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幽霊(役者志望)

 どうやら死んでしまったらしい。俺は自分の死体の前で立ち尽くした。

朦朧とした頭で記憶を辿ってみた。

急ブレーキの音、突っ込んできた乗用車、飛び交う悲鳴・・・。

・・・・会社に行く途中に車に撥ねられたらしい。

眼前には俺の死体がうつ伏せで道路に倒れている。お気に入りのスーツは血で真赤だ。

この出血量は、素人目から見ても死んでいると思われる。

跳ね飛ばされたあと後続の車にでも巻き込まれたらしく見るも無残だ。

というか怖くて見れない。

自分の死体を見るなんて誰もが嫌だとは思うが、例外なく俺も嫌だった。

 加害者が車から降りてきた。顔面蒼白でパニックになっている。若い男だ。

まだ大学生ぐらいだろうか。俺が死んでしまったからには彼の将来は絶望的だ。

そして何で俺はこんなに落ち着いているのだろうか。死んだんだぞ・・・。

 そう6月11日。今日、此処で、二つ(俺と加害者)の人生が終わってしまった。

奇しくも、この、思い出の交差点で。



「金田くん。高校出たらどうするの?」

仲村真知子さんが少しさびしそうな顔で僕に聞いてきた。

「僕は役者になりたいんだ。だから上京しようと思っている。」

「やっぱ、そうなんだ。金田くん演技うまいもんね。」

「まあ、僕も男だからね。夢に向かってチャレンジぐらいはしてみたいんだ。」

僕は仲村さんに少し格好付けて言った。

僕と仲村さんは演劇部に所属していた頃からの友達だ。

部活を引退してからもよく部活に顔を出して、こうして一緒に帰っている。

「・・・仲村さんは地元の大学だよね。」

「うん・・・。東京までは・・遠いね・・。」

仲村さんがそういって立ち止まった。ここは僕と仲村さんの帰り道を分ける交差点だ。

「・・・仲村さん?」

僕は何か考え込んでいるような仲村さんに声をかけた。

「金田くん、私たちってさ、別に、さ・・・・その、恋人同士とかじゃないけど、その・・。」

僕の心臓が跳ねた。何となく仲村さんが言おうとしていることが分ったのだ。

何故なら僕も同じことを考えていたからだ。

「なんていうか・・・私は、その・・・か、金田くんは。」

「仲村さん!」

僕は仲村さんのセリフを遮った。男として、仲村さんに伝えることがあったからだ。

「僕はもうすぐ、東京に行くけど・・・今更だけど、君に伝えたいことがあるんだ。」

「え・・・な、何?」

「君が好きだ。」

「・・・金田くん・・・・うれしい・・・。」

「仲村さん・・・・。」

僕は仲村さんを抱きしめた。そして腕の中にいる彼女に大切なことを告げた。

「僕は4年ほど東京でがんばってくる。そして、きっと成功してみせる。そしたらさ・・・その時は仲村さんも大学卒業だから・・。その・・ぼ、僕と、結婚してください!」

僕は言った。この気持は4年たっても揺るぎないものだと言える。

抱きしめた腕を緩めて仲村さんの目を見つめた。

彼女は照れながら、確かに傾いた。めちゃくちゃ嬉しかった。

「仲村さん・・・・。」

「金田くん・・・・。」




 と、俺はこの思い出の交差点の事を、なんとなく思い出していた。

結局俺は役者にはなれなかった。でも彼女は待っていてくれたのだ。

親のコネで地元に就職した俺は、彼女との結婚を1ヶ月後に控えている。

そう、幸せの絶頂にいたのだ。しかし、俺はたった今死んでしまった。

俺は自分の死体に駆け寄った。・・まだ死ぬわけにはいかない。

「おい!起きろ!まだ何もしてないだろ!」

俺は力の余り叫んだ。神にすがるように。祈るように叫んだ。

死体の背中に向けて叫んだ。

「真知子を、幸せにするんだろう!彼女はずっとお前を待っていてくれたんだよ!

お前がこんなんでどうする!また彼女を苦しめるのか!」

真知子を待たせた4年間、特に後半の方、俺は電話の度に不満や愚痴などを彼女にぶつけていた。

クリスマスに彼女の元へ行かなかったことや、女遊びに走ったこともある。

「くそっ!動け!おい!真知子がお前を待ってんだよ。どんだけ待たすんだよ!」

真知子はそんな俺を待っていてくれた。笑顔で待っていてくれたのだ。

きっと影ではたくさん泣いていただろう。

でも真知子は、笑顔で、俺を、4年間も待っていてくれたのだ。

「くそっ!神さま・・・・・。」

俺は力なくうな垂れた。救急車のサイレンの音が聞こえてきた。

「ーーーーーーーーーー!!!!」

叫んだ。泣き叫んだ。子供のように叫んだ。不幸を呪った。

そして、俺は座り込んだ。

周囲が騒がしくなってきた。救急隊が到着したようだ。

複数の足音が聞こえる。俺はその場から動くことができなかった。


「はい、お兄さん、ちょっとどいてね。」

救急隊員らしきおっさんが俺の肩に手を置いた。あれ?

「うあ、もう駄目だな。」

おっさん達の会話が聞こえてきた。やっぱり死んでいるらしい。

分かってはいたが、その事実はきつかった。

「シートかぶせてー、はい。・・・・搬送開始しまーす。」

担架で俺が運ばれて行った。俺は追いかけた。そういえば体中が痛む。

幽霊でも痛みってあるんだな。足がガクガクで何度も転びそうになった。

でも俺は走った。


神様・・奇跡を!


「死ぬな!生きろ!真知子をっ・・・真知子のために!」

俺は青いビニールシートが掛けられた自分の死体にすがりついた。

何度も、何度も奇跡を願った・・・。

「ちょっとお兄さん、落ち着いて、知り合いの方?おーい、鎮静剤頼むー。」

救急隊員のおっさんが俺を取り押さえようとした。・・こいつ、霊能力者か!

「放せ!俺はまだ死ねないんだ!」

「ちょっと落ち着いて、そういえば君も結構ボロボロだよ?怪我してるんじゃんない?」

こいつは何を言っている?あまりにも俺が暴れたせいで死体の青いシートがはだけた。

「うあー!誰コイツ!死んでるぞコイツ!」

俺は死体の顔を見て驚いた。誰だ?コイツ?

「え、お兄さん知り合いじゃないの?じゃあ何であんなに取り乱してたの?」

俺は考えた。・・・・・コイツは誰だ?あ!

事故の時に俺のすぐ側を歩いていた若いサラリーマンだ。

背格好が俺によく似ている。

「あー、その、え!俺死んでないの?」

「何言ってんのお兄さん。暴れるなら救急車から降りてくんない?」

「いよっしゃあああああああああああ!!!!」

渾身のガッツポーズを繰り出した。真知子!俺は帰るぞ!

「ちょっとあんた!遺体の前でガッツポーズって何考えてんだよ!」

救急隊員のおっさんが俺に怒鳴ってきた。目がマジギレだ。

今振り返ると俺は嬉しさのあまり頭がおかしくなっていたようだ。

「知るか!演技の練習だよ!」

おっさんにパンチを浴びせ、俺は救急車から飛び出した。



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