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第40話「参謀との陰謀」

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 そんな訳で、俺は今度は王室に出向いて演習の結果について説明する。

「魔術師たちの『念話』による通信は、軍事においても極めて強力です。私のような兵法初心者でも、ディハルト参謀の率いる2倍の兵力を相手に勝つことができました」



 こう言っときゃ、あのメガネ坊やのメンツも守られるだろう。

 今日は国王ではなく、老齢の宰相が相手だ。さすがに国王が毎回会ってくれる訳ではないのだろうが、何となく微妙に避けられてる気がする。



 宰相はうなずきつつ、こう言った。

「ディハルト参謀の父は王室顧問武官で、陛下の軍学教授でもあります。ディハルト参謀自身も大変に優秀でしてな、その実力は疑う余地もありません」



 サフィーデの王室顧問武官は戦場に出ない。率いる兵がそもそもいない。軍での指揮系統からも外れている。

 その代わり、王室に対して軍事的な助言を行う立場にある。



 となると軍務を担当しないのに国王の傍であれこれ言うことになるので、軍の主流派からは鬱陶しいヤツだと思われているだろう。

 その息子が軍の中枢で作戦の立案などやっていれば、疎む連中もそれなりにいると思う。



 ちょっと聞いておくか。

「結果に御不明な点があれば、もう一度実験しても良いと思っています。そのときはぜひ、他の将軍や参謀にも指揮を執って頂ければと思いますが」

「ジン殿はなかなか、底意地が悪いようですな」



 宰相は苦笑した。国王がいないときはこういう人間的な表情もするんだな。

「どうやら気づいておいでのようだが、ディハルト参謀が指名されたのは軍上層部の意向です。陛下は渋っておられたのですが……」



 それ以上は言えないのだと、宰相の表情が語っていた。

 なるほど、だから国王がここにいないのか。自分の先生の息子が魔術師なんかに負けたとあっては、やはり面白くないのだろう。



 ディハルト参謀が負けたのは事実であり、なかったことにはできない。

 だから俺はもっと良い案を提出する。

「ではなおのこと、実験を重ねましょう。『もっと強い指揮官はいないのか』とでもお伝えください」



 誰かが挑発に応じればボコボコにしてやるし、応じないのならそいつはディハルト参謀が一番強いと認めたことになる。

 俺は一学生の身分だから、憎まれようが疎まれようが関係ない。学院長であるゼファーの立場さえ安泰なら大丈夫だ。



「ディハルト参謀は最善を尽くされました。若手に丸投げし、自分は何もせず文句だけ言う者には容赦はしません」

 ごちゃごちゃ言うヤツが全員黙るまで、俺は何度でも戦うからな。



 それからしばらくの間、俺たちは何度も演習に参加することになる。

 そしてその全てに勝利した。負ける訳がない。

 軍の方から条件を変えるよう要望があったので、お望み通りの条件で全て打ち負かしてやった。



「さすがに10倍の兵力差で戦えと言われたときは、肝が冷えました」

 俺が笑いかける相手は、ディハルト参謀だ。

 いくらなんでも10倍の兵力差を覆すのは無理だと思ったが、そのときに助け船を出してくれたのがディハルト参謀だった。



 彼も笑う。

「いえ、おかげで名誉挽回できました。最初の演習からずっと『念話』について研究していましたが、やはり素晴らしい技術です」

 ディハルト参謀は魔術師側の指揮官として采配を振るい、恐ろしい強さを見せつけた。



 なんせ戦術の研究や立案をする参謀職だ。新技術を現在の軍に組み込むのなら、彼以上の適任はいない。

 ディハルト参謀は本職の凄みを見せつけ、並み居る将軍や参謀たちを演習で蹴散らしたのだった。



 笑い合う俺たちの周囲で、トッシュたちがぐったりしている。

「つ、疲れた……」

「頭の中が数字でゴチャゴチャで、おかしくなりそうだわ」

 トッシュとアジュラが溜息をつく。



 ディハルト参謀の戦術は、まるで高度な数学のゲームのように緻密だった。魔術師たちは必死に数字を読み上げ、ディハルトと前線との情報網を維持した。



 実を言うと俺も何が起きているのか、ときどきわからないことがあった。

 参謀って連中の頭の中はどうなってるんだろう。

 だが分野は違っても彼には研究者っぽいところがあり、俺はディハルト参謀に好感を持った。



「素晴らしい手腕です、ディハルト殿」

「いえ、これも『念話』の威力ですよ。これほどまでに強力な魔術が今まで埋もれていたのが信じられません」

 そう言ってから、ディハルト参謀は頭を掻く。



「いや、そういえば私も最初は疑っていましたね。失礼しました」

「無理もないことです。軍人に魔術はわかりませんし、魔術師に戦術はわかりませんから」



