第46話「裏切り者」
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俺が侵入者たち3人に降伏を勧告したところ、3人はほぼ同時に違う動きを取った。
「痛っ!?」
小柄な黒装束が悲鳴をあげる。黒装束の1人が駆け寄り、軽く触れたせいだ。
別の黒装束が俺に向かってくる。見た感じ、得物は短刀のようだ。
槍と短刀なら槍が圧倒的に有利だ。得物の間合いは極めて重要な要素で、この不利は多少の技量では埋められない。懐に飛び込まれれば別だが、槍術にはそれに対応する技がいくつもある。
とはいえ油断はできないので、俺は容赦なく槍を突き出す。
黒装束は臆せずに突進し、繰り出された穂先を短刀で受け流そうとした。
「ぐあっ!?」
この槍の穂先は帯電してるんだから、受け流すだけで感電する。柄に巻いた革紐ぐらいでは絶縁できない。
短刀からバチッと火花が飛び、黒装束はもんどり打って倒れた。
死んではいないと思うが、それよりも向こうの黒装束たちが気になる。
小柄な黒装束の方は、腕を押さえて戸惑っている様子だ。その間に屈強そうな黒装束がこちらに歩み寄ってくる。こいつは丸腰だ。
敵意の感じられない動きに、一瞬俺の戦意が鈍る。
さらにそいつは大きく手を広げ、こうも言った。
「降伏する。俺は丸腰だ」
だから俺は言ってやった。
「わかった」
次の瞬間、俺は雷震槍でそいつの腹を刺し貫いた。そのまま致死量の電流を浴びせてやる。
悲鳴をあげる暇もなく、黒装束は黒焦げになって即死した。
『ちょっと、シュバルディン!? 降伏したのになぜ殺したの!?』
マリエが念話で叫んだので、俺は雷震槍を引き戻しながら答える。
『降伏したのも丸腰だというのも、全部嘘だ。偽証の魔法に反応した』
人間は意図的に他者を欺こうとするとき、頭の中で普段とは違う思考をする。その脳波を読み取るのが『偽証』の魔法だ。
『見ろ』
俺は死体を槍でひっくり返し、仰向けにする。黒装束の指には指輪があったが、内向きに鋭い針が飛び出していた。
『毒針ね』
『密偵や暗殺者がよく使う隠し武器だ。ゼオガにもあった』
この手の指輪は外向きか内向きに針が飛び出すようになっていて、殴ったり掴んだりして毒針を刺す。
他にもブーツのつま先やベルトのバックルなどに仕込み武器が隠されていた。騙し討ちする気まんまんだったし、こんなヤツ危なくて捕虜にできない。
『危ないところだったわね。さすがは兄弟子殿、というところかしら』
マリエはホッとしたような声を出したが、すぐに大事なことに気づく。
『でもそっちの黒装束の子、それで刺されてなかったかしら? 治療が必要?』
『いや、大丈夫だろう』
俺は槍の穂先を払うと、こう答える。
『こいつらが浮遊円盤に着陸したとき、解毒の呪文でアルカロイド系の毒物は全て分解しておいた』
見るからに軽装だったので、火薬か毒物で武装している可能性は考慮していた。それでなくても自決用の毒物を持ち歩いている可能性がある。
少量の毒物、それも生薬由来の微量の毒素なら簡単に分解できる。少なくとも戦場全体に電流をばらまくよりはずっと簡単だ。
「そいつは毒針を隠し持っていたので殺した。残ったのはお前だけだ」
俺は何が起きたのかわからずにオロオロしている黒装束に、槍の穂先を向けた。
「降伏しろ。学院の卒業生なんだろう?」
「ち、違……」
「ここで死んだらゼファーが悲しむぞ」
この黒装束の魔術師としての力量は見えている。いろいろ技術は習得しているようだが、魔力量は在学生と大差ない。
そして戦士としての力量は、おそらく完全な素人だろう。もし偽装だとしたら大した役者だ。
そこにマリエが『飛行』の術で、ふわりと降り立った。夜風になびく黒髪を指先で弄びながら、マリエが微笑む。
「あなた、命拾いしたわね。同じ魔術師ですもの、降伏すれば悪いようにはしないわ」
こいつ、こっそり魔法を使っているな。髪を弄ぶふりをして、指先だけで呪文を組み立てているぞ。あれは戦意を奪う魔法だ。
「さあ、降伏なさいな?」
黒装束は覆面を取る。案の定、まだ30そこそこの小娘だ。
「わかった、降伏する。何でもするから命だけは助けて」
彼女は大きく息を吐いた。
捕虜になった女魔術師は、やはり学院の卒業生だった。第7期の卒業生だという。
「今から15年前の卒業生か」
「ジン、そういう計算を口に出すのはやめなさい」
「ん?……ああ、なるほど」
女性は年齢を知られるのを嫌がるからな。
俺から見れば30だろうが40だろうが小娘なんだが……。
すぐにゼファーも駆けつけ、師弟は再会を果たす。
「おお、君は……」
学院長、ゼファー学院長。
2学年で100人そこらの小さな学校なのに、まさか卒業生の顔を覚えてないってことはないだろうな?
