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「転勤、ですか」

他の同僚たちが昼食を楽しむ…前に各々が次の授業準備を行なう喧騒に包まれた昼休みの職員室で、僕は小さく呟いた。ここは市立中学校の職員室である。


「そう、転勤」

なぜか教頭は満足げにそう告げ、ぴちっと着こなしたスーツの胸元から煙草を取り出した。

「転勤校は星丘町立星丘中学校」

チンッ、ジュボッ。というジッポライターの音が喧騒の中でやけに際立って聞こえた。

「任期は今年度中だよ。悪くはない話でしょ?」

フウッと教頭は黄色い歯の間から紫煙を吐き出す。嫌な臭いが鼻腔に侵入してきて、僕は思わず顔をしかめた。

「…悪くないも何も、あまりに突然な話ですね」

嫌煙家の運動もあってか近年は校内全面禁煙の学校も多い。しかしこの中学校はそんな時代の流れは露とも知らず。職員室での喫煙も許可されている。何をやっているんだ「モンペ」は。

「今年度から赴任した新任教諭が逃げちゃったらしくてね。2学期からの社会科教諭の数が不足しているそうだ」

フンッ、と鼻の間からも紫煙を吹き出す目の前のひげ達磨は、いかにもけしからんといった顔で煙を楽しんでいる。典型的な嫌な上司である。

「それにしても、星丘町ですか。今の住所から勤務するには遠すぎる町です。申し訳ないのですが、僕はお断りします」

「里中せんせぇい」

ヌッフッフ、と教頭は煙を吐き出しながら笑う。嫌な予感がした。

「星丘町からこんなに離れたこの中学校に、何故この転勤話がきたのか。先生には理解できるかな?」

咥えるシガレットの長さはみるみる短くなっていく。

「推薦しちゃったんだよ、教育委員会に。うちの学校に腕の立つ社会科の教諭がいるぞってね」

ひげ達磨は短くなったシガレットを汚れた灰皿に押し付け、顔の前で両手を組んだ。さも、君の意見は認めんぞといった具合に。

「君もまだ30で、教師としてはまだまだ見習いだ。学校現場のこれからを担う君が色んな現場を経験しておかないでどうするんだい」

「いえ、しかし…」

「いやいや、分かってるんだよ」

達磨はそう制し、2本目を指に挟む。チンッ、ジュボッ。

「君はもう結婚して家庭もある。去年はお子さんも生まれた。過程としてはこれから頑張らなきゃいけないのに、転勤、ましてや転居なんてもってのほかだ。…違うかな?」

いい加減喫煙をやめてほしい。

「いえ、合っているのですが…」

早く次の言葉を選ばねば。

「まぁだ分からんのかね」

ズイッ、と顔を寄せてくる。その精悍な顎髭からも僕の嫌いな臭いが発せられている気がした。

「いい話じゃないか。1歳のお子さんだろ?こんな薄汚れた未来のない小規模地方都市にいるくらいなら、自然豊かな星丘町でのびのび育てた方がずっといい。奥さんも仕事であまりうまくいってないんだろう?いい機会じゃないか」

僕は、何も言えなかった。

教頭はドスンと元の椅子に居直った。

「推薦した私のメンツもかかっているんだ。ぜひ、頼むよ?」

ヌフフ、と教頭は満足げに煙を吐き出した。僕は理解した。


「分かりました……」

これは、左遷だと。


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