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第7話『あいつは何者だ?』

07


 こうして俺は子供たちに混ざって魔術学院に入学してしまったのだが、兄弟子ゼファーの意図はさっぱりつかめなかった。

 そもそもあいつ、ここ数年はほとんど学院に姿を見せていないらしい。

 弟弟子がわざわざ潜入調査に来てやったのに何やってんだ。



「もう帰ろうかな……」

 俺は黒猫の使い魔・カジャを膝に乗せてあくびをする。

「ふぁー……あるじどの、やっぱりマリアム様と連絡が取れません」

 魔術学院に来た直後からマリアムと連絡が取れなくなっている。



「通信妨害か?」

「いえ、念話に必要な魔力波に異状は見られません。魔力回線は全システム正常です」

「じゃあマリアム自身の都合か」

「はい。『魂の円卓』にもおられないようです」

 まさかポックリ逝ったんじゃないだろうな。



「老化を研究していたあいつが、老衰でそうそう死ぬとは思えんが……」

「亡くなられたとは限りませんし、まだ何とも言えませんよ」

「そうだな」

 俺はちょっと心配になり、顎を撫でながら窓の外を眺める。



「あいつは俺と同じで、人間そのものを研究対象にしていた」

「存じてます」

「あいつは個体の成長と老化を研究し、俺は人類社会を研究していたが」

「存じてます」



 カジャのそっけない反応に俺は文句を言う。

「確かに何回も言ったことだが、老人の繰り言ぐらい聞いてやれよ」

「使い魔との会話は会話のうちに入るんですか?」

「いや……それは確かに微妙だが……」

 こいつら自動応答する魔法装置みたいなものだからな。



 だがそんな作り物の会話でも、会話すること自体に効能があることが証明されている。

「いいから年寄りの戯言も記録しておけ」

「はあ……わかりました」

 カジャは極めて面倒くさそうに小さくあくびをした。



 マリアムも俺も、人間を研究していた。「我々は何者なのか、そしてどこへ行くのか?」という根源的な問いの答えを求め続けている。

 もっとも百年経っても答えは出ないままで、まだその問いに向き合う準備すらできていない有様だ。



「あいつがいなくなると、俺が長年の問いに答えを出しても報告する相手がいなくて困るな……」

「妹弟子が心配だって素直に言えないんですか」

「言えないな」

 歳を取ってしまうと、そういうのが言えなくなるんだよ。



 マリアムの様子が少々心配ではあったが、魔術学院の中で迂闊な真似はできない。新入生が知っているはずのない魔法を使えば怪しまれる。

 俺は彼女と再び連絡が取れることを祈りつつ、潜入調査を続けることにした。



 これでゼファーのヤツまでおかしくなっていたら、俺は独りぼっちになってしまうぞ。

 頼むからそれだけは勘弁してくれ。

 独りは嫌だ。



 そんなことを考えて怯えているうちに、2日ほど過ぎた。

「なあジン!」

 すっかり親友面をしているトッシュの顔を、俺はぼんやり見る。



 もうこの際こいつでもいいか。

 話し相手になってもらおう。

「なんだ、トッシュ」

「おっ、最近ようやく打ち解けてきたな。魔術の腕は凄いのに、本当に引っ込み思案なんだよな」



 まるで数十年来の親友のように、訳知り顔でうんうんとうなずくトッシュ。

「そろそろ一般入試の新入生も入寮してくる頃合いだ。でだな」

「女の子たちの顔ぶれでも見に行こうっていうのなら、俺は本でも読んでいるぞ」



 先制攻撃を浴びせると、トッシュは見るからに情けない顔をした。

「えー、そういうのよくないぞ!? ちゃんと俺の話を最後まで聞いてくれよ」

「なんだ、違うのか」

 すまん、悪いことをした。



 トッシュはコホンと咳払いをして、真面目な顔をする。

「俺たちはこれから2年間、毎日一緒に勉強する仲だ」

「そうだな」



「お互いに協力し、共に成長していくことが望ましいと俺は思う」

「確かにな」

「だから、今のうちに仲良くなってもいいんじゃないかな」

「一理あるが、それなら男子生徒と仲良くなってからでもいいだろう」



 俺が真顔で返すと、トッシュは溜息をついた。

「いいよいいよ、お前は昔からそういうヤツだったな」

「お前は俺の昔を知らないだろ」



