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第6話『特待生たち』

06


 その日の夕方、俺はトッシュに誘われて別棟の食堂に向かう。

 山奥だから食材は手に入りにくいはずだが、学食のメニューはなかなか豪華だった。野菜の煮込み料理と白パンだ。



「うっは、肉が入ってる! 鶏かな?」

 トッシュが目を輝かせている。

 麓の村と長期契約して、野菜や畜肉を納入してもらっているそうだ。



 俺は向かいに座ったトッシュの食べっぷりをぼんやり眺めながら、食堂の中を見回した。思ったよりも人数が少ない。

 今年の新入生はまだそんなに来ていないはずだが、上級生たちも意外と少なかった。



 マルデガル魔術学院は2年制だと聞いていたが、どうやら本当らしい。

 たった2年で何を学ぶんだ? 俺が基礎をマスターして見習いを卒業できたのは、入門して5年ほど経った後だったぞ。それでもかなり早いと褒められたのに。



「なあ、トッ……」

 俺はトッシュに質問しようとして、彼の食事っぷりに絶句する。

「何だ、ジン?」

「何だじゃない」

 俺は質問をやめて、彼をたしなめた。



「野菜を皿の端に除けるな。肉ばかり食べてないで野菜も食べるんだ」

「腹が膨れりゃ何だっていいだろ」

 良くない。

「栄養が偏ると健康を損ねる」

「えいよう?」



 トッシュが不思議そうにしているので、俺は師匠から教わったことを伝えた。

「人間は肉と野菜と穀物をバランスよく食べないと、体を壊すんだ」

「俺、野菜ぜんぜん食わないけど、風邪ひいたことないぜ?」

 バカだからな。

 バカは風邪ひいても気がつかない。かつての俺のように。



 俺は溜息をつく。

「中年になってから困るぞ。いいから食べるんだ」

「せっかく実家から離れたってのに、口うるさいヤツと友達になっちまったな……」

 まだ友達じゃない。歳も離れてるし。



「ほら、食べ物を粗末にするな」

「わかった、わかったよ」

 渋い顔をして根菜を食べるトッシュ。野菜嫌いらしい。

 それにしても栄養価の高い食事だ。これなら若者たちの食事として申し分ない。兄弟子を少し見直した。



 トッシュは根菜を水で流し込んで、それから俺を見る。

「あ、そうだ。入試の二次試験にいた他の子たちも来てるぜ。女子寮だけど」

「そうか」

 そういえば女の子が2人いたような気がする。確か精霊術と古魔術の使い手だ。

 無事に入学したんだな。



 トッシュが眉をひそめる。

「そうか……って、お前ぜんぜん興味なさそうだな?」

「あまりないな」

 どうせすぐいなくなるつもりだ。



「お前変わってるよ。女子と一緒に勉強できる学問所なんて、マルデガル魔術学院ぐらいなもんなのにな」

「そう言われても困るんだが」

 俺の中身はジジイなんだぞ。お前と一緒になって10代の女の子に目の色を変えてたら、気持ち悪すぎるだろうが。



 そう言いたかったが、言う訳にはいかないので適当にとぼけておく。

「魔術以外に興味がないんだ」

「ほんっとーに変わってるな、お前」

 もうほっといてくれないか。



 するとトッシュがニヤリと笑う。

「噂をすればお出ましだ。ほら見てみろって」

「興味がない……」

 渋々振り返ると、いかにもな感じの少女たちがこちらに向かって歩いてきていた。



 片方は精霊術派らしく、火の精霊の加護があると信じられている紅玉髄カーネリアンのアクセサリーをじゃらじゃら身につけている。

 このクソ寒い山城にもかかわらず、ずいぶん薄着だ。

 火の精霊術師は熱をコントロールできるので、暑さや寒さにはそこそこ強い。



「うっはー……」

「トッシュ、何も言うなよ」

 年若いトッシュには刺激的な服装だったようだが、あの装束についてあれこれ言うのは厳禁だ。

 精霊術は自然信仰と結びついていることがよくある。彼女の踊り子のような装束は、火の精霊を崇拝する巫女の正装だ。



 もう1人は古魔術派だ。古代文字が刻まれた石の首飾りをしていた。古代文字は他の流派には読めないので、秘儀を守りやすいとされている。

 俺は古代文字も学んだので、そこそこ読める。あれは簡単な魔除けの文字だな。



 すると精霊術の子が俺たちに手を振った。

「また会ったわね」

「おう、俺はトッシュ。元素術使いだ。こっちはジン」

「029番でしょ。覚えてるわ」

 なぜか溜息をつかれた。



「私はアジュラ。火の精霊を友とする精霊使いよ」

 精霊術を興したのは八賢者の1人だったレメディアだが、レメディアの死後に高弟たちが分裂したと聞いている。



「私たち火の精霊使いたちこそが、精霊王レメディアに最も近いと自負しているわ。もちろん他の精霊も使役できるわよ。よろしくね」

 精霊王ときたか。あいつが聞いたら赤面するだろうな。



