第42話「詐欺師の盟約」
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ゼファーは学院長として学院の改革に積極的に乗り出し、カリキュラムを大幅に刷新した。
なんと2年制から4年制への大改革だ。
改革にも程がある。
「お前……」
俺はたっぷり呆れてから、ゼファーが作った書類を机上に戻す。
「今の在学生はどうするんだよ? 2年生なんか来年卒業だと思ってるのに、また2年も勉強が続くことになるぞ」
確かにあいつらにはそれぐらいの修業期間が必要だと思うが、いきなり過ぎる。
しかしゼファーは頑固だ。
「従軍に必要な基礎体力を養うため、行軍演習などの訓練が必要だ。それに基本戦術と指揮系統への理解。これだけでも数ヶ月を要する」
「まあ新兵の訓練に近いことをやる訳だからな……」
従軍する魔術師たちは指揮官に随伴し、命令や報告を伝える役割を果たす。行軍に取り残されたら仕事にならない。
それに通信内容を理解できていないと、思わぬ伝達ミスが生じるだろう。
「でもそれなら1年間増やすだけでいいでしょ?」
そう言ったのはマリエだ。彼女は書類に目もくれずにせっせと編み物をしていたが、ちゃんと話は聞いていたらしい。
しかしやはりゼファーは頑固だった。
「破壊魔法の投射訓練を減らし、通信に使う魔法を訓練する。だが破壊魔法の訓練もある程度は続けねばならない。魔術師といえども、戦場で身を守る術は必要だ」
「まあな」
一般の人が抱く魔術師のイメージに合うよう、やはり破壊魔法のひとつも使えた方がいいだろう。いざというときに戦えないと、兵士たちからも軽んじられる。
ゼファーはさらに言う。
「これに自然科学の基礎知識を加えていくと、どう詰めても習得に4年間かかる」
「さすがに王室が黙ってないぞ」
魔術師の養成に倍の期間がかかるようになると、費用も倍になる。それに新カリキュラムでの最初の卒業生が出るまで、魔術師の供給が止まってしまう。
だがゼファーは知らん顔をして、書類の束をトントンと整える。
「王室はお前が黙らせてくれるのだろう、『ジン君』?」
「お前な」
こいつ、冗談なんか言う性格だったっけ?
しかし期待されているのは冗談ではないようなので、俺は不承不承うなずく。
「ベオグランツ軍は俺が食い止めておくから、そのカリキュラムでいこう」
「ああ」
絶対に王室から苦情が出るぞ。
案の定、改革案を王室に送ったら即座に苦情が来た。
俺は溜息をつきながら、王都イ・オ・ヨルデに向かう。
「魔術学院特使、スバル・ジン参上しました」
今回は久しぶりに国王が出てきた。
「学院の改革案は見た。さすがに少々困惑しておる」
「ゼファー学院長も相当悩まれたのですが、軍の要求水準を満たす魔術師を養成するには、最低でもこれだけの期間が必要です」
俺はそう言って、わざとらしく声を潜めた。
「実は当初は6年かかると見積もられていました」
「なんと、6年とな」
嘘です。
俺は悲しげな表情を浮かべてみせ、嘆息してみせる。
「さすがに学院長もこれでは長すぎると思われたようで、あれこれ削って苦心なさったようです。軍事教練を削って3年にする案も出たそうですが、従軍して足手まといになっては本末転倒だと……」
「確かに。だがこの自然科学とやらは必要あるまい?」
通信兵やるだけなら必要ないです。
「いえ、必要です」
これじゃ賢者じゃなくて詐欺師だよ。
俺は自分がこんなに薄汚いヤツだったのかと改めて嫌になりながら、国王に説明する。
「魔術を剣術に例えますと、これらの基礎学問は走り込みなどの基礎鍛錬に相当します。学んでおかねば戦場での不測の事態に対応できません」
「ふーむ?」
国王はだいぶ疑わしそうな目で俺を見る。こいつやっぱり王様だけあって、人を見る眼があるな。
「いや、そなたの申すことであれば信じよう。例え王であっても、その道の専門家を軽んじてはならぬ。私は魔術師ではないからな」
王様らしく、度量も広い人で助かった。俺は罪悪感に苛まれつつ、頭を下げる。
「ありがとうございます」
「ときにジンよ。この件とは別に、そなたに問いたいことがあった」
「何でしょうか?」
すると国王は小さく咳払いをしてから、こう言う。
「そなたの力があれば、ベオグランツ帝国を壊滅させることも可能なのではないか?」
