第73話「軍事のシュバルディンと研究のゼファー」
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その後、王室は本格的に兵力の一元化を画策し始めた。
俺は学院長室で煎り豆茶を飲みながら、ゼファーの話を聞いているところだ。
「王室が有力諸侯を個別に招き、軍権を王室に委ねるように打診しているらしい」
「諸侯からは反対意見が出たんじゃないか?」
俺の質問にゼファーは老眼鏡を掛けて報告書に目を通す。
「表向きは反対意見が出ていないそうだ。さすがにデギオン公の反乱鎮圧直後では異論も出せまい」
「なるほど。『表向きは』だな」
裏ではディハルト将軍の失脚工作ぐらいは計画しているだろう。
俺は煎り豆茶を飲み、兄弟子の顔を見る。
「貴族とは本来『戦う人』だ。彼らは『耕す人』と違って畑は耕さないし、『祈る人』のように皆を束ねることもしないが、剣を振り回して皆を守るのが彼らの役割だった」
だから貴族から軍権を取り上げることは、彼らにとっては耐えがたい屈辱と言えるだろう。
マリエがお茶請けの菓子をつまみながら言う。
「じゃあかなり揉めるわね。あの坊や、大丈夫かしら?」
「世渡り上手な男だからうまくやるだろう。野心の代価は彼自身が払わねばなるまい」
同胞に暗殺されるような間抜けなら、どのみち帝国相手に渡り合うことなどできないだろう。
ゼファーは煎り豆茶を飲みかけて、ふと手を止める。
「しかし大事だな。ここまで危険を冒してでも、『国王の軍隊』を作る必要があるのかね?」
「ある。指揮系統が複数あって、装備も練度もまちまちでは複雑な戦術など不可能だ。それに招集に時間がかかりすぎる。動きの遅い軍隊など役に立たん」
ベオグランツ帝国軍は地域ごとに分割されているが、その全てを統帥しているのは皇帝だ。皇帝が任命した将軍たちが師団長を束ね、各師団が連携して動く。
細かい部分は不明だが、捕虜などから集めた情報を総合するとかなり高度な指揮系統を持っているようだ。
「サフィーデ軍は規模も小さく、装備も旧式だ。指揮系統や展開速度まで負けていたら、勝てる要素が皆無になる」
「ふむ……ではこれは、乗り越えねばならない変革という訳か」
ゼファーは煎り豆茶のカップを手にしたまま、立ち上る湯気をじっと見つめる。
俺は溜息をついた。
「国軍の編成ができないようなら、サフィーデはこのままベオグランツとの同盟関係を維持し、ズルズルと属国化していくことになるだろう。ゼオガみたいに滅ぼされるよりは幾分マシというものだ」
「確かにな」
ゼファーは煎り豆茶の水面に視線を落とす。
俺は兄弟子に言った。
「氷入れてやろうか?」
「いやいい」
ゼファーはカップに口をつけ、それから顔をしかめる。
「熱いな」
「だから氷を入れて冷ませよ。本当に猫舌だな」
俺は『冷却』の呪文を詠唱し、空気中の水蒸気を凍らせる。氷はゼファーのティーソーサーの上に落ちた。
「ほら、これ入れて冷ませ」
ゼファーは不承不承といった感じで氷をつまみ、ティーカップにぽちょぽちょ入れる。
「今の詠唱、効力節の発音だけレメディア式だったぞ」
「どっちでもいいだろ。発動したんだから」
「様式が混ざっていると落ち着かんのだ」
細かいことにこだわるヤツだな。
ゼファーはようやく煎り豆茶を一口飲み、「ほう」と驚いた声をあげた。
「淹れ方が上達したな、シュバルディン」
「んな訳ねえだろ。淹れたのはマリアムだ」
俺は茶の味なんか気にしない。温かくて栄養があれば何でもいい。
その後、王室は有力諸侯全てから軍権を譲渡された。おそらくかなり交渉したはずだが、それは王室が自分で頑張るところなので俺は知らない。
王室は有力諸侯から軍権を譲渡されたことを公表し、中小の領主たちにも従うように布告を出す。もちろん逆らう度胸のある領主などいるはずもなく、こうしてサフィーデ王室は国内の全兵力を統帥することになった。
「本当にうまくいくか不安だったが、王室もなかなかやるじゃないか」
「うまくいかなかったらどうするつもりだったの……?」
「そのときは俺が力尽くで説得していたな」
俺が食堂でマリエと話していると、また周囲が騒がしくなった。
「スバル・ジン殿」
俺に声を掛けてきたのは、なんとデギオン公弟シュマイザーだった。彼の義兄であるリープラント卿まで一緒だ。
「これは……シュマイザー殿」
相手が相手なので立ち上がって会釈すると、シュマイザーはにっこり笑う。
「先日は君にまんまとしてやられたな」
「いえ……それより、その格好は?」
シュマイザーもリープラント卿も、見慣れない軍服を着ている。
するとリープラント卿が微笑みながらこう言った。
「まだお聞きになっていませんか? 我々は兵を王室に捧げる代わりに、貴族将校としての身分を得たのですよ」
「なるほど」
貴族たちも苦労して揃えた私設軍隊を、タダで王室にくれてやるはずがない。だから軍の将校として官職を与えられたのだ。もちろん名誉や俸給も一緒に。
