第91話「叔父と王子」
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【スピネドールと国王】
「スピネちゃん、大きくなったなあ!」
国王フィオネル陛下の嬉しそうな大声に、俺は耳まで熱くなるのを感じた。
「陛下、『スピネちゃん』はもうそろそろお許しください」
「おおそうか」
叔父上はうんうんとうなずき、それからまた言う。
「しかし本当に立派になったな、スピネドールちゃん。母君にますます似てきたぞ」
「恐縮です」
俺はどちらかというと、ちゃん付けの方をやめて欲しかったのだが……。
さすがに国王である叔父上にあまり文句も言えず、俺は軽く頭を下げる。
叔父上はいつもこんな調子だ。
「ところでスピネドールちゃん。学院はどうだ?」
「二年生になってから、だいぶ雰囲気が変わりました。スバル・ジンの影響だと思います」
あいつが来た途端、長らく音信不通だった学院長が戻ってきた。それと同時に教官の顔ぶれも授業の内容も一変した。
そしてあいつの凄まじい実力。
絶対に何かある。
ふと気づくと、叔父上は国王の顔をしていた。真顔だ。
「スピネドールよ」
「はい、陛下」
「お前の見たところ、スバル・ジンはどのような人物か?」
俺はやや緊張しつつも、主君に対して率直に申し上げる。
「魔術だけでなく、学識も武勇も優れています。学問を愛し、義を重んじ、誰にでも親切な男です。およそ欠点らしいものが見当たりません」
いや、欠点はあったな。
「強いて挙げるとすれば、自分の身を大切にしないことですが……」
「ほう」
身を乗り出す叔父上に、俺は日頃の不満をぶちまける。
「あの男、放っておくとすぐに無茶苦茶な量の用事を背負い込んでフラフラになっているんです。全く腹立たしい。もう少し俺たちを頼ればいいものを」
確かに俺たちでは、あいつの背負っているものは背負いきれないかもしれない。
だが全く役に立たないということもないはずだ。さすがにそれはない……と思いたい。
俺が忸怩たる思いで顔を上げると、叔父上は深くうなずいた。
「なるほどな。お前をそこまで夢中にさせる若者か」
「いえ、そのようなことは……」
また耳まで熱くなる。確かに少し冷静さを欠いていたか。
しかし叔父上は満足そうだ。そして目を細めながら、こんなことを言う。
「私は残念ながら、父上や姉上ほどには人を見る眼がない。大して賢くもないから、たやすく騙される。だから学院に在籍している甥っ子の意見を聞きたかった」
返答に困る。確かに母上から聞いた色々な話を思い出すと、叔父上は騙されやすそうではあるが……。臣下に過ぎない俺にそんなこと言える訳がないだろう。
俺が黙っていると、叔父上は俺の肩をポンと叩いた。
「今日ほどお前の成長ぶりを頼もしく思ったことはない。ゼファー学院長に感謝せねばな。もちろんジンにもだ」
「いえ、そんな……」
為政者としてはあちこちで陰口を叩かれている叔父上だが、親戚としてはとても好きだ。
「ところでスピネドール、ファルファリエ皇女についてお前はどう思った?」
「彼女のことですか」
また難しい問題だが、これは明らかに政治の話だな。しかもかなり踏み込んだ話になりそうだ。俺の人物眼を信頼してくれた証か。
俺は叔父上の信頼に応えようと、自分なりに考えを述べる。
「学院内での人望は高いです。一部の二年生が敵対心を抱いていましたが、それも……」
あいつらが何を言っていたか、俺はふと思い出す。
「スバル・ジンが取りなしたようです。今のところ、皇女を悪く言う者はいません」
「なるほど。……うん、私の若い頃より立派そうだな。やはり有能な人物か」
叔父上は頭を掻き、改めて俺に問う。
「だが客観的な評価は私も漏れ聞いている。お前自身の意見を聞きたい」
「それは……ですね」
俺も彼女は信頼できる人物だと思う。
ただ、ジンが妙に警戒している様子なのが引っかかる。
「俺は彼女のことを信頼していますが、ジンが……あ、いえ……」
叔父上は俺の評価を聞きたいのだ。ジンの評価ではない。
しかしジンが警戒心を抱いているのに、俺が皇女を信用して大丈夫なのか?