 ゼファーは間違いなく世界最高の魔術師だが、軍学については全くの素人だ。

 一方、サフィーデの軍人たちも決して無能ではないのだが、魔術のことは何も知らない。

 ……なるほど。師匠が常々「専門バカになるな」と言っていたのは、こういうことでもあったのか。



 俺は師匠の言葉からまた新たに学んだ気持ちになり、ディハルト参謀にこう言う。

「異なる分野の専門家同士を結び合わせるのは、非常に重要ですね」

「ええ、全くです」

 ディハルト参謀が笑っているが、俺は彼の立場を何となく理解していた。

 こいつは使えそうだな。



 するとマリエが守秘回線を使って、念話でこっそり話しかけてくる。

『あなた、そのディハルト参謀って子をどうするつもりなの?』

『なんだ、気づいていたのか』

『何年一緒に暮らしたと思ってるのよ』



 察しのいい妹弟子に、俺は軽く説明しておく。

『この秀才肌の坊やは、軍の主流派じゃない。むしろ軍の主流派からは疎まれている』

『だから助けてあげたい、と?』

『いいや違う』



 俺は即座に否定する。

『こういう有能で不遇なヤツは使える。現状に満足している者は現状維持を望むが、不満を抱いている者は変化を求めるからな』



 マリエが小さく溜息をつく。

『あなたの魂胆が読めたわ。念話という新しいシステムを軍に組み込む作業を、その子にやらせるつもりなのね?』

『そうだ。戦時下で軍を刷新して祖国防衛に貢献できれば、この坊やも英雄だろう?』



 ディハルトは爽やかな好青年を気取ってはいるが、出世に興味がない訳ではない。

 彼は軍の命令系統に『念話』を組み込む有用性に気づき、自分がそれの推進者になれることを自覚している。千載一遇の好機を彼が逃すとは思えなかった。



『そして王室お気に入りのディハルト参謀が出世すれば、王室は軍に対する発言力を強める。王室にも恩を売れるな』

『呆れた。あなた、いつもそんなことばかり考えてるの?』

『凡人が組織で生きていくには、こういった世渡りは必要だ』



 もっとも、それが嫌だから俺は放浪生活をしてたんだが……。何でこんなことになってるんだろうな。

『もちろん、ゼファーや魔術学院の生徒たちのことも考えているぞ』

 俺はディハルト参謀に声をかける。



「『念話』を使って軍を動かすようになれば、国王陛下自らが兵を指揮するのも容易になります。王宮に居ながらにして、国境地帯の防衛戦を指揮できるでしょう」

「確かにその通りです。戦略階梯、いや内政や外交の階梯で大きく変わると思います。我々の命令には従わない諸侯の軍勢も、陛下の命は無視できないでしょうからね」



 思った通りの反応だ。こいつ優秀だぞ。俺はほくそ笑む。

「招集した諸侯の軍勢に陛下の命令を行き渡らせるには、『念話』を習得した魔術師を派遣する必要があります。しかし無位無官の魔術師風情が相手では、諸侯もなかなか信用しないでしょう」

「確かに。そうなると……」



 ディハルト参謀は少し考え、それからハッと気づいたような顔をする。

「なるほど、そういうことですか」

「はい。そういうことですので、よしなに」

 この坊や、話が早いなあ。頭のいいヤツって敵でも味方でもありがたい。



 ディハルト参謀は俺をじっと見た後、ぼそりと問う。

「君は何者ですか?」

「それが無益な質問なのはおわかりでしょう」

 俺が正直に言うはずがないからな。情報が増えないのは無益な質問だ。



 俺はディハルト参謀に念を押す。

「では今の件、くれぐれもよろしくお願いします」

「わかりました。陛下に掛け合ってみます」



 それからしばらくして、国王から『王室が認めた魔術師には官職を与え、貴族階級と同等の待遇を保証する』という機密文書が届いた。『王室魔術官』という官職を新設してくれるそうだ。



 学院長室でそれを読んだ俺は、ゼファーに笑いかける。

「これで魔術師たちの地位や発言力は増していくだろう。平和になったら国庫から研究費を絞り尽くそう」

「お前という男は……」



 ゼファーは溜息をついたが、こうも言った。

「いつもすまんな」

「なに、お安い御用だ」


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― 新着の感想 ―
[一言]  この世界の魔術師は、魔力切れまではしっかり働くアルカリ電池みたいな人達だから助かるよなぁ。 (魔術師の通信・索敵運用というと、どうしても某作の金森二等導術兵の悲劇がちらつく。)
[一言] >ディハルト無双 どうぶつしょうぎでも猛威を振るう羽生名人というワードが脳裏から離れない 代弁者と考えると、まるで神官のような役割ですね そりゃ重用もされるわけだ この二人、悪よのぅ………
[良い点] 策士なジン。用兵もボードゲームを見ているようで、楽しかったです。
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