 俺とトッシュが彼女に挨拶すると、アジュラは傍らの少女を紹介してくれた。

「で、こっちがナーシア。私たちと同じ第22期特待生よ」

「はじめまして、ナーシアだよ。古魔術ユプラトゥス学派」

 ユプラトゥス……ああ、こっちも聞いたことがある。



 八賢者だったユーゴの弟子の中に、そんなのがいたな。

 あのクセ毛の坊や、自分の学派を興すほど成長したのか。ユーゴの裾をしっかりつかんで放さなかった、あの甘えん坊がなあ。

 ユーゴもあの世かどこかで喜んでるだろう。



 ナーシアの言葉をトッシュが補足してくれる。

「ユプラトゥス学派って、開祖ユーゴに近い名門だろ? さすがは特待生だな」

「えへへ、なんか照れる……」

 開祖だってよ、ユーゴ。お前も偉くなったなあ。



 そのときふと、トッシュが首を傾げた。

「ナーシアって、もしかして外国人か?」

「え?」

 ナーシアが一瞬、ハッと驚いたような顔をした。表情に警戒心が強い。



 するとトッシュが慌てて手を振る。

「気を悪くしたらゴメンな。なんかよくわかんないけど、そんな気がして」

「あ……うん」

 ナーシアは少し息を整え、それからニコッと笑う。



「ずっと南のミレンデに実家があるよ」

 ミレンデといえば確か、大陸の南端にある半島だな。貿易港がいくつも集まってできた商人たちの連合国家だ。

 トッシュが感心したように言う。



「国外留学か。ここって外国にも有名だからたまにあるらしいけど、お金持ちなんだな」

「まあね。うちのお父さん、貿易成金だから」

「成金って……」

「本当のことだもん」

 自分で言うか。



 ナーシアはフッと笑う。

「ここなら女子寮もあるから、入学してもいいって言われたんだよ」

「あ、それ私も。ここなら安心よね」

 アジュラがうんうんとうなずいている。



 女性が学問を学べる場所は限られている。大抵は男性が独占しているからだ。例外は医者ぐらいだが、女医は女性患者の診療しか認められていないことが多い。

 そんな有様だから、マルデガル魔術学院は女性にとってはありがたい教育機関なのだろう。



 そういえば、ここの生徒の男女比は半々ぐらいだ。これは例外中の例外と言ってもいい。そもそも共学の学校自体が極めて少ないし、共学でも9割以上が男子生徒なのが普通だという。

 不公平な話だ。



(ふーむ)

 俺はつるんとした顎を撫でながら社会的な問題について考えたが、まだ挨拶が済んでいなかったことを思い出す。

 まず挨拶しとかんとな。



「俺はスバル・ジン。没落郷士の末裔だ。魔術は適当につぎはぎで覚えた。よろしく」

「つぎはぎって……」

 本当のことだから仕方ない。ユーゴたちと違って、俺は魔術を専攻していなかった。



 アジュラは俺をしばらくじっと見ていたが、やがて肩をすくめた。

「手の内を教える気はないってことね。まあいいわ、秘儀は誰にでもあるものよ」

 なんか隠し事ばっかりで申し訳ない。



「じゃあ私たちも夕食にするわね」

「ああ、またな」

 彼女たちは俺たちに軽く手を振ると、別のテーブルに歩いていった。女の子同士で気楽に食事がしたいんだろう。

 トッシュは少し残念そうに彼女たちを見送っていたが、不意にこっちを振り向く。



「なあジン、改めて見ると2人とも美人だったろ?」

「すまん、容姿はあまり見てなかった」

「お前な……」

 付き合いの悪いヤツだと思うだろうけど、中身がジジイだからしょうがないんだよ。

 年若いトッシュを欺いている罪悪感に胸が痛む。



 なんか別の話をしよう。そうだ、情報収集だ。

「トッシュはこの学校で何を学ぶつもりなんだ?」

「え? ああ、んー……。まあ、適当に魔法を学んで、後は就職だろ」

「就職?」



 魔法と就職が俺の中で結びつかなかったので、俺は彼に問う。

「ここを卒業すると就職先があるのか?」

「知らずに来たのかよ!? ここを卒業すれば、ほぼ確実に官吏に登用してもらえるんだ。一生安泰だぜ。勤務地が選べないとか王室の招集には応じないといけないとか、義務は多いけどな」



 だったらここでは書類整理に使えそうな魔法とかを学ぶのかなと思ったが、そうなると入試の変な実技試験が謎になってくる。

 ますます謎が深まってしまったが、得るものはあった。

 この調子で情報を集めていこう。

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― 新着の感想 ―
[一言] イクラ精神が爺でも体は若いんだから薄着の女性を見たら股間が反応するのでは?
[良い点] テンプレート展開とは程遠い粗筋に、やや退屈を覚えながらも心地よいリズム感で設定等の謎解きしつつ、俄に惹き込まれていた自分に驚き、自然と筆を執った次第だヨ [一言] 「黒狼卿」は出てこないの…
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