できますけど。
「いえ陛下、さすがにそれは過大評価というものです」
俺はまたしても嘘つきになりつつ、国王に説明する。
「今は守る戦いですので、最も戦いやすい場所で事前に準備をして迎撃しております。破壊魔法は事前の準備が長く、攻勢ではどうしても不利になります」
俺は秘儀の『雷帝』をぶっ放せる。あれは戦略級の破壊力を持つ。
空を飛びながらベオグランツ帝国全土の城塞を片っ端から焼き払えば、ものの数日で降伏してくるだろう。
いや、そもそも俺が直接行かなくても、『悪疫』か『変異』辺りでベオグランツ人を全員病人にしてしまう方が楽だな。殺さない程度に行動不能にできるし。
適当な魔物を召喚して送り込んでもいいし、その気になればやりたい放題だ。ベオグランツ側に俺たちに匹敵する魔術師がいない限り、防ぎようがないだろう。
だがそれで帝国を屈服させたら、どうなるか。
今度は帝国の広大な領土を統治し、周辺国から守る必要が出てくる。
そしてサフィーデの古くさい統治体制では、帝国のような広大な領土を支配できない。中央集権が必要だ。統治に必要な官僚も軍事力も足りない。
となれば歴史に残るレベルでグダグダになるのが明らかなので、俺は全力でお断りさせて頂く。占領地の統治や防衛まで付き合いきれない。
そもそも俺は、ベオグランツ人にも平和で豊かな暮らしをして欲しいのだ。彼らの中にはゼオガの末裔もいる。
国王は俺の顔をじーっと見ていたが、最後にうなずいた。
「そなたが申すのであれば、そうなのであろうな。いや、私も少々欲張りすぎた。一学徒に何もかも押しつけるのは、王として恥ずべきことだ。許せ」
この王様って基本的には俗物なんだけど、ときどき立派なんだよな。
俺は無言で頭を下げる。
それから話題は学院の様子や外交の現状などになり、お互いに情報交換をした。
「帝国はサフィーデの征服が無理だとわかると、態度を軟化させてきた。従属的同盟が嫌なら、対等な同盟はどうかとな」
今さらかよ。
「その申し出、どうされるのですか?」
すると国王は首を横に振る。
「この申し出、もちろん額面通りには受け取れぬ。帝国は以前に我が国に従属を要求し、回答期限を待たずに侵攻をしてきた。かの国は盗人と同じだ」
まあそうだよな。何かあれば速攻で同盟を破棄して、再侵攻してくるに決まっている。
「だが私も、そなたたちに国防を丸投げして安泰だとは思っておらん。人の道にも背いておるし、何よりそなたたち次第で国の運命が変わってしまうのは国として危うい」
これも納得できる。俺が帝国に買収されたらこの国は終わりだ。
そうでなくても、迎撃のときに俺が病気で寝込むだけでサフィーデは終わる。さすがに国王もそれはわかっているようだ。
「そこで一応、形ばかりの同盟を結ぶことにした。サフィーデはベオグランツに対して一切協力しないが、こちらから攻め込むこともしないとな」
「つまり実質的には休戦協定ですか」
「左様」
国王はうなずき、それから苦笑した。
「単なる『休戦』ではベオグランツ皇帝も困るのであろう。征服に失敗したことになるからな。だが『同盟を結べた』ということにすれば、一応は成果となる」
同じ王様同士、あちらの立場はよく理解しているようだった。
サフィーデ王はいずれ同盟は破棄されることを見越した上で、時間稼ぎのために申し出を受けることにしたらしい。
「同盟の期限はひとまず5年間とした。連中が期限を守るかどうか、甚だ怪しいがな」
「そうですね」
帝国には前科があるからな。一度卑怯な真似をすると、ずっと疑われ続ける。
「5年にしたのは訳がある。魔術学院が4年制になり、最初の卒業生が出るのが約3年後だ」
今の2年生がそうだな。彼らはまだ1年ちょっとしか学んでいない。
「どうせベオグランツ帝国は期限内に一方的に同盟破棄して、再侵攻を企てるであろう。それを見越して5年にしておいた」
当たり前だけど全く信用されてないぞ、ベオグランツ。信用というのは一度裏切るとなかなか回復しない。
しかし俺も全くの同感だったので、うなずいておく。
「陛下の御深慮、誠に敬服いたします」
「そなたの働きでせっかく国を守れたのだ、好機は生かさねばな。……まあ、そなたが帝国を攻め滅ぼしてくれたら楽だったのだが」
ちらりと本音を覗かせる国王だった。