カジャがぼそっと言う。
「あるじどの、ゼファー様が『書庫』の個人領域に接続しています」
こいつ、顔と名前が一致しないから卒業生名簿で検索かけてるな。
俺が白けていると、ゼファーは女性の肩に手を置いて微笑む。
「ミザイア君だね? 久しく会えていなかったが、ずいぶん立派な大人になったな」
卒業から年数が経って彼女の顔が変わっているのか、ゼファーは名簿で検索かけたのに自信がないらしい。師匠が見たら嘆くぞ。
するとミザイアと呼ばれた女性は、頬を紅潮させて目を潤ませた。おそらく演技ではない。彼女の情動は魔法で監視している。
「先生! も、申し訳ありません!」
「無事ならいいのだ。君は捕虜などではない。私の大事な教え子だ」
大事な教え子なら顔と名前ぐらい一致させろよ。
だがどうやら、尋問の手間は省けそうだ。
「浮遊円盤を学院側に寄せる。衛兵隊を呼び出してくれ……ください、学院長」
「ああ、うむ」
さすがにばつが悪いのか、ゼファーがコホンと咳払いをした。
ヤツは念話でこっそり話しかけてくる。
『シュバルディンよ、ミザイアは一般生だが優秀な生徒だった。それに大変に生真面目で責任感も強い。このようなことをする子ではない』
このようなことをする子ではないと言われても、実際にやってるだろ。
『だとすれば、何か深い事情があるんだろうな』
『帝国に脅迫されたのではないかと思う』
ゼファーの言葉にマリエも同意する。
『そうね、こんなことをする相手は帝国しか考えられないわ』
俺もその可能性は高いと思ったが、2人とは違うことを心配していた。
『本当に帝国の差し金ならいいんだが……』
『ベオグランツ以外の国が、こんなことをするとでも言うのか?』
『いや』
俺は浮遊円盤を水平方向に移動させつつ、そっと言う。
『彼女たちを送り込んできたのは、サフィーデ国内の裏切り者じゃないかと思ってな』
『まさか? せっかく休戦できたのに、今さら裏切る意味はないでしょう?』
マリエが不思議そうに言うので、俺は肩をすくめる。
『意味があるから裏切るんだ。まあとにかく、目の前に事情を詳しく知る者がいる。彼女に聞いてからにしよう』
ミザイアはマルデガル魔術学院の第7期卒業生、つまりゼファーがまだ意欲的に学院の運営をしていた頃の生徒だ。連絡が取れず、消息不明になっていた卒業生の1人でもある。
彼女は学院長室に通され、厳重な警戒の中で少しずつしゃべり始める。
「私は卒業後に都で徴税官を拝命しましたが、仕事が合わなくて……。職を辞して故郷に帰ったら、領主様が従者に取り立ててくださいました」
彼女は富農とはいえ平民の出身で、それも女性だ。女性の就職先がほとんどないサフィーデで、領主の使用人になれたのは魔術学院のおかげだろう。
しかし彼女の故郷がサフィーデ南東部のビアジュ家の領地だったことが、不幸の始まりだった。ビアジュ領はベオグランツ帝国との国境近くにあり、鉄錆平原にも近い。
俺は腕組みしつつ、小さく溜息をつく。
「ベオグランツの侵攻が実際に起きてしまったことで、ビアジュ家は怯えてしまった訳か」
「ええ。そして領主様のところに、ベオグランツ訛りの連中が頻繁に来るようになって……」
何もかも予想通りだ。
ベオグランツの密偵だけでは、変な大荷物を担いで北部の山奥まで潜入できないだろう。だがサフィーデ貴族の全面的な支援があれば、フリーパスでここまで機材を運べる。
俺は彼女たちを運んできたハンググライダーを手に取る。
「これは飛竜の翼の骨を使っている。それも極めて状態の良いものをふんだんにな。だがこれは、金を積めば買えるというものではない」
そしてもっと重大な事実がある。
「この道具、サフィーデ人は存在すら知らないはずだ」
師匠が残した『書庫』には、ハンググライダーについての簡単な記述がある。こちらの世界ではアルミフレームを調達できないので、軽くて丈夫な飛竜の骨で代用するしかないだろうとも書かれていた。
猛烈に嫌な予感がする。念話で確認しておこう。
『ゼファーもマリアムも、ハンググライダーの情報を弟子に漏らしてはいないな?』
『無論だ。私は魔術以外に興味はない』
『私なんか存在すらさっき知ったところよ』
お前ら、もう少し魔術以外にも興味を持て。
俺はまた溜息をつき、念話を続ける。
『もちろん俺もだ。書庫に接続できるのは師匠の直弟子8人だけで、存命しているのは俺たち3人。そうだな?』
『ええ、そうよ。全員看取ったでしょう?』
送り方はいろいろだが、俺たちは残り5人の最期を見送っている。
『だとすれば、書庫の情報をベオグランツに漏らしたのは誰だ?』
『一番可能性が高いのは、死んだ5人の高弟たちでしょうね』
情報は抜き出すことができる。弟子たちの中には、『書庫』の情報を自分の弟子に伝えた者がいるかもしれない。
『師匠の孫弟子かその後継者に相当する者が、帝国側に与している可能性がある……ということか』
『該当者が多すぎる上に完全に把握はできてないわ。ユーゴの弟子なんか、何百人いるのかユーゴ自身覚えてなかったもの』
魔術流派を興した3人は特に弟子が多かったので、俺も誰が誰やらさっぱりだ。
特定するのは難しそうだが、とにかく『書庫』の情報を多少なりとも知っている者が敵側にいる。それは間違いないだろう。
まともに飛べるハンググライダーなんて、『書庫』の情報がなければまず作れない。
俺は頭が痛くなってくるが、ここで考えるのを止める訳にはいかない。
『安閑とはしていられなくなったな』
『どうする、シュバルディンよ?』
『ゼファー、この子への聞き取りはお前に頼む。俺はすぐに侵入者たちを「尋問」する』
これからやることは、ミザイアには見せられないからな。