くそっ、なんて情けないんだ。俺は自分の意見も言えないのか。俺は誇り高き王族にして学院屈指の秀才、「火竜」スピネドールだぞ。
俺はだいぶ迷った後、叔父上に申し上げる。
「帝国の意図を推し量れば、善意だけの人物を寄越すはずがありません。人望が篤いのも、それだけ懐に潜り込む術に長けているからでしょう」
俺はどうしても、ファルファリエを敵だとは思えなかった。
だがそれこそが、彼女が有能な諜報員である証拠だ。
叔父上は俺の話をじっと聞き、それからこう問いかける。
「確かにな。ではどうするべきだと思う?」
「わかりません。俺は魔術師ですから」
卑怯な言い訳で俺は逃げた。その先を口にするのは怖かったし、何よりも俺は王位に近づいてはいけない身だ。王に進言など危険すぎる。
すると叔父上は少し寂しそうな顔をして、それからふと微笑む。
「そうであったな。すまん、お前の立場を忘れていた」
「いえ……」
俺は王位なんか欲しくない。近づけば親族を大勢不幸に巻き込む。
だから実の叔父が相手であっても、踏み込んではいけない一線が存在する。
叔父上はまた国王の顔になり、重々しくうなずいた。
「スピネドールよ、大儀であった。お前の報告は王室で共有し、今後の施策に役立てるとしよう。宴を楽しんでくるがよい」
「恐れ入ります」
俺は立ち上がると一礼する。
退室するとき、叔父上のつぶやきが漏れる。
「信頼できる友を多く持てよ、スピネ」
俺は振り返って笑う。
「はい。そいつらから『スピ先輩』と呼ばれるので困っています」
「そうか、では私も次からそうしよう」
そう言って叔父上は笑った。
* * *
歓迎の宴の中、俺はまだ必死にマリエの機嫌をどうにかしようと努力していた。
「酒はもうよせ」
「飲む端からアルコールは魔法で分解してるから問題ないわ。自分の代謝ぐらい好きにさせて」
「だったらその不機嫌そうな態度は、酒によるものじゃないんだな?」
「当然でしょう?」
あっさり肯定された。その方がやりやすいからいいけど。
マリエは俺をじっと見る。機嫌は悪そうだ。
怖いので急いで言い訳しよう。
「ファルファリエ皇女は依然として帝国側の人間だが、それはそれとして彼女に不安や孤独感や屈辱を味わわせて良いはずはない」
長い長い沈黙。おい、怖いぞ。何か言ってくれ。
昔メチャクチャ避けられていた頃の記憶が蘇る。今の彼女は当時の姿のままだから、余計に記憶が蘇る。
俺がハラハラしながら見ていると、マリエは少し気まずそうな顔をしながらこう言った。
「あなたって、初めて会った頃と較べると別人みたいだわ。ずいぶん変わったわね。その、ええと……優しさがね?」
これは褒められた、という認識でいいのだろうか。だとしたら千載一遇の好機だぞ。
俺は慌てて口を開く。
「ああ、あの頃は悪いことをしたな。俺が怖かったんだろ?」
「え、ええ。そうね。あのときはね? でも今は……その、なんていうか……」
何をそわそわしてるんだ。
さてはワインを飲み過ぎたせいで尿意でも催してるのか? 体内のアルコールは最後は二酸化炭素と水になるからな。ワイン自体も八割以上は水だし。
俺はさっさとトイレに行けばいいのにと思いつつ、礼儀上それは言わずに会話を続ける。
「今はもうベオグランツ人を滅ぼしたいなどとは思っていない。もちろんベオグランツ人以外もだ。安心してくれ」
するとマリエは特大の溜息をついた。
「そうじゃないのよ。あなた、本当に変わらないわね」
今変わったって言っただろ? 何なんだよお前は?




