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第8話『上級生筆頭との対決(前編)』

08


   *   *   *



 俺が寮の一室でおとなしくじっとしている間に、新学期は着実に近づいていた。

 正確には新学期はもう始まっており、一般入試の新入生は講義を受けている。彼らは初心者なので、確実に魔法を発動できるところまで猛特訓しているのだという。

 だが特待生には関係ないので、俺たちは暇を持て余しているという訳だ。



 明日からようやく授業が始まるらしいので、俺は少しホッとする。ここ数日、何も騒ぎを起こさないように息を潜めていたのだ。

 学生食堂でも落ち着いて食事ができる。



「今日は何だか嬉しそうだな、ジン」

 すっかり親友面のトッシュが、川魚の揚げ物をむしゃむしゃ頬張りながら笑う。

 俺も負けずにむしゃむしゃ頬張りながら、素直にうなずいた。



「ああ。やっと講義が始まるからな」

「お前の腕前だと、もう習うこと何にもなくね……?」

 トッシュが鋭すぎる疑問をぶつけてくるが、俺は軽やかに受け流す。



「この揚げ物旨いな。一切れ食うか?」

「くれ! ありがとう!」

 若返って良かったことはいろいろあるが、揚げ物をいくら食べても胸焼けしなくなったのはかなり嬉しい。

 とはいえ食べ過ぎになりそうなので、こうして育ち盛りの若者にお裾分けする。



「ふははは! ふめえ!」

「口の中に物を詰めたまましゃべるな」

 こいつ、実家ではどんな食生活してたんだろう……。タンパク質と揚げ物への欲望が深すぎて、ちょっと心配になる。



 だがトッシュの十代らしい元気っぷりは、見ていて気分がいい。

 俺もマリアムを見習って、若い弟子の1人ぐらい取れば良かったかな。

 そんなことを考えていると、背後に人の気配を感じる。



「食事の邪魔をしないでくれ」

 俺が振り返らずに背後に向かって言うと、そいつらは声を出して笑った。

「おっと、随分と臆病な新入生だ!」

「ははは、まるでオドニーのピーピュだな!」

 なんだオドニーのピーピュって。サフィーデの方言で話されてもわからんぞ。



 俺が振り返ると、見るからに生意気そうな少年たちが上から目線で俺たちを見ていた。

「よう、新入り」

「ということは、お前らは2年生か」

 これはもしかすると、軍隊などでよくある「新入りいびり」というヤツではないだろうか。

 実際に経験するのは初めてだ。



「おいこいつ、全然怖がってないぞ」

「むしろ興味津々みたいな顔してやがる……」

 数名の2年生たちは俺の反応が気に入らなかったらしいが、リーダー格らしいのが笑う。おかっぱ髪の、美形だが神経質そうな少年だ。



「怖い物知らずの若造だからな」

 若造って……1年しか違わないのに。

 ふとトッシュを見ると、さすがの彼も不安そうな顔をしている。上級生が怖いらしい。



 2年生のリーダーっぽいのが腕組みして笑っている。

「その様子じゃ二次試験は相当できたんだろ? 何体倒したんだ?」

「言っておくが、この2年生首席の『火竜』スピネドールは、2次試験で5体の骸骨兵を1人で倒したんだ」



 トッシュはそれを聞いただけで青ざめている。無理もない。骸骨兵は物理的な損傷に対しては強いから、破壊魔法で5体倒せるとなればそれなりの実力者だ。

「おいそこのツンツン頭、何体倒したんだ?」

「お……俺は1体……だけです」



 途端に嘲笑が広がる。

「たった1体? よくそれで特待生ヅラができるな?」

「才能ないぞお前! 今から一般生にしてもらえ!」

「うう……」

 トッシュは何か言いたげだが、やはり先輩は怖いようだ。



 相手が子供なのでからかわれたところで別に腹も立たないが、俺の年の離れた友人を怖がらせるのは許せんな。

「トッシュはなかなかの使い手だ。それに1体しか骸骨兵を倒していないのは、もうそれ以上骸骨兵を倒しようがなかったからだ」

「あん?」

「何だそりゃ」



 俺は彼らに説明してやる。

「他の3人が1体ずつ倒した後、俺が残りの骸骨兵を全て破壊した」

 一瞬、沈黙が辺りを支配する。

 だが直後に上級生たちは大笑いした。



「おいおい、1人で全部倒せる訳ないだろ!? 40体ほどいただろ?」

「今年の新入生はジョークだけは上手いな!」

「誰だよ芸人を入学させたのは!」

 最初から全く信じないのは学徒としては感心しないな。何事も検証と分析だ。



 だが彼らには検証も分析もするつもりがなさそうなので、俺も挑発には挑発で応じることにした。2年生たちを見回す。

「まさかお前たち、あの程度の骸骨兵を全滅させることもできなかったのか?」

 俺が真顔でそう言うと、彼らは俺を取り囲んだ。



「いい度胸だな、お前」

「おい新入生、適当なハッタリで俺たちをどうにかできると思うなよ?」