リープラント卿はこう続ける。
「本当はもっと早く来たかったのですが、ディハルト将軍が直々に視察してからということになりました。将軍はシュマイザー殿のことを大変気にかけておいでです」
「ああ……」
シュマイザーは謀反人の実弟だからな。学院側の対応を見るために、ディハルト将軍が下見に来ていたのか。
なるほど、先日の訪問はそれも目的だったんだな。扇動の演説をするためだけに来た訳じゃなかったようだ。
俺は納得したが、シュマイザーとリープラント卿の軍服が少し違うことに気づく。
「シュマイザー殿、その軍服ですが……」
「お気づきかね。私は謀反人の身内だからな、兵を直接指揮すれば疑いを招くだろう」
そう言って、シュマイザーは微笑む。
「それゆえ、ディハルト将軍の幕僚として参謀職を拝命した」
ほほう。あの坊や、なかなかやるじゃないか。
シュマイザーはデギオン公の実弟だが、国王軍とは一度も交戦していないし、反乱鎮圧前に降伏している。反乱鎮圧の協力者であり、罪人ではない。
ただやはり、当主である実兄を見捨てて投降したことには批判もあった。サフィーデ貴族は王室への忠誠よりも、身内の絆を重んじる。
シュマイザーはしみじみと言う。
「謀反人の兄を持ち、なおかつそれを見捨てた私には貴族社会に居場所はない。かといって王室の下で働こうにも、謀反人の一族だ」
「すみません、他にどうすることもできませんでした」
「いや、君のおかげだ。確かに苦しい立場ではあるが、将軍の参謀という落としどころでどうにか居場所を作れそうだよ。軍功を立てれば、デギオン家も再評価される日が来よう。いずれは兄の名誉も回復したい」
そしてシュマイザーはリープラント卿を見る。
「幸い、私にはまだ義兄がいる。リープラント家とビアジュ家も国境警備の兵を出しているし、私も励まねばな。引き続き、軍への協力を頼む」
そう言ってシュマイザー参謀は敬礼したのだった。
それからも王室や軍の関係者がちょくちょく学院を訪れるようになった。そして大抵、俺のところに挨拶に来る。それも食堂にいるときを狙ってだ。
はっきり言って困るので、はっきり言えない俺はゼファーに文句を言う。
「俺のところに挨拶に来るのはいいが、目立たない場所でやってくれと要請してくれないか」
すると学院長である兄弟子は、小さく溜息をついた。
「先方の強い希望でな。生徒たちにお前との関係性を見せつけておきたいようだ」
「それが困るんだよ」
「そうだろうな。浅はかなことだ」
「いや、だから何とかしてやめさせろ」
使えない学院長だな。どうせ「シュバルディンなら何とかするだろう」ぐらいにしか思ってないんだろう。
ゼファーはしばらく俺の顔をじっと見ていたが、やがてこう言う。
「お前なら何とかするだろう?」
それを本人に言うな。何とかするけど。
俺は腕組みしてソファーにふんぞり返る。
「今回のデギオン公の反乱は、ベオグランツ帝国が裏で糸を引いていた。デギオン公の側近たちの証言からも、それは明らかだ。今は帝国の陰謀を阻止するために力を注ぎたい」
するとゼファーは首を横に振った。
「私もその方が良いとは思うのだがな。この学院はもう、軍との関係なしには成り立たない状態だ。最近は国庫から潤沢な予算が下りてきているが、学術振興費ではなく軍事費に計上されている」
「……もしかして、俺のせいか?」
「他に誰の仕業だというのかね、シュバルディン」
兄弟子は冷静かつ遠慮のない口調で言う。こいつの容赦のなさは昔から変わらないな。
彼はさらに言った。
「王室や軍との関係を良好に保つには、お前の才覚と実績がどうしても必要だ。私には無理だし、そもそもやる気がない」
「お前な」
「私には研究がある。見てみろシュバルディン。ジュナ関数の解をまた見つけた。やはり解には何らかの規則性があるようだが、まだまだ解が足りん」
「異世界転移の研究か。その式だけでも百年ぐらいやってないか?」
俺がゼファーの魔術書を覗き込むと、彼は苦笑いする。
「式そのものは簡単なのだが、解を見つけるのに膨大な計算が必要でな。『書庫』の演算能力を使っても、最近は解を1つ見つけるのに数年かかるようになってきた」
予想はしていたことだが、俺は溜息をつく。
「先に『書庫』の演算術式を改良した方が早そうだな」
「ああ。だが何をするにも手が足りん。今はまだ私一人で全てをやらねばならない」
「だからこそ、もっと研究者を増やさねばならないという訳か」
俺はゼファーの顔をじっと見つめる。
「そんなに師匠に会いたいのか、ゼファー?」
「無論だ。お前もそうなのだろう?」
「まあな」
俺たちがあと何年生きられるかわからない。生きている間にもう一度、師匠に会いたかった。俺たちにとっては親も同然だ。
根負けした俺は溜息をつく。
「仕方ない。世俗のことは俺が何とかしてやるから、お前は研究と研究者育成を続けてくれ」
「承知した」
俺だって師匠に成長を褒めてもらいたいからな。