 俺は退屈しのぎに読んでいる本を閉じ、机に置く。

「お、なんだ? それ魔術書か?」

「いや、紀行文だ」

 遠い土地の景色はいくらでも魔法で見られるが、旅した者の心情は魔法ではわからない。紀行文は貴重な資料だ。



 だがトッシュは全く興味を示さず、手をヒラヒラ振った。

「いいよ、俺ちょっと出かけてくる」

「女子にちょっかいをかけるのもほどほどにな」

「しねーよ!」

 どうだか。



   *   *   *



「と、いうわけでだ」

 トッシュは真面目な顔をして、特待生1年のアジュラとナーシアにうなずいた。

「ジンについては相変わらず、よくわからん」



「役に立たないわね、アンタ」

 アジュラが溜息をつく。

「いい? あいつがうちの学年でトップの実力を持っているのは間違いないのよ?」

 特待生試験の二次審査で、とんでもない戦闘能力を見せつけた怪物だ。



「あいつが不動の首席なら、私たちは次席以下で卒業しなきゃいけないのよ」

「まあそうだな」

「そうだなじゃないでしょ? せっかく特待生として入学できたのに、これじゃ就職で困るでしょ? 首席とそれ以外じゃ待遇が全然違うのよ?」



 アジュラとは対照的に、トッシュはあまり気にしていない様子だ。

「いやあ、あいつがずっと1位でいいじゃないかな? どう考えても実力が違いすぎるし、争う気にもなれねえよ」

「あんたねえ!?」



 ナーシアが慌てて取りなす。

「まあまあ、ええと、ほら! 少しは何かわかったんでしょ?」

「ん? まあな」



 トッシュは腕組みして、椅子の背もたれに体を預ける。

「あいつ、暇さえあれば本を読んでるんだ」

「魔術師ならそんなもんじゃない?」



 アジュラが肩をすくめたが、トッシュは首を横に振る。

「あいつ、魔術書は1冊も読んでない。読んでるのは医学書や歴史書や紀行文だ」

「……え?」



 アジュラが首を傾げる。

「それ、ここの図書館のヤツ?」

「んな訳ねえだろ。俺たちまだ閲覧許可もらってねえもん。あいつが読んでるのは全部、あいつの私物だよ」

「あいつ、そんな重くて高くて役に立たないものを、わざわざこんな山奥まで持ってきたの?」



 書物は非常に高価であり、どうせ買うなら魔術書を買う。

 ナーシアが真剣な表情でつぶやいた。

「お金持ちなんだね、たぶん。私の実家にも本いっぱいあったよ。見せびらかすために飾ってるだけで、私しか読んでなかったけど」



「どういうこと?」

 アジュラが不思議そうに首を傾げたので、トッシュが説明する。

「本ってメチャクチャ高いからな。本の詰まった本棚は金持ちの証なんだよ。頭良さそうに見えるし」



「バカみたい」

「俺もそう思う」

 トッシュは溜息をつく。

「とにかくそれぐらい高価なのさ。おかげで俺の実家でも、神官全員分の教典を揃えるのに苦労してたな。毎日読むからすぐ傷むし」



「ちょっと待って。あんたの実家って、もしかして神殿?」

 アジュラが怪訝そうに言うと、トッシュは胸を張る。

「前に言っただろ? 大地母神オトゥモ様を祀る由緒正しい神殿さ。俺は三男だから後は継がないけど、かなり古くて格式あるんだぜ?」



 アジュラが嫌そうな顔をする。

「あ、こいつ異教徒だ」

「トッシュってあんまり神殿の人っぽくないけど本当? ミレンデの海神様の神殿の人は、もっと真面目だよ?」



 ナーシアが疑いのまなざしを向けてきたので、トッシュは心底意外そうな顔をした。

「おいおい、見りゃわかるだろ。こんな徳の高い学生がそうそういるかよ」

 アジュラとナーシアは顔を見合わせる。

「凡俗よね」

「俗物だよね」



 トッシュは不満そうに唇を尖らせる。

「そういうこと言うんなら、もうあいつのこと報告してやんねえ」

「まあまあ、もうちょっといろいろ教えてくれたら、女子寮の子たちを紹介するからさ?」



 アジュラがウィンクする。

 トッシュは一瞬で機嫌を直した。

「ならよし!」

「そういうところが俗物なんだよ……」

 ナーシアが溜息をついた。


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[良い点] オトゥモ様……権能は何だろ?
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