「骸骨兵ってのは1体倒すだけでも死力を振り絞るもんなんだぞ、新入り!」



 骸骨兵は屍竜や鉄巨人などを召喚できないときに数合わせで仕方なく使うようなもので、そんな大層な代物じゃない。運用は100体単位で行うものだ。

 まあいい。適当に丸太を何本か焼いてみせれば、彼らも納得するだろう。



「議論では解決しないようだな。では実証してみせよう」

「てめえ……」

「何なんだよ、こいつ」



 上級生たちが色めきたつと、スピネドールとかいうのがニヤリと笑う。

「落ち着け」

「でもよ、スピネドール……」



 スピネドールは軽く手を挙げて、級友たちの発言を遮る。

 それから冷たいまなざしで俺を見た。

「それほど実力があるのなら、まさか俺との勝負から逃げたりはしないだろうな?」



 その声に食堂にいた全員が振り返った。好奇の視線があちこちから突き刺さる中、俺は首を傾げる。

「勝負?」

 俺がやりたいのは勝負ではなく実証なんだが、子供の相手ってやっぱり結構疲れるな。



 スピネドールは俺を見て不敵に微笑む。

「そう、勝負だ。今さら後に退けると思うなよ、ガキ」

「ガキはお前だろう」

 もういいや、お望みどおりにしてやろう。



 俺は魚の揚げ物をトッシュの皿に移す。おちおち飯もゆっくり食えない。

 そうだ、先に言っておかないと。

「手加減はあまり得意じゃないが、それでもいいか?」

「貴様……」



 スピネドールがキレそうな笑みを浮かべている。自尊心をいたく傷つけてしまったらしい。

 ただ俺が見た感じ、こいつもトッシュたちと大差なさそうなんだよな。

 相手は子供だから安全には万全の配慮をするつもりだが、かすり傷ぐらいは負わせるかもしれない。



「で、実験だったな? 何でもいいぞ、全員かかってこい」

「勝負だと言ってるだろうが! 決闘だ!」

 どっちだよ。

 やたらと怒りっぽいスピネドールはそう叫び、俺を手招きした。



「こっちだ! 早く来い!」

「なんなんだいったい」

 俺は溜息をつくと、食堂を後にする。

「お、おいジン!? 待てよ、俺も行く!」

 トッシュは上級生たちに怯えながらも、すぐに俺の後に続いた。思ったよりも男気のあるヤツだ。



 2年生たちに囲まれるようにして連れて行かれた先は、入試会場とよく似た建物だった。やはり弓術の練習場に似ている。

「ここなら多少派手にやったところで、周囲に被害が出ないからな」

 ニヤリと笑うスピネドールと取り巻きたち。



 確かにここなら多少は大丈夫だろう。もちろん俺が本気を出したらマルデガル城ごと吹き飛んでしまうが、食堂で暴れるよりはマシだ。

「よし、さっさとやるか」

 細長いレーンをいくつも持つこの建物の構造上、やはり向かい合って魔法を撃ち合うのだろうな。



 俺は射的の丸太が並べられているところまで歩いて行き、スピネドールに向き直る。

 まず彼に好きなだけ撃たせてから、軽く反撃して降参させるとしよう。未来ある子供に怪我をさせる訳にはいかない。

「さあ、いつでもいいぞ」

 しかしよく見ると、2年生たちの顔色が悪い。



「お、おい、お前……」

「なんでそっちに行く?」

 なんだ、まだ変なローカルルールでもあるのか。

 面倒くさいから早く済ませたい。



「いいから撃ってこい」

 するとスピネドールが叫んだ。

「貴様、俺を舐めているのか!? 『決闘』だぞ!」



 決闘といえば士分にのみ許される特権だ。平民には申し込めないから士分同士でやる。

 負けた士分は自害するのが作法だ。だから実際に決闘するヤツなんて俺は一度も見たことがない。あくまでも形式的な権利だ。



 少なくとも俺の故郷のゼオガではそうだったんだが、さすがに学校で生徒同士がそんな命のやり取りはしないだろう。

 どうせお遊びみたいなルールで勝負するのを、大仰に言っているだけだ。



「面倒だ。早く撃て」

「いいんだな!? 本当に撃ってやるぞ貴様!」

「だから早く撃てと言っている」

 向こうの方でスピネドールがカンカンに怒っているのが見えた。若い頃の俺って、こんなに目が良かったんだな。



 のんびりしていると、スピネドールが詠唱を始めた。

「紅蓮の頂に住まう火竜の激怒よ、我が怒りと共に在れ! 我が掌より放たれよ、火竜の息吹!」

 精霊術か。詠唱が一番かっこいいのは精霊術だな。



 次の瞬間、俺めがけて巨大な火の塊が飛んできた。坊やにしては上出来だ。褒めてやってもいい。

 だが魔術師同士の戦いで、このやり方はあまりにも稚拙だ。ゼファーが作った学校の生徒とは思えんな。



 炎の塊は巨大だが、あくまでも威嚇だ。俺を直撃する弾道ではない。やはり人を撃つのは怖かったのだろう。

 だがそれはとても良いことだ。悪い子じゃないな。

 俺は微笑みながら片手を軽く挙げ、一言命じる。

「消え去れ」

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