!」
「黙れ」
「!?」
「それ以上口を開けば、この場で処刑する。王女殺害未遂だけでなく、我が婚約者などと偽った罪。加えて、騙されているなどと俺を侮辱した罪……これらの件は、お前の一族にも責任を問うものとする」
「いや……どうして……!?」
「口を開いたな。ガッツ、こやつの首を刎ねろ」
「はっ」
「ひっ……! 嫌! 嫌よ! 放して!」
アーミャが髪を振り乱して騎士達から逃れようと暴れている。それを見つめるゼダ王子の目は、氷の様に冷たかった。
「お待ちください!」
私は痛みを堪えて、グッと身を起こした。その拍子に、ポタポタと鼻血が白磁の回廊に紅い染みを作る。
ハッと目を見開いて、ゼダ王子は私に駆け寄ると肩を支えてくれた。先程の氷の視線ではなく、いつもの温かな眼差しに戻っていることにホッとする。
「リリ姫。無理に体を動かしてはいけない」
「大丈夫です。私はチャド族の戦士ですよ? こんな傷、慣れっこです」
嘘だ。
チャド族で私を傷付ける者はいない。戦士なのは本当だが、弓使いなので接近戦はしたことがない。骨を折るなんて、初めての経験だ。
茶目っ気たっぷりに笑ってみたが、気が遠くなるほど痛い。
だが、死ぬほどではない。
これくらいの傷で、アーミャや侍女達の命を奪う訳にはいかない。それに……アーミャの言い分も分かる気がしたのだ。
この一カ月、王子やエルフ巨人の騎士達は私と共に訓練をしていた。彼らとは何もなかったとはいえ、女性が戦う習慣のないギガン族のアーミャからすれば、野蛮な国の薄着の女が男達を惑わしているように見えたのだろう。自分が逆の立場で、他所の女がチャド族の戦士達と懇意にしていたら、同じように嫉妬していたはずだ。
さすがに……暴言を吐いて、骨を折って、蹴り殺そうとは思わないけど。
「大丈夫です。謝罪だけで結構ですから。……ね?」
子供をなだめるように、ゼダ王子の頭に触れた。その手に、王子の手が重なる。少し泣きそうな顔に、キュンと胸が疼いた。
もう一度「ね?」と無理に笑う。ゼダ王子が何かを言いかけたのが分かったが、グラリ、と世界が揺れた。どうやら痛みが限界を超えたらしい。
「……リリ!?」
大丈夫、平気、と呟きながら……私は意識を失った。
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突然現れたかと思ったら、あっという間に断罪される悪役令嬢アーミャちゃんでした。
まだ10歳だから許してあげて!
では、また次回。




