第71話「白銀の雷帝」
071
サフィーデ南部でも屈指の堅城と称されたヴァンブルク城は、包囲完了からわずか数日で陥落した。城門が崩れてしまったら、もう防ぎようがない。
夜明け前から始まった総攻撃によって、城の西半分を朝のうちに占領した。
残る東半分は連絡橋を落とすなどして頑強に抵抗したものの、城内での防衛戦には限界がある。その日の夕方には守備隊が降伏し、デギオン公は死体で発見された。毒杯を仰いで自害したらしい。
その少し前。ちょうど昼頃に俺はジェスト砦を訪れていた。公弟シュマイザーが立てこもる砦だ。
「ヴァンブルク城は昨夜の砲撃で西門が崩壊し、現在は総攻撃を受けている最中だ」
俺は砦の前で単身、そう言い放った。
リアルタイムの映像を空中に投影してやった。信じるかどうかはわからないが。
俺もその映像を眺めつつ、昨夜の砲撃の被害状況に感心していた。
「やはり旧時代の城だな。火砲に対して弱すぎる」
投石器の弾は放物線を描くので、高い城壁こそが防御の要となる。城壁が低いと敵の歩兵もよじ登ってくる。
しかし大砲の弾は投石器ほど弓なりにはならないので、ほぼ真横から命中する。大砲がない時代に作られた城壁の多くは、この真横からの力に弱い。そんな攻撃は想定していないのだ。
そして城門に投げ込まれた大量の爆薬。真下から爆風が吹き上げ、城門を突き上げるように破壊した。これも想定されていない攻撃だ。
その結果、国王軍もびっくりするぐらい見事に城門が倒壊してしまった。
俺は城内に国王軍がなだれ込む様子を見せつつ、のんびりと問う。
「どうするかね、公弟殿下。今ならまだ、戦争は終わっていない。今降伏するなら、王室は貴公にデギオン家を預けると言っているぞ?」
それでもまだやるのなら、俺がシュマイザーの首をもらうつもりだ。
だから今日は一時休戦旗は持ってきていない。
「どうせ腹は決まっているのだろう? さっさと出てこい。俺も忙しい」
やがて城門が開き、兜を脱いだシュマイザーが護衛を伴って現れた。護衛たちはシュマイザーの盾と軍旗を持っている。
「小僧……」
「小僧じゃない」
俺の方がジジイだぞ。
俺は改めて名乗りをあげる。
「ゼオガ郷士スバル家の末裔にしてマルデガル魔術学院1年筆頭、スバル・ジン。今は従軍中につき、国王陛下の士官として参上した」
シュマイザーは俺をじっと見つめると、やがて作法に則って膝をつく。兜を地面に置いた。
「デギオン公弟、シュマイザー・リッケンハウト・ゼム・デギオン。王室に降伏いたします。降将の倣いとして、いかような沙汰にも従いましょう」
降伏の口上を述べると、彼は鞘に納めた剣を差し出してきた。サフィーデの作法通りだ。
俺はうなずき、その剣を預かる。
「これより貴公の身柄は俺が預かる。異国の郷士の末裔とはいえ、我が身も武門の端くれ。デギオンの家名と貴公の名誉を尊重する。敵方だったとはいえ、貴公は尊敬に値する名将だ」
俺が真面目な口調で言うと、護衛の騎士たちが盾と軍旗を俺に捧げた。どちらにもシュマイザーの紋章が描かれている。貴族にとって何よりも大事なものだ。これも預かることになる。
これでシュマイザーの奥方のレイユと、その兄リープラント卿も安心することだろう。
こうしてデギオン公の謀反は、国内に拡散することなく単発で終わった。
シュマイザーは降伏を認められたし、戦争に決着がつく前だったので処罰もなかった。戦争中の寝返りは自軍の勝利に大きく貢献するので、降将を罰するバカはいない。
シュマイザー隊は国王軍を1人も殺傷しておらず、サヴァラン砦の明け渡しにも即日従っている。そしてヴァンブルク城の陥落前には国王軍に正式に降伏していた。
これは謀反鎮圧における協力とみなされ、王室は彼に家督の相続を認めた。領地はあらかた没収されてしまったが、故郷の地で家名を存続させることは今後も可能だ。
もし彼が謀反の鎮圧後に降伏していたら、もちろん罪人扱いだっただろう。さすがにかばいきれたかわからない。
もっとも反乱鎮圧前に降伏したことで「当主を見捨てた公弟」という不本意な汚名を着せられてしまうが、家名存続の代価だと思って我慢してもらうしかない。
そして俺たちは戦場からの帰路、王都に立ち寄って国王から勲章を授与される。これは学徒出陣に対する慰労と、魔術師の活躍を公式に認めるためだ。
諸将への論功行賞は山ほどあるので、授与式はごくごく簡単なものだった。どうせ大した勲章じゃないんだろう。
その後、俺は宮廷でディハルトと再会した。
「お疲れ様でした。初動がうまくいったので、デギオン公に味方する貴族は現れませんでした。その他の反乱勢力も確認されていませんし、まずは一安心です」
ディハルトが俺に頭を下げたので、俺は手を振る。
「一介の学生に頭を下げるのはよしてください、ディハルト将軍」
彼は謀反鎮圧の功績により、裏方である参謀から一軍を預かる将軍へと出世した。今度は彼自身が参謀を持つ身だ。
するとディハルト将軍は真顔で首を横に振る。
「何を言っているんですか。あなたが賜ったその勲章は『王室白銀騎士勲章』ですよ」
俺は胸につけっぱなしの勲章を見つめる。盾と剣を模した銀製の勲章だ。
それから顔を上げて問う。
「何ですかそれは」
「知らずにもらったんですか!?」
名誉には興味がないので……。
「王室騎士勲章は軍務などで大きな功績を挙げた者に対して、身分を問わず与えられる勲章です。黄金、白銀、赤銅の3種類がありますが、普通は赤銅ですね。2回目以降に与える分として白銀と黄金があります」
「ほほう」
そういえば俺だけ白銀だった気がするな。マリエたちは赤銅だった。
俺がバカみたいな顔をしてうなずいていると、ディハルト将軍が溜息をつく。
「平民や郷士などがそれを与えられた場合、一代限りで騎士待遇を受けられます。恩給もついてきますよ」
身分と金がついてくる勲章だったか。しまった。
俺たちを王室の紐付きにする策略だと気づいたが、今さら慌ててももう遅い。国王自らが授与した勲章だ。返上すれば大変な無礼になる。学院と王室の関係を考えると、とてもできなかった。
「参ったな……」
思わずぼやくと、ディハルト将軍が苦笑する。
「騎士勲章、それもいきなり白銀を与えられたんですよ。ほとんどの者は生涯赤銅止まりですから、普通なら飛び上がって喜びます」
たぶん普通でもないので……。
ディハルトはさらに言う。
「ジン殿の場合、サヴァラン砦とジェスト砦の攻略に絶大な功績があります。それに公弟シュマイザーを捕虜にしました。それと夜間砲撃の作戦計画を立て、成功に導いています。本来なら黄金騎士章でも足りないぐらいですが、あげる勲章がなくなってしまいますので」
「そう言われても困ります」
「困りはしないでしょう。マルデガル魔術学院の生徒から5名もの受勲者が出たんですよ。卒業生からも何人か赤銅騎士章の受勲者が出る予定です。これは学院の功績です」
それはそうなんだが。
気づいたら久々に顎をさすっていた。やはり髭がないと落ち着かないな。
「まあ……学院長がお聞きになれば喜ぶと思います」
喜ばないだろうな。あいつは世俗のことに興味がなさすぎる。
気まずくなった俺は話題を変えることにした。
「そんなことよりも、ディハルト殿が将軍になった方が遥かに嬉しいですよ。ディハルト殿は通信技術の重要性に理解を示され、実際の運用方法も確立してくださいました。これほどの人を将軍にしなければ国家の損失です」
旧来の軍学に縛られていては、技術や社会が変化していく戦争には勝ち残れない。ベオグランツ帝国の脅威が何も変わっていない以上、ディハルトのような人材が軍の中枢にいなければサフィーデの勝利は難しいだろう。
しかしディハルト将軍は苦笑する。
「それすら、私よりもジン殿の方がよっぽど上です。夜戦で砲兵を分散配置し、火力を一点に集中させるなど、私は思いつきもしませんでした。しかも異なる兵科とも連携させるとは」
「次からはディハルト殿が指揮してくださるでしょう? たぶん俺よりも遥かに巧みに」
俺が笑うと、ディハルトは真顔になる。
「そのお言葉、私の使命と受け止めることにします。御期待は裏切りません」
サフィーデ軍の最高幹部となったディハルト将軍は、一介の学生に真剣な表情で敬礼をしてくれた。
こうして無事に用事を片付けた俺たちは、トッシュたちとマルデガル魔術学院に戻った。
いつも通りの平和な学園生活が戻ってくる。やれやれだ。
しかし完全には元通りとはいかなかった。
「ジンの勲章、カッコいいねえ。わあ、これ本物の銀だ」
勲章をもらい損ねたナーシアが、俺のケープにつけられた勲章をいじくり回している。
俺は溜息をついた。
「邪魔でしょうがないぞ。魔術を扱うときに導電体を身につけたくない」
特に俺の場合、得意な雷撃の邪魔になるので本当に困る。
しかしスピネドールが赤銅騎士章を光らせながら、もっともらしい口調で言う。
「特待生といえども校則は守れ。着用は義務だぞ」
「王室の強い意向で急に増えた校則だがな……」
王室は俺たちに勲章をつけさせる利点をよく理解している。彼らはああ見えてかなり狡猾だ。
「しかしだな……」
俺がそう言いかけた矢先、ひそひそ声が聞こえてくる。
『おい、戦場帰りの特待生たちだ』
『すげーな、あれ本物の勲章だろ?』
タロ・カジャが周囲の会話を拾ってくるから、俺には丸聞こえだ。
『ジンのヤツだけ銀色だな』
『白銀騎士勲章だぞ。メチャクチャ貴重な勲章だって聞いたことがある』
『あの1年首席、砦を2つ攻め落として公弟殿下まで捕虜にしたらしい』
『化け物かよ』
『そりゃあ雷帝の異名はダテじゃねーよ』
『白銀の雷帝ってとこだな』
勲章に釘付けになっているのは、やはりというか男子生徒が多い。男の子は勲章好きだよな。俺も昔は憧れたもんだ。
しかしこういうのをもらってしまうと、急に不自由になることも知っている。まさに今、その状態だ。
俺がスピネドールをちらりと見ると、彼はきっぱりと言う。
「規則は守れ」
「わかった、わかったから」
他の生徒が勲章に憧れて学徒出陣したがらないか、不安でたまらん……。